41_好きなように思ってもらって全然問題ないです
周囲の人はまだざわついているけれど、それ以上に猫ちゃんがものすごく、ものすごく話しかけてくるので、なんだか色々と言われているみたいだということも気にならなくなってきたわね。
どうやらあの男の子はこの猫ちゃんの大好きなお友達らしく、その子を助けてほしいという優しい気持ちでいっぱいらしい。……が、それはそれとして私と遊びたい気持ちも全然止められないみたいだわ。
『あの子は病気なのよ!』『とっても辛い思いをしてるの!』
『ねえ、遊ぼ!』『わたしのここ、撫でてもいいよ!!』
『体にね、とってもいたーい痣があるんだから!』『可哀想なあの子!』
『ねえ、遊ぼ遊ぼ!』『とりあえず一回、抱っこするう??』
『あの子を治してあげて!』『優しくてかわいい子なの!』
『まあ、わたしもとってもかわいいけど!』『あ~~好き!あなた名前は!?』
『あの子苦しいのに、あのやなヤツが病気おいていった!』『許さないー!』
『ほんとに好き!ねえ、遊ぼ遊ぼ遊ぼ!』
ごろんごろんと激しく左右に転がって見せては、しゅたっと立ち上がり勢いよく体をぶつけてきたり。ばちっと仁王立ちして「にゃー!」と鳴いて見たり。なんだかもう色々と大興奮だわ。いとかわゆし。でもすごい喋る!
そう思って、つい吹き出しかけたけれど。
……ちょっと待って。今、途中でなんだかとっても気になることを言わなかった?
病気で出来ているのか、あの男の子には痛い痣がある、ということももちろん気になるけど、それ以上に聞き捨てならないこと。
「にゃおんっ?ね、ねえ、『あのやなヤツ』って、一体誰のことを言っているの?」
「にゃあーん!」
うーん、困ったわね。とっても気になるし、すごく大事なことな気がするのだけど、この子にも詳しいことはわからないらしい。
だけどとにかく嫌な感じのする男がある日この町に立ち寄って、その後から同じように嫌な感じのするこの病がじわじわと広がり始めたんだとか。
もう少し情報が欲しいわねと考え込みかけて、ふとすごく視線を感じることに気がついた。
……あら、猫ちゃんの可愛さと突然出てきた情報に夢中になってしまっていたけど、なんだか周囲の皆が驚いたような目で私を見ているわね。
「ほ、本当に、猫と話してる……」
最初に私と私の持ってきた薬に疑問の声をあげた貴族令嬢らしき女性が呆然と呟く。けれど、私はそれをちょっと不思議な気持ちで聞いていた。
私は長く愛されに愛された白猫リリーベルとして生きてきて、よく知ってることがある。人間は、猫ちゃんによく話しかけてくるってこと。
だから、私が猫ちゃんと話していたって、何もそこまで驚くこともない気がするのだけど。
最近薄々気づいているのだけど、どうも今までのルシルとしての私は、かなり狭く限定的な世界で生きてきた世間知らずみたいで、人間としての感覚が少し他の人とズレているのかもしれないな?と思う瞬間がときどきある。王子妃教育は身についているけれど、知らないことがどうにも多い気がするのよね。
うーんと首を傾げ、まあいっか!とすぐに考えるのを諦めた。
(たとえ多少常識がズレていて変な子だと思われたって、誰かを傷つけるわけじゃないなら別に全然問題ないわね!)
他人にどう思われても私の価値は変わらないし、私だって愛する飼い主たちのことを何度(本当に変わってるわね、変なの〜!)って思ってきたかわからないしね。
(とにかく、今はあの男の子のことだわ)
私はちょっと待っててね、と言う気持ちを込めて猫ちゃんをひとなですると、支えるように寄り添ってくれていたフェリクス様と目配せをして、男の子の方に近づいて行く。
周囲の人も、私のことを止めようとはしなかった。
男の子の母親は少し戸惑っているみたいだったけれど、当の男の子は目をキラキラさせて私を見つめる。
「お姉ちゃん、やっぱり天使様なの?それで、僕の友達と話していたの?」
「ううん、残念だけど、お姉ちゃんは人間よ」
天使のように可愛かったリリーベル時代、私のことを『まるで天使』と表現する人は何人もいたけれどね!
「でもね、あなたの可愛いお友達が、あなたを助けたいの~!ってずっと言っているから、できれば私があなたを助けてあげたいなと思うのだけど、どうかな?」
「僕のことを?」
男の子は目を丸くして、母親は息をのんだ。
「みゃあーん!」
猫ちゃんが鳴くと、男の子は途端にくしゃりと顔を歪め泣きそうな顔になった。
「うん、うん……僕、天使のお姉ちゃんに助けてほしい」
私は天使じゃないのだけど、この男の子が私を天使と思いたいなら、もうそれでいい気もするわね!
天使のようなお姉ちゃんが助けてあげるからね!
私が薬の瓶を手渡すと、母親も手を震わせながら男の子がそれを飲むのを手伝ってあげていた。
「あ、痣が、痣が消えていくわ……!」
母親が何かに気付いたようにその子の服をめくり、驚きに声を震わせる。
「あまーい」
男の子がぽつりとつぶやき、教会の中を淡い光で照らすと、その後は万能薬に不安感を見せる人は、もう誰もいなくなったのだった。
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「なに?『天使』だと?」
「はっ、はい!なにやら天使のように可憐で美しい女性が、あちこちの領地で奇跡の薬を与え、人々の病を治しながら王都へ向かっているとの噂が──」
「ふん!それが本当なら、今すぐここにその天使とやらを連れてきてほしいものだな!!!っ、く、ゴホッゴホッ……」




