46_約束通り、夜会に参戦
私はフェリクス様や、エドガー王太子殿下の手配してくれた騎士たちの手を借りながら、約束通り2日もかからず病を綺麗さっぱり収束させた。
あとは万が一のために万能薬を今の時点で作ってある分だけ殿下に献上して、私の役目は終わり。
そして、あっという間に夜会の時間がやってくる。
「ルシル様!本当に本当に本当にお綺麗です!!」
「うふふ、サラは大袈裟ね。でも嬉しいわ、ありがとう!」
ドレスを着て、化粧をしてもらい、夜会の準備ばっちりの私は、王城のメイドやサラにちやほやと褒めそやされて、とってもいい気分になっていた。
リリーベルの時から、もう何度も言われてきたけれど、「可愛い」や「綺麗」などという褒め言葉は全く聞き飽きることがないのよね!いつだって何度言われたって、最高に嬉しいし気分が上がるわ!
エドガー殿下は本当に全ての準備を整えてくれていた。私に用意されていたドレスは、私の瞳の色に合わせてくれたのか、青空のような綺麗な水色で、ふわふわとドレープが重ねられている可愛いものだった。
レーウェンフックに行くまでの私は、バーナード殿下の好みに合わせて大人っぽく、セクシーな大人の女性を意識していたから、ドレスも赤だとか派手な色や、綺麗な形のものばかりだったのだけど、本当はこういう可愛いものも大好きなのよね。
たくさん褒めてもらえることも合わせて、今の私はとってもご機嫌だ。
そんな私を見て、部屋に来てすぐはなぜか言葉を失っていたカイン様は、興味深そうに呟く。
「なんというか、ルシルちゃんって気持ちよく褒め言葉を受け取るよね。貴族令嬢ってさ、褒めそやされて『そんなことありませんわ』なーんて謙遜するタイプとか、『美しいなんて、そんなの分かりきったことでしょう』なーんてタイプとか、はたまた照れて顔を赤くしちゃうような初心なタイプとか、そんな子も多いじゃない?」
「それは、カイン様がお付き合いしてきた令嬢たちのお話ですか?」
「ええっ?なんか俺が遊び人みたいな言い方だね?そうじゃなくて一般的に、だよ~」
カイン様は驚いて、さも「心外な!」というような顔をして見せるけれど、この王城で使用人たちと話すようになって、彼のモテっぷりは耳に入っているのよね。最初に会った時にもモテそうだなと思ったけれど、やっぱりそうだったわ!それに勇者エフレンが割とそういうタイプだったから、私、そこそこに遊んでいるのも分かるのよ?別に、女の子を泣かせないのならそれも悪いとは言わないけれど、誤魔化すということは怪しいわね?
その気持ちがカイン様をじとっと見つめる目に出ていたのか、彼は慌てて話を続ける。
「ま、まあ、俺のことはどうでも良くてさ……ルシルちゃんはそんなどのタイプにも当てはまらないなって。好意を素直に受け取って、なんの抵抗感もなく受け入れて、でも、別に傲慢さがあるわけでもない」
「だって、人に良く思われたり、褒められたり、好かれたり、優しくしてもらったりって、嬉しいじゃないですか?嬉しいものは嬉しいのだから、私、人の好意は素直に受け取ることにしてるんです」
もちろん、人によってはそれをはしたないと思う価値観を持つ人だっているかもしれない。だけど、私ならやっぱり誰かに向けた好意を受け入れてもらえると嬉しいし、優しさや好意の行動には遠慮されるより、喜んでもらえる方が嬉しいもの。
当然の話だと思ってそう言ったのに、なぜかカイン様はおかしそうに笑った。
「アハハ!やっぱりルシルちゃんって面白いね」
「うーん?そうですか?ありがとうございます?」
一体何がそんなに面白いのか分からないけれど、嫌な感じはしないから、きっと褒めてくれているのだろう。
そんな風に話していると、ノックの音が聞こえ、扉が開かれる。現れたのはエドガー殿下とフェリクス様だった。
フェリクス様は私と目が合うと、カイン様と同じように一瞬言葉につまる。
「──っルシル、あなたは」
「やあやあ、ルシル嬢!君は本当に美しいね!私の用意したドレスもとても似合っているよ」
それでも何かを言おうとしたフェリクス様の言葉を、遮る様にして私をほめちぎるエドガー殿下。
うふふ!エドガー殿下はどこまでが軽口なのか分かりにくいけれど、それでも褒められること自体は嬉しいわね!
「ありがとうございます。とっても可愛くて綺麗なドレスで、嬉しいですわ」
「気に入ってくれたならよかった。では、そろそろ行こうか」
「はい」
それにしても、フェリクス様は一体何を言おうとしたのかしら?そう気になってたずねてみても、
「いや、出遅れた俺が悪かったんだ」
となにやら反省していて聞くことはできなかった。
まあ、とにかく!今はこれからの夜会のことよね。
王太子殿下からは、まず私とフェリクス様を今回の病収束の功労者として称え、私たちの友好関係を存分にアピールした後に、国王陛下の退位とエドガー殿下の即位について発表が行われるという段取りだと聞いている。
なんだかすごくいいように利用されている気がしなくもないけれど、こう見えて私も高位貴族の娘。一時は王子の婚約者として王子妃教育も受けていた身だもの。王家に恩を売って損はないことはよく分かっているし、せいぜいこの後の自分の望みを叶えるために、こちらも利用させてもらうまでよね。
エドガー殿下は王族として別で入場することになるので、私はフェリクス様にエスコートを受け、殿下とは別で入場する。
会場に入ったそばから、私たちはとても注目されていた。うーん、良い視線もあれば、悪い視線も感じるわね。それも当然と言えば当然か。フェリクス様は『呪われ辺境伯』として名高いし、私だって事実はどうあれ、嫌われ悪女として王都を追い出されたようなものなわけだし。
正直、興味ない人にどう思われたって私は全然平気なのだけれど、フェリクス様は大丈夫かしら?
私は心配になり、隣に立つフェリクス様を見上げる。すると、彼は険しい顔でどこかを睨むように見つめていた。
ええっ?どうしたのかしら?なんだかとっても不穏な空気を醸し出しているわ!
驚いてその視線を辿ると、人の波の先に、バーナード殿下の姿があった。
(あら。バーナード殿下、夜会に参加できるほど元気になったのね。顔色も悪くないようだし、病に罹っていたなんて信じられないくらいだわ)
バーナード殿下のことは好きではないけれど、それでも私の万能薬で元気になってくれたなら、よかったなと思う。
すっかり元気になった殿下は、私とフェリクス様をどこか呆然とした様子で、ポカンと口を開けて見ていた。これはきっと、私とフェリクス様が夜会に参加するとは知らなかったのね。というより、エドガー殿下のことだから、バーナード殿下には何も教えていないのかもしれない。ううん、かもしれない、じゃなくて、絶対にそうだわ。
すると、我に返ったのか、バーナード殿下は呆けた顔から一転、みるみるうちに顔を歪ませて怒りの表情に変わっていった。
(わー、嫌な予感しかしないわ!)
どう考えてもめんどくさいことにしかならなそうなので、一瞬逃げようかとも考える。けれど、ここで逃げたってどうしようもない気もするわね?バーナード殿下、結構粘着質だから追いかけてきそうだし。
フェリクス様も動く気配がないので、これはさっさと済ませてしまった方がいいかもしれない、と思い直し、こちらにズンズン近づいてくるバーナード殿下を迎え撃つことにする。
殿下は人をかき分け私たちの前まで来ると、低い声で唸るように言った。
「貴様、どういうつもりだ?」
うわーやっぱり、めんどくさい展開だわ!いざとなったら、あなたを助けたのは私ですよ!とアピールしようかしら。信じないかもしれないけど。そう思い、思わずため息をつきかけて、ふと不思議に思う。
バーナード殿下は嫌悪を隠しもせずに睨みつけてきている。
(んんっ?)
だけど、私ではなく、どう見ても隣のフェリクス様を睨んでいる気がするわね?




