05_私を嫌いでも全然問題ないです
「ランじいは本当に腕のいい庭師だわ」
私はたくさんの花が美しく咲く庭園を見渡し、思わずニコニコしてしまう。
せっかくこんなに手入れがされているのだから、ついでにちょっとつまめるような野菜も作ってみたいわ!と思ってお願いしてみたのよね。最初はすごく渋い顔をされてちょっぴり怒られたから、ランじいはとんでもなく野菜が嫌いなのかと思ったわ?
今顔を綻ばせてトマトを美味しそうに食べているのを見る限り、そうではなかったみたいだけど。
ほくほく顔のランじいを見ながらふと回想する。
『ランドルフ様がこんなに手をかけてくれているこの場所で育てた野菜なら絶対に美味しいと思うのよ!』
『何も知らねえ貴族の小娘が!無駄だと言っているのが分からんのか!』
『むう!トマトなんて絶対最高なのに……分かったわ、実際に食べてみてから決めてちょうだい!』
『何をわけのわからんことを言っとるん……だ……、…………?』
『ほら!このトマトを食べてみなさいよ!野菜嫌いのランドルフ様の口にもきっとあうはずよ!』
『馬鹿な……この場所で野菜など育つはずが……むしろ一瞬で実ができるなんぞなんの冗談……むぐっ、──う、うまい』
『ふふん!そうでしょうそうでしょう!』
……今思い返してもずいぶん強引に押し切ってしまった気がするわね?
だけど結局、私の先見の明に感動してくれたのか、もしくはトマトの美味しさに目覚めてくれたのか、急にランじいが私に気を許してくれて「ランじい」と呼ばせてくれるようになったわけだし、結果オーライってやつよね。
今もすぐにちょっとだけ食べたいな〜っと思った時にはちょちょいと魔法で必要な分だけ実を育てているけれど、きちんと手をかけて普通の菜園も作っている。元の土がランじいのおかげでとっても良くなっているから魔法で成長を促してもびっくりするほど美味しいけど、最後まで愛情たっぷり時間をかけて育てたものは比較にならないほどもっともっと美味しいはずよ。
ちなみにトマトの実を一瞬で育てているこの魔法は、大魔女アリス様の時間に作用する闇魔法と、聖女クラリッサ様の治癒と成長を促す聖魔法、そして料理人マシューが編み出した食材だけに作用する秘術のかけあわせだ。
(うふふ!それにしても愛称で呼び合うなんて、私とランじいはもはや親友と呼んでもさしつかえないのでは??)
ルシルになってから私のことを愛称で呼ぶ人なんていなかった。リリーベルの頃のことを思い返してみても、親しみを込めた呼び方をする人はみんな私のことを大好きでいてくれたものね!
猫ちゃんたちに続いて人間の友達もこんなにすぐにできるなんて、とってもついてるわ。
「しかし、旦那様はルシーちゃんのどこがそんなに嫌でこんな離れにひとりぼっちで押し込めてるのやら……」
並んで座って休憩していると、ランじいがぽつりとそうこぼした。
心底不満そうに、嫌そうに顔を顰めて言うその様子に、私のことをとても心配してくれてるのが伝わってきて心がポッと温かくなる。
今の待遇について私は全然気にしていないのだけれど、それはそれとして誰かに心配してもらえたり思いやってもらえるのは嬉しいものだ。
「いいのよいいのよ。人を嫌いと思う心は責められるものではないから」
「しかしなあ……ルシーちゃんはこんなにいい子なのになあ。ろくに喋りもしねえで面と向かって嫌いだなんて言いやがるたあ、旦那様もまだまだガキでいやがる」
「ふふ!ランじいも最初は私のことを随分警戒していたわよね!」
「かっかっか!それは言うなやい」
だけど別に、私を嫌いでも全然問題ないと本当に思っているのだ。
「うにゃあ~ん」
「みゃああ!」
「ごろごろごろ……」
側で一緒にくつろいでいたミシェル、マーズ、ジャックの仲良し三匹が「アタシたちがいるでしょ!」とでも言うように私にじゃれついてくっついてくる。
私は思うのだ。こんなに猫ちゃんは可愛いのに、犬派が存在する世界だもの。たとえば私が誰かに無条件で愛されても何もおかしくはないけれど、同じくらい何の理由もなく私を嫌いな人だっていてもおかしくはない。
そしてそれは決して私のせいじゃないのだから、なにも気にする必要はないのよね。
(やっぱり人それぞれ好みってあるわよね~)
バーナード殿下だってあんなに努力した私に見向きもせずに、好みドストライクのミーナ様を寵愛した。あの時は腹も立ったけれど、リリーベルの頃の感覚が今の私に馴染むにつれて「ま、それもしょうがないよね」と思うようになった。
バーナード殿下が私を愛さなかったからって私に価値がないことにはならないし。ただあの人には私の魅力が刺さらなかっただけ。
ましてやフェリクス・レーウェンフックには運命のヒロインがいるくらいだし?
確かに彼はとっても素敵で目の保養だけれどそれはそれ。少なくとも側に一人、私のことを大好きにちがいないランじいがいるのに、その「大好き」の気持ちを放っておいて自分を嫌っている人の気持ちを考えて落ち込む必要性を全然感じないのよね!
「ワシにはこの光景も信じられんのだがなあ……この辺の野良猫たちは警戒心が強くて決して人には懐かんかったはずなんだが……猫たちに埋もれて寝とる姿を初めて見た時は目を疑ったもんじゃわい」
「ランじい?何か言った?」
「いいや。ほれ、そろそろ続きをやるぞ!」
「はーい!」
そんな風にランじいと楽しく庭仕事をして、猫たちと戯れ、自由な生活を満喫していた私だったけれど。
次の日、早朝に少しの騒がしさで目を覚ました。
猫たちが唸るような鳴き声をあげている。
「なに……?」
不思議に思ってバルコニーから外をこっそりのぞいてみると。
「ああっ、きゃあっ!わ、私は怪しいものではありません……!!!」
そこには猫たちに追い立てられるように威嚇されている一人の侍女が。
「あら?サラじゃない。一体なにしてるの?」
それは初日にこの離れに案内してもらって以来会っていなかったサラだった。
「ウウウッ、なあーん!」
「シャーーーー!!」
「ひいっ、やめてぇ……!」
「え、本当になにしてるの……?」
おまけによく見てみると、サラの近くにもう一人いる。
鮮やかな赤髪の、煌びやかなドレスを纏ったどこぞのご令嬢のようだ。そのご令嬢だけれど、なんだか目を吊り上げてものすごく怒っていらっしゃるようだわ。
「ちょっと、この猫どもはなんなのよ!いつからここは猫屋敷になったわけ!?ふん!私のフェリクスにちょっかいかける泥棒猫は人間に相手にされなくて猫のお仲間に囲まれているのね!本当に忌々しいわ……!サラ、さっさとなんとかしなさいよ!」
あの方、一体誰なのかしら?
それにしても「私のフェリクス」ですって!フェリクス・レーウェンフックは怖がられていると聞いていたけれど、その魅力に熱をあげている令嬢はやっぱりいるのねえ。うふふ、分かるわ!とっても素敵だものね。不愛想だけど。
ところで、どうもこの離れに入ろうとしているみたいに見えるんだけど……ひょっとして私になにか用なのかしら?