47_このバーナード殿下は偽物ですか?
私はさりげなく一歩横に進み、フェリクス様に近づくと、こっそり小声で聞く。
「フェリクス様、バーナード殿下と何かあったんですか?」
すると、困惑気味な返事が返ってきた。
「いや、こうして直接言葉を交わすのは恐らく初めてだと思うが……」
ええっ?バーナード殿下、初めて話す相手に『貴様』なんて言っちゃってるの?というか、てっきり拭い去りようのない因縁でもあるのかと思うほど、めちゃくちゃ睨んでますけど!?
「おい!何をこそこそと話している!?今すぐ離れろ!」
私たちが小声で会話していることが気に入らなかったのか、バーナード殿下は怒りの形相でそう怒鳴る。睨みつけるような視線は相変わらずフェリクス様に向いているわね。
と、思った途端にその目が私の方に向けられた。急だったので、思わず目を伏せてしまう。なんだかよくわからないけど、目が合ってはいけないような気がしたのよ!
しかし目だけではなく、俯いた私の前にさっと手が差し出される。えっ、何この手?
不思議に思いながらそっと顔を上げてよく見てみると、バーナード殿下の私を見る目は、さっきまでフェリクス様を睨んでいた視線とは全く違って、その、なんというか、優しい?生温い??ものだった。ええっと?
「さあ、どうかこちらに」
おまけに微笑みかけて、どこか優しい声をかけてくる。
ええっ!?誰!?これ誰なの!?バーナード殿下にそっくりだけど、バーナード殿下なら私をこんな目で見てこんな風に声をかけるわけがないもの!絶対に偽者だと思うわ!
王族主催の、王城で開かれた夜会で、王子が別人にすり替わってるなんてこれはとんでもない大事件なのでは!?
「い、いえ、あの、私の今日のパートナーはフェリクス様ですので……」
とにかく、ここで偽者を指摘して逆上されては困るわよね?そう思い、なんとかことを穏便に収めて、すぐにエドガー殿下にこのことをお伝えしなければ!と焦る。
そのせいで少し声が震えてしまったけれど、これは仕方ないと思う。だってそれくらいこの偽者のバーナード殿下は本物にそっくりなのよ!変装なのか、元々よく似た人を見つけて来たのかは分からないけれど、成り代わりがここまで違和感なくされていることは恐怖でしかない。
しかし、偽者バーナード殿下は、私の言葉を聞くなり片手を胸に当て、もう片方の手を額に当てると、天を仰ぐような大袈裟なポーズを取り嘆き始めた。
「ああ、なんと嘆かわしいことだ!呪われ辺境伯、貴様がこんなにも下衆な男だったとは!」
「…………?」
「え、ええっと」
今度は突然また矛先をフェリクス様に向けたわ!?突然のことにフェリクス様もなんと反応していいのか分からないようで、怪訝な顔をしている。
この偽者、ひょっとして錯乱状態なんじゃあないかしら?
そう思いじっと観察してみるものの、魔力にひどい乱れは見られない。ちょっと興奮状態ではあるものの、状態異常に陥っているということはなさそうね……。
私が戸惑っている間にも、偽者バーナード殿下は喋り続けている。次のセリフは私に向けてのようだ。
「麗しいあなた、可愛い人、私の天使……!」
「は?」
やっぱり偽者だわ!バーナード殿下の一人称は『俺』よ!
たしかにちょっとカッコつけて見せたり、気取っていたりすると『私』になる時もあるけれど、バーナード殿下なら私相手に自分をよく見せようだなんて絶対に思わないもの。
しかし、続けて吐かれた言葉に少し引っかかりを覚えた。
「私は覚えている。病に倒れ、今にも天に召されるかと思った時、優しい天使が私を救ってくれたことを……。意識は朦朧としていたが、彼女が噂の『奇跡の天使』だとすぐに分かった。そんな天使が私を熱のこもった目で見つめ、愛と優しさでこの命を救ってくれたことに気がついた時、天にも昇る気持ちだった!!」
……なんだろう、言っていることはめちゃくちゃだけれど、とても知っている出来事のことを話しているような気がするわね。
「……そして、同時に悟ったのだ。この天使こそが、私の運命のたった一人だと。もちろん、その天使とはあなたのことだ」
恍惚とした表情で私を見つめるその人に、素早い動きで手を取られ、すり……とその手の甲を撫でられた。
(い、いやああああ!!!)
こ、これはひょっとしてバーナード殿下なのかもしれないわ!とても信じられないけれど!だけど、私はこの目を知っているもの!あちこちでイチャイチャイチャイチャとしているとき、ミーナ様に向けていた目よ!
えっ。でも、そうしたら、どうしてバーナード殿下は私にそんな目を向けているの?やっぱり、錯乱状態なのかもしれない……!もしくは、薬を飲ませた時のことを語っていたようだったから(私の認識と少し違ったけれど)、命の恩人である私に対して一時的に心のストッパーが外れたような妙な状態になっているとか?その可能性はあるかもしれない。落ち着いたときに我に返って、自分の行動が恥ずかしすぎて死にたくなるやつだわ。なんせ、そうしている相手が一番嫌っているはずの私なんだもの。
どちらにしろもうやらかしてしまっているとはいえ、傷は少しでも浅い方がいいはずよね。そう思い、あなたが愛している人は別にいますよー!と教えてあげることにする。
(頑張ってなんとか我に返れ!!!)
「あ、あの、あの、バーナード殿下には、ミーナ様という愛する方がいらっしゃるのでは……?」
ただし、あまりにも異常状態バーナード殿下が怖すぎてつい噛んでしまった。
真実を伝えようとしただけなのに、なぜだかバーナード殿下(異常状態)はますますその目を輝かせる。
「ああ、私の名を知ってくれているんだな!そしてミーナのことも知っているとは……。彼女のことはもういいんだ。たしかに彼女を愛していた時もあった。だが、私から去った彼女のことは、すでに整理がついている。むしろ、あなたという運命の女性と出会うための別れだったのかと、今ではそう思っているよ」
えっ!?!?ミーナ様の姿を全然見ないわねと思っていたら、バーナード殿下、捨てられちゃったの!?あんなに人前でもお構いなしにイチャイチャイチャイチャしていたのに!?
驚きに身を固めると、そんな私の肩を後ろから引き寄せられる。フェリクス様だ。バーナード殿下に取られていた手も解放され、ほっと息をつく。驚きすぎて、呼吸が止まっていたみたい。
バーナード殿下はそんなフェリクス様をもう一度睨みつけると、彼を無視して、彼に庇われる私に向かってなおも話しかけてきた。
「私の天使、可愛い人!あなたはこの下種な男に騙されているのだ!この男があなたに何と言ってパートナーになるように仕向けたのかは知らないが、実は……この男には婚約者がいる!」
「……えっと」
バーナード殿下は一体何を言っているのだろうか?
「おまけに、その女は信じられないほど愚かで醜い、性悪の悪女なのだ!ただでさえ婚約者がいる男に騙され、傷つくあなたを見るなど耐えられないのに、きっとあの悪女は自らの婚約者が側に置きたがるあなたを、決して許さず、あらゆる手を使い害そうとするだろう。そんなことは許せない!ああ、許せないぞ、ルシル・グステラノラめッ!!」
話しているうちにどんどん興奮していくバーナード殿下。目の前の私を心配して、目の前の私を罵倒している。
えっと、これって、どういうことなの?
残念バーナード殿下大暴走回、もう少し続きます!感想欄にて、予想が当たっていた方が何人もいましたね(笑)ミーナ男爵令嬢も後からちゃんと出てくるよ!
それから、大変ありがたいことにまたもやレビューを頂きました!
「flep」さま、素敵なレビューを本当にありがとうございます!




