42_天使と奇跡の噂?
その町でのことがあって、私達は道中で人が住む場所には必ず立ち寄ることに決めた。
王都に着いて、王族から民たちに薬を配ってもらうのが一番いいのかもしれないけれど、どうせ通るのだし、症状は命の危機にさらされる程のものではないとはいえ、苦しむ時間が少なくて済むに越したことはないものね。
「ああっ、あなたがお噂の……ッ!」
そして今、また立ち寄った街で、私は思いもよらない程の大歓迎を受けていた。
いくつかの場所では、最初の町の時のように警戒されたり、不審がられてしまったりしたのだけど、すぐにそんなこともなくなり、むしろこうして「待ってました!」と言わんばかりに歓迎されるようになっているのだ。
「どうしてかしら?」
そりゃあ警戒されるよりも歓迎された方がいいに決まっている。ことがスムーズに運ぶし、単純に嬉しいし。だけどちょっと不思議だわ。勝手なイメージではあるけれど、普通は田舎より都会の方が警戒されそうじゃない?王都に近づけば近づくほど、信用してもらえるまで時間がかかるかと思っていたのだけど。
現実には、進めば進むほど、歓迎度が上がっているのよね。
すると、あちこちに立ち寄るたびに住民たちに話を聞き、情報収集をしてくれているカイン様が、その疑問に答えてくれた。
「アハハ!どうやらあっという間に、ルシルちゃんのことが噂として広まっているみたいだよ」
「噂、ですか?」
そういえば、さっきも『お噂の』とか言われたわね。
「そうそう。天使のような女の子が、あちこちで奇跡の薬を与えて、人々の病を癒して回ってるってさ」
「ええっ!?」
そ、それはまた思いもよらない噂ね!
今までは私に関する噂なんて(主にバーナード殿下のせいで立った)、愚かで醜い悪女だとか、傲慢で我儘とか、能力もないのに気位だけ高いとか、とにかく悪口を寄せ集めればいいと思ってない?と疑いたくなるようなものばかりだったのに。
それに天使って……どうやら、最初の町のあの男の子の可愛い勘違いが、そのまま広まってしまったのかもしれないわね。
驚く私に、フェリクス様はなんでもないように言う。
「まあ、あながち間違ってはいないな」
……そうね。天使が云々はともかく、確かに私はあちこちで万能薬を配って、病を治しているものね。
奇跡の薬ではなくただレシピ通りに作っただけの万能薬だけど、病に苦しんでいた人からすれば、それほど嬉しい効果だったということだろう。役に立てているみたいで、私も嬉しい。
そう思い、私はフェリクス様に同意する。
「確かに、万能薬を配って病を治しているのは本当ですものね」
「それもそうだが、俺はあなたが天使のようだと言われていることについて──」
「ああっ!でも、私がこうして万能薬を作り、配ることができているのも、ひとえにラズ草が豊富に採れるレーウェンフックの土地と、快く協力してくれているフェリクス様のおかげでもあるのに、これではまるで私一人のお手柄みたいですね!?……えっ、今、何か言いかけてました?」
「………………手柄についてはそもそもあなたのものだから、気にするな」
「ぷっ!くふふっ、もうダメ、最近のフェリクス、可哀想でいっそ愛おしい……!」
(えっ!)
カイン様が堪えきれないとばかりに漏らした言葉に、ドキリとする。
……そうよね。カイン様は笑いながら言っているけど、やっぱり手柄の独り占めはフェリクス様が可哀想よね。
とはいえ、立ってしまった噂はそう簡単には消せないし、変えられないから、そこは申し訳ないけれど諦めてもらって……この件が全て落ち着いたら、代わりに何か他のことで感謝とお詫びをしようとこっそり決める。
「ねえ、サラ?フェリクス様って何をすれば喜んでくれると思う?」
「ルシル様がフェリクス様のことを思ってするなら、もはや罵倒さえもご褒美になると思います!」
今のうちにリサーチを始めておこうかと、こっそりサラに尋ねたものの、サラはしれっとそんな風に言うばかり。
罵倒でもご褒美だなんて、そんなことあるわけないじゃない?変態でもあるまいし。
これは何にするか決めるのはなかなか骨が折れそうだわと思っていると、笑いすぎてフェリクス様に睨まれていたカイン様が、追加の情報を教えてくれた。
「それから、どうも病が広まってるのはレーウェンフックと王都への間にある領地ばかりらしい。一番酷いのが王都だっていうのは間違いないみたいだけどね」
あら、そうなのね。お父様の手紙ではさも国中に広まっているかのように読めたけど、そういうわけではないらしい。
どうしてそんな広まり方をしているのかは謎だけれど、それなら他の領地を回って王都に行く必要もないので、よかったわよね。
そんなこんなで、私たちは道中引き続き薬を配ったり歓迎されたりしながら、あっという間に王都に辿り着いたのだった。
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だけど、道中が平和すぎたこともあり、私は王都に着いて早々思いもよらないことになるとは、思いもしていなかったのだ。
王都に入り、検問のために馬車を降りるやいなや、私はすぐに、厳しい表情を浮かべた数人の騎士たちに囲まれてしまった。
「ルシル・グステラノラ侯爵令嬢!あなたの身柄を今すぐ拘束する!」
(……なんで?)




