52_そろそろ本題に入ります
バーナード殿下は茫然自失状態、カネリオン子爵はなおも「理不尽すぎる!」と嘆きながら、二人はエドガー殿下付きの騎士に連れられて行ってしまった。
この後は、決定したという処分が正式に下るまで、軟禁状態になり各々の知る状況や経緯などについての聞き取りが行われるらしい。
なんだかあっという間だったし、意外な事実も分かって、驚いちゃったわね。
騎士達に指示を出すエドガー殿下を見ながら、ぼうっとしていると、フェリクス様が私のことを気遣うように見てきた。
「ルシル?大丈夫か?」
「え?ええ、もちろん大丈夫ですよ」
しかし、私がそう答えても、フェリクス様はどこか不安げな表情を崩さない。
「ルシル……あなたは、バーナード殿下についてどう思っている?」
おっと、これはまた唐突な質問ね。バーナード殿下についてかあ……。そうだなあ。
「あんなに人目も憚らずにイチャイチャイチャイチャとしていたくらい大事にしていたミーナ様に捨てられていたなんて、ちょっと可哀想だなあと思っていますかね」
だって、ミーナ様ったら、別の男性に乗り換えたって言っていたわよね?確かに彼女は魅力的な人だったけれど、あれだけバーナード殿下と公開イチャイチャしていたのに、次のお相手の男性の方もなかなか勇気があるわよねえ。
そんな風に、他人事として感想を抱いていたのだけど。
「傷ついて、いないのか?その、あなたがバーナード殿下に受けた仕打ちはあまりにもひどかっただろう」
それは、きっとこれまでの私の置かれていた状況に加えて、今回バーナード殿下が、化粧と衣装と佇まいが変わっただけの私をルシル・グステラノラだと認識できなかったことも含めて言っているのよね。だってつまり、それほど私に興味もなく、蔑ろにしていたという事実が浮き彫りになった形なわけだから。しかし、それについてあまりにひどすぎない?と驚きはしたけれど、それはバーナード殿下の認識能力に対しての感想であって、私の気持ちとしては別に全然問題ないのだ。
なぜなら。
「正直なところ、私もバーナード殿下にあまり興味がなかったですからねえ。今まで婚約者の立場として、必要だから苦言を呈したり、状況にうんざりすることはありましたけど。特に傷ついたりはないですね」
そう、蔑ろにされて傷つくのは、大切にされたいという期待があるからだもの。例えば最初は大事にされていたのに、心変わりによって見向きもされなくなったのだったとしたら、それはさすがに辛いし、それまでの思い出ができてしまっている分悲しかったかもしれない。だけど、私とバーナード殿下の間には最初からそういう温かい気持ちになるような何かもなかったのだから。
ふふん!残念ながらそんなバーナード殿下に、私のことを傷つけることは到底無理だというものよね!
あら?そう考えると、長年婚約者だったのに、私の方も少し薄情すぎるかしら?
「……あなたはバーナード殿下に心を寄せていたのではないのか?」
「私が?ひょっとして、私がバーナード殿下を好きだったのじゃないかと言っていますか?ええっ!?まさか!」
どこをどう見たらそんな発想が出てくるのやら?お父様の命もあって、確かにバーナード殿下に好かれようとはしていたけれど、私の気持ちとして彼を好きだったことは一度もない。だって、私のことを大事にしてくれないような人を、どうやったら好きになれるというのだろう??私のことを大事に思ってくれる人が他にいるのに、私を大事にしないバーナード殿下に明け渡す心なんて、欠片も存在しないわよね。
(ああ、でも、ヒナコはいつも言っていたわよね。恋はするものじゃなくて、落ちるものなんだって)
私には大好きな人もたくさんいて、たくさんたくさん愛して愛されてきたけれど、そういう恋愛としての愛情を抱いたことは、実のところまだ一度もなかったりする。
すると、もしもいつか私が恋に落ちる時が来たときに、相手が私に興味など微塵もなかったとして、それでも湧き上がって、溢れ出て、止められない愛に翻弄される日も来るのだろうか?
(うーん、想像できないわね。それに、ヒナコは夢見がちだったから、大げさに言っていたのかもしれないし)
「そうか……やはり、噂は全て噂でしかなかったんだな……そうか、ルシルが彼に興味がなかったのなら、よかった……」
フェリクス様は何やら小さな声でブツブツ呟きながら髪の毛をくしゃりとしている。なんだかよく分からないけれど、その表情がどこか安堵しているように見えるから、まあ大丈夫だろう。
さっきは呪いの話が突然飛び出してきたものだから、緊張していたのかもしれないわね。
そこで、私はふと思い出した。
「あ、でもさっき、最後にバーナード殿下のいいところを一つ、見つけました!」
「殿下のいいところ?おまけにさっき、だと?」
怪訝な顔をするフェリクス様に、私は満面の笑みで教えてあげる。
「バーナード殿下、どうやらミーナ様にこっぴどく振られたようだったし、おまけに殿下の責任が大きく自業自得とはいえ、彼女が呪いに手を出したことで結果的に自分も王族ではなくなってしまうわけでしょう?」
「まあ、そうだな」
「でもね、殿下、ミーナ様のことを一度だって悪く言わなかったんです」
あのプライドが高くて自分本位なバーナード殿下ならば、裏切られたと怒り出してもおかしくないと思ったけれど、呆然とはしていたものの、決してミーナ様のことを悪く言わなかったのだ。おそらく今後も言わないのではないだろうか。
私はちょっと見直しましたよ。私にはとんでもない婚約者だったことは事実だけれど、私の知らない、そういう一面もあったわけよね。
どれだけ嫌な思い出がたくさんあっても、一つだけでもいいところを知っていると、いつか時間が経った時に、よく思い出すのはそのいい部分だったりするのだ。
まあ別に、それで好きになることはないのだけど。
(バーナード殿下のことが、ただただ嫌なだけの記憶にならなくてよかったわよね)
呑気にそんなことを考えていると、エドガー殿下が戻って来て、私たちの前にもう一度座る。
「さて、色々と申し訳なかったね。病についての真相を、君たちにも知っておいてもらおうと思ってさ。それでは本題に入ろうか。ルシル嬢、君に対する褒美は何を望む?」
そう、本題はこれだったわ!気を取り直して、私はしっかりとエドガー殿下と目を合わせた。
「私は、大賢者エリオス様にお会いしたいです。もしもエドガー殿下が彼の人と繋がりを持っているのなら、どうか会わせていただけませんか?」
繋がりなどない可能性だってもちろんある。もし繋がりがあったとして、断られる可能性もなくはない。
ダメと言われたら、その時は少しでも情報がもらえないか交渉して、あとのことはまた改めて考えよう。
そう思いながら、お願いをして見たのだけど。
「おや、君はエリオス殿のことを知っていたのか。王族の相手の教育には組み込まれていないはずだったと思うけど」
エドガー殿下は何でもないことのようにそう言った。
やっぱり、王子妃教育で情報操作がされていたようだわ。そして、この言い方は繋がりめちゃくちゃありそうよね!
どうか会わせてもらえますように!と、確かにそう願ってはいたのだけれど、続いてエドガー殿下から返ってきた返事は、予想の斜め上をいくものだった。
「それにしてもタイムリーだね。彼はちょうど王城に来ているから、君の都合が悪くないなら、レーウェンフックに帰る前に会っていくかい?」
えっ。
(え、えええぇっ!?)
大賢者エリオス様って、ほとんど人前に出ないような人なのよね?そんな軽い感じで、会わせてもらえるものなの!?




