44_新たな人物の登場です
「まず、最初に聞きたい。君たちは件の病に対する対処法を持っているのか?」
私はフェリクス様と一度目を見合わせ、そして答える。
「はい。この病を治すことのできる、薬を持っています」
「……はあ、やはりそうなのか……」
国王陛下は額に手を当て、大きく息を吐いた。恐らく安堵のため息なのだと思うのだけど、どこか苦しそうな表情を浮かべているような?
そう思ってじっと国王陛下を見つめていると、部屋に新たな人物が入室してきた。
「陛下、言ったでしょう。あなたが甘やかしたバーナードが傷つけ、切り捨てた相手は、この国の中でも得難い宝だったのだと。……久しぶりだね、ルシル嬢」
「……お久しぶりでございます、王太子殿下」
姿を現したのは、隣国に長く留学に出ているはずの、王太子──エドガー王太子殿下だった。
「あはは、随分他人行儀だね。やはり、君を傷つけたバーナードの兄である私も、君にとって関わりたくない相手の一人かな?」
「いいえ、とんでもないことでございます。私はバーナード第二王子殿下に婚約を破棄された身、立場をわきまえているだけですわ」
王太子殿下とバーナード殿下は異母兄弟である。バーナード殿下は国王陛下の寵妃である第二妃の子供であり、母親にそっくりな彼を国王陛下は随分と甘やかしていたらしい。それもこれも、正妃の子供であり大変優秀な、この王太子殿下という存在があってこそできたことだ。そうでなくちゃ、さすがにあんなに好き放題させてなんていられるわけがない。
国王陛下は、政治手腕は問題なく優秀なのだけど、バーナード殿下が絡むと途端に甘くなる困ったところがあるのよね……。
王太子殿下は、私を真面目な顔で見つめると、たずねてくる。
「ひとつ聞きたい。ここに来るまでに、君たちは途中途中の街などでその薬を配ったかい?もっとはっきり聞くと、噂になっている、『奇跡の薬を配り、人々を救っている天使』とは、ルシル嬢、君のことなのかい?」
……その通りではあるのだけど。その聞き方でそうですって、なんだかとっても言いにくいわね?今更ながらちょっと恥ずかしい気がしてきて、あの男の子に合わせて『天使』と呼ばれることを止めなかったことを少しだけ後悔する。
すると、そんな私が一瞬言葉に詰まったすきに、フェリクス様が代わりに答えた。
「そうです。彼女、ルシルこそが、噂されている『奇跡の天使』です」
待って!!フェリクス様に特に他意はないんだと思うのだけど、略し方が悪くてもっと恥ずかしい感じになっているわよ!?
なんだかとってもいたたまれなくて思わず少し俯いている間に、話はどんどん進んでいく。
「フェリクス・レーウェンフック辺境伯……君は、バーナードの暴挙でルシル嬢の婚約者になったんだっけ。……はは、そうか。なるほどね」
何がなるほどなのかは分からないけれど、うんうんと頷いている王太子殿下。彼は、ふ、と微笑むと、すっと背筋を呼ばし、国王陛下に向き直った。
「陛下。これでルシル嬢が無事バーナードを治療することができた暁には、条件を飲んでもらいますよ」
条件とやらが何の話なのかはさっぱり分からないけれど、私は一つ察した。
バーナード殿下は例の病に罹っており、おそらく症状が重いんだわ。そして、国王陛下が「助けてほしい」と言ったのは、バーナード殿下のことだったのだと。
「ルシル嬢。聡い君にはもう分かったと思うが、どうか病に苦しむ民と、そしてバーナードを助けてやってほしい」
エドガー殿下のその言葉に、私は了承の礼をした。
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エドガー殿下に連れられて、私たちは応接室を出て、来た道の途中にある廊下の奥へと進み、とある部屋の前まで案内された。
(ここ、バーナード殿下のお部屋よね)
さっき、通りがかりに大声が聞こえてきたのは、こちらの方からだった。おそらく、バーナード殿下がなにかを叫んでいたのだろう。
「最初はね、風邪をこじらせたような症状で寝込んでいたようだ。しかし、私が留学先から戻ってきた時には、かなり症状が進行していたようで、耐え難い苦しみに大声で叫んだり、ベッドの上で暴れたりするようになっていたんだ」
「まあ、それは……」
つまり、一種の錯乱状態だということではないかしら。だとすれば、症状はかなりひどい部類に入ると思う。王太子殿下は続ける。
「今は、魔法で無理やり眠らせているらしい。少しだけ意識を戻させるから、君の持つその万能薬を飲ませてやってくれるかい?」
「わかりました」
エドガー殿下の言葉に、私は頷いて答える。すると、フェリクス様が私の肩に手を乗せ、心配そうに見つめてきた。
「もし、第二王子が暴れ出すようなことがあれば、俺があなたを助けるから、安心してほしい」
「フェリクス様。とっても頼もしいです!」
私はバーナード殿下に近づくと、そっと薬を飲ませていく。
眠りの魔法は少しだけ緩められているため、殿下は薬を飲み下しながらも、ほんの少しだけその瞼を引き上げた。
(意識は朦朧としているだろうから、大丈夫だとは思うけど、薬を飲ませているのが私だと気付いたらそれこそ暴れだしそうよね)
しかし、なんとか殿下が暴れだすこともなく、無事に薬を飲ませることができた。見慣れた淡い光がその体をぼうっと包む。
「なるほど、これは民が『奇跡の天使』と呼びたがるのも分かる、なかなかに神聖な光景だな……」
ちょっと!エドガー王太子殿下!聞こえていますからね!フェリクス様の良くない略し方が浸透しちゃっているじゃあないの!これは良くない、良くないです!だけど、だからこそこれに反応してしまっては絶対にダメな気がして、私は何も聞こえなかったことにすると、無反応を決め込んだ。
光が落ち着くと、バーナード殿下は虚ろな目で私を見つめ、ギリギリ聞き取れないくらいの小さな声で何かを呟いた。わ、私って気づかれたかしら?
「……ほ、んとうに、来た……これが、てんしか──」
だけど、諸々いろんなことどうでも良くなるくらい、私には気になっていることがあるのだ。誰も何も言わないから、なんとなく聞く雰囲気じゃなくて黙っているけど……。
あれだけ四六時中いつだってイチャイチャイチャイチャとしていた、ミーナ男爵令嬢は、一体今どこで何をしているのかしら???




