35_作ってみると、試したくなります
またもやとっても遅くなってしまいました……!
フェリクス様と街に出て、薬を作る道具を買ったり、迷子の男の子のお母さんを探したり、よく分からないけど、人の見分けもつかない失礼なおじさんに絡まれたりして、少しの時間が経った。
最近の私は、ことあるごとにレーウェンフックの敷地内で声をかけられるようになっていた。
「ルシル様!以前いただいた軟膏、信じられないほど効きましたっ!」
「あら、それは良かったわ!」
ランじいと庭に出ていると、こうして使用人がそわそわと近寄って来ては、私が分けてあげた薬の使い心地などを教えてくれるのだ。
私はそれを聞いた後、いそいそとメモを取る。コンラッドはいつも、「お客様の生の声は大事にしないと!」と、いい評判も悪い評判も忘れないようにこんな風に書き残していたし、クラリッサ様も「薬には人によって合う合わないがあるから、誰にどんなものが合うのかは忘れないようにしなくちゃいけないわ」と言いながら、全ての患者さんに対して薬の作り方を変えていたものね!私はさすがにそこまで繊細なことはできないけど……その分、誰にでもある程度合うような物を作れるようにと心がけている。
(やっぱり、料理と同様、薬も見ているだけだった頃より、自分で作ってみる方が楽しいしワクワクするわ!)
おまけに、このレーウェンフックの近隣の森などには、よく見ると色んな種類の毒草が豊富に生えているのだ。最初はラズ草での万能薬作りを始めたのだけど、少しずつ、手荒れに効く軟膏や、疲労回復にいい飲み物──ヒナコはこれを『栄養ドリンク』と言っていた──や、ちょっとした傷薬など、簡単に作れるものをどんどん試しに作ってみるようになって。
それを、屋敷の使用人に渡してみるようになったのよね。
(料理を作れば食べてみてほしくなったみたいに、作ってみると、使ってみてほしくなるんだもの!)
私は記憶力がとってもいい。アリス様に長い寿命を与えてもらった時に、アリス様はいたずらっぽく笑って言った。
『アタシの可愛い可愛いリリーベル、お前がずうっと先の未来にも、アタシとリリーベルの大事な思い出をひとかけらも忘れないように、ね。だって、こんな愛しい毎日毎分毎秒を、アタシだけが覚えているなんて寂しいだろう?』
そして、私が大事なものを決してなくさない魔法をかけてくれたのだ。忘れてしまうことは、なくしてしまうことに似ているからだって。
だから、私は飼い主たちとの思い出を、いっぱいいっぱい覚えたままでいられるの。
そのおかげもあって、私は愛すべき飼い主たちが大好きだったことも、概ね詳細に覚えているのよね!
残念ながら、魔法は『大事なものをなくさない』ためのものだから、興味のないことはすぐに忘れてしまうのだけど。
白状すると、王子妃教育は真面目にやっていたからしっかり覚えているけれど、バーナード殿下の顔はちょっと忘れてしまいそうよ?まあ別に、忘れたって問題はない気がするからいいのだけど。
「かっかっか!屋敷の者どもは揃いも揃ってルシーちゃんに夢中になっとるな!ばかめ、気付くのが遅いんじゃあ。ワシは最初からルシーちゃんがとんでもなくいい子だと分かっとったわい!」
ランじいが豪快に笑いながら、どこか誇らしそうにそんなことを言う。
「うふふ!そうね、ここで最初に私のお友達になってくれたのはランじいだもの!」
大事なお友達であり、どこか本当のおじいちゃんのように私を可愛がってくれるランじい。私がそう言うと、ランじいは少し照れくさそうにはにかんでいた。
「うにゃーん!」
「みゃああ!」
あら、最初のお友達なんて言ってしまったから、猫ちゃんたちが怒っているわ。もちろん、人間のお友達の中では、という意味で言ったのよ。
「にゃあん!あなたたちのこともとっても大好きで大事に思っているわ!」
猫ちゃんたちにそう言うと、「仕方ないわね!許してあげる!」とばかりにごろんごろんと転がって甘えて見せる。
うふふ!ヤキモチ焼きで甘えん坊で、本当にこの子たちはたまらないわね。いとかわゆし。
そんな風に楽しく平和に過ごしていたのだけど、サラがなにやら本邸の方で顔色を悪くしているのが見えた。これは……フェリクス様が魔力枯渇に陥ってしまった時の空気に似ているわね。まさか、またフェリクス様になにかあったのかしら?
そう思い、心配していたのだけど、そのうちにフェリクス様の姿も見えた。こちらも顔色が悪いものの、しっかり自分で歩いている。
(彼は大丈夫そうだけど、何かがあったのは間違いないわね)
本邸の方に行って、何があったのか聞けば私にも教えてくれるかしら?そんな風に考えていると、フェリクス様がふと顔を上げ、目が合った。離れの方から様子をうかがっている私に気がついて、フェリクス様の方からこちらに来てくれる。
「ルシル……」
しかし、近くで見たフェリクス様は思っていた以上に深刻そうな顔をしていた。
「何かあったんですか?」
「……街の方で、原因不明の病が広がっているようだ。最初は普通の風邪の症状だったようで、俺への報告が遅れ、今では重症者も出始めているらしい。本邸の方に通いで働いている者の中にも症状の出ている者がいる。何かあったときのためにサラを側につけるので、あなたは離れから出ない方がいい」
どうやらサラは今のところ無事なようで、その病に罹患していないかどうかを調べる魔法を受けているらしい。大丈夫だと分かり次第、サラもこちらに引きこもるようにする予定なのだとか。
もう一度本邸の方を見る。何人かの使用人が行き来しているのが見えるけれど、皆不安そうな表情を浮かべている。
私はフェリクス様に向き直った。
「フェリクス様、私も本邸に行ってもいいですか?」
「いや、原因が分からない以上、最悪の場合命の危険もあるかもしれない。あなたまで病にかかってしまうようなことがあれば俺は──」
「フェリクス様」
心配してくれているのがよく分かって、その気持ちが嬉しい。
だけど、私にはクラリッサ様がかけてくれた健やかに過ごせる魔法の効果があるので、よほどのことがなければ病にはかからないのだ。
それに。
「こんな時のために、万能薬はあるのです!絶対大丈夫なので、私に任せてもらえませんか?」
作った薬は大体試してみてもらったのだけど、ラズ草を使った万能薬だけは出番がなかったため、大量にあるのよね!
フェリクス様はそれでも不安そうに瞳を揺らしていたけれど、私は力強く頷いて見せた。
本作にとっても嬉しいレビューをいただきました!感激です!
「(2代目)なまえがはいりきらな」さま、ありがとうございます!本当に嬉しいです!
今後も楽しんでいただけますように!




