39_みんなで王都に向かいます
それに、私の頭にはあることが浮かんでいた。
……フェリクス様は、私がバーナード殿下の婚約者だったから、運命の英雄のことも大賢者エリオス様のことも知らなかったのではないかと言っていたわよね。
王家は自分が唯一至高で特別な存在でいるためにも、あえて王子の婚約者である私に対して情報操作をしていたのではないかって。
それってつまり、操作できるほど情報を把握しているってことよね?
ということは、王家に聞けば、大賢者エリオス様のことが何か分かるということなのではないかしら?
問題は、私がそれを聞いたところで本当のことを教えてくれるかどうかなのだけど。
……知っていても知らないと言い張られてしまいそうな気がするわよね。
そのことをフェリクス様に相談してみると、彼は少し何かを考えて、それから私に言った。
「本当は、出所を隠して万能薬だけ俺が王都に届けるのが一番いいのではないかと思っていたんだ」
「えっ?」
「ルシルは王都に辛い思い出があるだろう?あなたが自ら行きたいと思うのでなければ、そんな場所に行く必要はないと思っていた」
なんと。フェリクス様はそんな風に考えていてくれたのか。
実際、された仕打ちに対してはまだ怒ってはいるものの、全然気にしていないので、もちろん辛い思いもなにもないわけだけれど。それはそれとして、やっぱりこんな風に気にかけてもらえるのはとっても嬉しい。
フェリクス様は私を見つめながら続ける。
「しかし、大賢者のことを聞くのならば、あなたは自分でそれを聞きたいと思うのではないか」
すごい、フェリクス様ってば、私のことをよく分かっているわ!
「ええ、そうですね。もしも王家がエリオス様について何か嘘をつこうとしていたとしても、その場にいれば、その場の空気で分かることもあるかもしれませんし。できれば一緒に行きたいと思います」
それに、なんなら万能薬を交渉の材料にすることだってできると思う。もちろん、本当に万能薬を渡さない、なんてことはするつもりは一切ないのだけど。
だけど、なんといっても王都で私の評判はあまり良くなくて、いかに婚約破棄の時になすりつけられたのが冤罪だと分かっていたとしても、バーナード殿下の言うことを真に受けて、私のことを悪女だと思っている人も少なくないことは知っている。今までは「なんでそんな嘘信じちゃうんだろう?」って不満に思うこともあったけれど、こうなってくるとその悪評が役に立つわね。
『ルシル・グステラノラは悪女だから、自分の望みが叶わなければ、病に苦しむ民のことも本当に見捨てるかもしれない』と思わせることができるかもしれないのだから。
うーん、不本意ではあるけどね!
「それなら、一緒に行こう。万能薬を作ったのがルシルであることを伝えるかどうかは任せる。あなたはしたいようにするといい。何があっても、あなたが困ることがないように俺がなんとかすると約束するから」
「まあ」
フェリクス様、なんて頼もしいのかしら!?
そんな風に力強く言い切ってもらえたことが嬉しくて、私は満面の笑みで答えた。
「はい!フェリクス様が私の側にいてくれるのなら、何も怖いものはないです!どうぞよろしくお願いします!」
「っ!…………ああ、任せてくれ」
こうして、私はフェリクス様とともに、万能薬を引っ提げて、王都に向かうことが決まったのだった。
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王都に向かうのは、私とフェリクス様の他に、カイン様とサラだ。サラは道中の私のお世話を買って出てくれたらしい。
うふふ!王都からレーウェンフックに来たときには一人ぼっちだったことを思えば、とってもにぎやかで楽しい時間になりそうよね!
王都に向かう一番の目的は病に苦しむ人たちを助けるべく、万能薬を届けることで、二番目の目的は大賢者エリオス様の情報をなにか少しでも手に入れること。だから決して遊びに行くわけではないから、不謹慎かもしれないけれど、ちょっとワクワクしてしまう。
だって、友達とこうして遠くに出かけるなんてこと、今世では初めてなんだもの!
リリーベルの頃も、飼い主たちとあちこちを旅しては新鮮な驚きや楽しみを見つけることが大好きだった。レーウェンフックで過ごす時間ももちろん大好きで毎日楽しいけれど、こういうのはまた別よね。
だから、つい張り切りすぎてしまったわ!
馬車の中では私とサラが隣に座り、向かいにフェリクス様とカイン様が座っている。
正面に座るフェリクス様が、私の抱える荷物を見て不思議そうに首を傾げた。
「ルシル、それは何を持っているんだ?」
「ふふん!よくぞ聞いてくれました!これは皆で食べるために作ってきたおやつです!」
マシューは冒険に出る時も、一緒に遊びに出かける時も、必ずおやつを作ってくれていて、私はそれがとっても嬉しかったのだ。遠出にはおやつがつきもの!ただでさえ楽しい時間が、皆で美味しいお菓子を食べることでもっと特別な時間になるわ!
「わ!ルシルちゃんが作ったお菓子ってこと?やったー、俺、ルシルちゃんのお菓子大好きなんだよね!」
カイン様が嬉しそうに身を乗り出してそんな風に言ってくれる。
(嬉しい!作った甲斐があるというものよね!)
ニコニコとカイン様と笑い合っていると、フェリクス様もぽつりと呟く。
「……俺も、ルシルの作る菓子は好きだ」
「それはよかったです!皆で食べましょうね」
「ルシル様、私もご一緒していいのでしょうか?」
おずおずとたずねてくるサラに、私は思わず驚いた。
「もちろんよ!サラにも絶対食べてもらいたいわ!」
そんな楽しい会話を繰り広げながら、馬車は王都へ向かっていく。
これはもはや、ピクニックと言っても過言ではないのではないかしら???
しかし、王都まで向かう途中に立ち寄った小さな町で、そんな風に呑気にしてばかりではいられないことに気がついた。
町は閑散としていて、それなのにどこか慌ただしい空気も漂っている。
「フェリクス様」
私が振り向くと、フェリクス様も町の様子に気がついていた。
「どうやらこの場所でも病が広まっているらしいな」
近くに通りがかった人に話を聞いて、病におかされた人が集まっているという、町の教会に皆で向かう。
そこでは、町のほとんどの人がいるのではないかというくらい、大勢が身を寄せ合って体を休めていた。
(これは、思っていたより大変な事態になっているのかもしれないわね)
そんなことを思いながらも、私はあることが気になっていた。
予知夢の私は、リリーベルの記憶を取り戻さなかった私だった。だから、きっと万能薬も作っていなかったはずだ。
それなのに、レーウェンフックをはじめ、こんな風に病が広まったなんてことは、起こっていなかったような気がするのだけど……。
 




