38_王都から手紙が届きました
それからも猫ちゃんたちに埋もれながら毎日を楽しく過ごしていたのだけど。
私はある朝起きて、寝台の上で伸びをした瞬間、唐突に大事なことを思い出した。
「ハッ!私、呪いを正しく解くためにも、フェリクス様がどうして呪われてしまったのか、知りたいと思っていたんだったわ!」
いくら病騒動などがあったとはいえ、そんな重大なことを忘れていた衝撃に思わず大声を出してしまう。
とりあえず、何をどうするにも今は手がかりが少なすぎるから、現在の運命の英雄(疑惑)である大賢者エリオス様とどうにか会えないかと考えていたところだったのよね。
(だけど、エリオス様は変わり者で、魔塔という高い塔を建てて、ほとんど人前には出ないらしい、と)
どうしよう。本当にこれくらいしか情報がないのだけど。
そして、どうすれば他に情報が得られるのかもさっぱり分からないわ!
「ルシル様、お目覚めですか?」
うんうん唸って考えていると、控えめなノックとともにサラがやってきた。
入室の許可を出すと、サラは何やらトレイに手紙を一通のせて持っているようだった。
「ルシル様、おはようございます」
「おはよう、サラ。ひょっとして、その手紙って私宛のもの?」
「はい!」
珍しいわね。レーウェンフックに来てから、私に手紙が届くなんて初めてのことだわ。王都での私、仲の良いお友達の一人もいなかったものね……。バーナード殿下の婚約者だったから、分かりやすくその恩恵にあやかりたい令嬢たちはよく側にいたけれど、殿下がミーナ様に夢中になってからはさりげなーく距離を置かれたわよね。以前は私の取り巻きと呼ばれていた令嬢たちのことを思い出しながら、本当にレーウェンフックに来られてよかったわと思う。
そう考えると、私って本当に幸運よね?ある意味バーナード殿下にも感謝しなくっちゃ!
そんなことを思いながら手紙の封筒を確認する。驚くことに、封蝋は私の実家であるグステラノラ侯爵家のもので、差出人はなんとお父様だった。
バーナード殿下に婚約破棄されたお前にはもう価値はない!と怒り心頭で私をレーウェンフックに喜んで送り出したくせに、今になって一体どうしたのかしら?
私はちょっと嫌な気分になって、手紙を読むかどうか悩む。だけどよく考えたら、私のことを嫌いなお父様にどんな酷いことを書かれていたって、別に何も気にならないわね?と思いなおした。私が好きな人や、私を好きでいてくれる人にがっかりされてしまうならばショックも受けるけど、そもそも私のことを嫌いな人は、どうせ私を嫌いなんだもの。
全く興味の持てない手紙をとりあえず読んでみる。しかし、そこにはさすがに少し気になることが書いてあったのだった。
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朝の支度が終わると、私はフェリクス様に話をするために、本邸の方に来ていた。
ちなみに、最初は「お前の顔なんか見たくない!」とばかりに、本邸からは死角になるような離れに案内されたわけだけど、最近の色々な出来事を経て、「好きな時に本邸に来てくれて構わない」とのお許しをもらっている。
うーん、最初の頃からは信じられないほど、随分フェリクス様とも仲良くなったわよね!
「失礼します」
「ルシル!」
カイン様に案内されてフェリクス様の執務室に入ると、私を見たフェリクス様がパッと表情を明るくして、立ち上がって歓迎してくれた。
ニコニコと楽しそうで、なんだか大きなワンちゃんみたいだわ。ちなみに、私は猫を愛しているけれど、もちろん犬も好き。野良猫として周囲一帯のボス猫だった頃は、縄張りをよく散歩で通る犬と大げんかした後に、大親友になったこともあるのよ!
「あなたから話があるなどというのは初めてだな。もしかして、本邸に来てくれる気になったのか?」
「はい!こうして遊びに来ちゃいました!」
歓迎されていることが嬉しくて、私は笑顔で答える。
「いや、遊びに、ではなくて、あなたの部屋を──」
「ハッ!そうでした、違いました!私、フェリクス様に相談したいことがあるんです!」
「…………そうか」
「ぶふっ!フェリクス、哀れ……くくくっ」
後ろで何やらカイン様が笑っている。私がうっかり本題を忘れて遊びに来たなんて言ってしまったのが、そんなにおかしかったのかしら?
なんだかフェリクス様も妙な顔をしているし。誰にだって間違いはあるものなのに、ちょっと失礼よね!
「いや、しかし、ルシルが俺に相談……それはそれで願ってもないことだよな……。それで、相談したいこととはなんだ?」
フェリクス様が促してくれたので、気を取り直して本題に入ることにする。
「あの、私宛に父から手紙が届いたんですけど……」
「なに?グステラノラ侯爵から?」
一瞬でフェリクス様の眉間にシワが寄る。あら?まだ内容も言っていないのに、お父様ってば嫌われているのかしら?
そう思いながらも、私は手紙を差し出した。きっと読んでもらった方が早いから。
フェリクス様は手紙を読み、ますます眉間のシワを深めていく。
「レーウェンフックに広まった原因不明の病が、王都を中心に各領地でも確認されているのか……」
「はい。それで、レーウェンフックだけが病の被害がないので、何か対策を知っているのなら至急王都に戻り、この事態に対処しろ、と」
被害がないのではなくて、大きな被害に発展する前に解決しただけなのだけど。
「なんとも都合のいい話だな」
フェリクス様は嫌そうに言った。しかし、王都やほかの領地に暮らす人たちが苦しんでいるのならば、これを拒否するなんてことはできない。
(それに、『お前がレーウェンフックから何かしたのではないか!?』なーんて、冤罪をふっかけてこないだけマシよねえ)
私、レーウェンフックに来られたことは感謝しているけれど、やってもないバカバカしい罪を着せられそうになったことは、今でも少し怒っているんだからね!




