34_なんだかおかしな勘違いをしていますね
──おさがり、別の女性……。
私は心の中で首を傾げる。
カネリオン子爵は何を勘違いしているのかしら??
とりあえず何から突っ込むべきかしら?と迷っていると、先にフェリクス様が口を開いた。
「おさがりなどと。彼女はそんな侮辱を受けていい女性ではない」
うーん、なるほど!そこからにしたのね!
まず出た言葉が私への侮辱を咎める内容で、少し嬉しい。
けれど、そんなフェリクス様に対して、カネリオン子爵は心の底からおかしいのだ、と言わんばかりに目じりを下げてにんまりと笑みを作る。
「なに、ここには本人がいないのだから、そう取繕うこともない。それに別の女性を連れていながら、そんな風にあの女を庇うようなことを言っても、なんの説得力もないですな!口だけならなんとでも言えるでしょう。……それにしても、ルシル・グステラノラとは似ても似つかぬタイプの女が好みだったとは。これはさぞ、あの恐ろしい女は怒り狂っていることでしょうな。目に浮かぶようだ」
……そうだったわ。このカネリオン子爵って、バーナード殿下を褒めたたえている時と、バーナード殿下の気に入らない相手をこき下ろすときだけ、とっても饒舌になるのよね。殿下と同じく、私が黒魔法で呪いをかけることができると思い込んでいたから、怖がって私の前で直接何かを言ってくることはなかったけれど、隠れて散々好き勝手侮辱してくれていたこと、知っているのよね。
それにしても、ひょっとしてわざと言っているのかと思っていたけれど、本気で私がルシル本人だと気付いていないのかしら?そんなことってある?
信じられなくて、私は一歩、カネリオン子爵に近づいてみた。その目をじっと見つめる。
なぜかカネリオン子爵は顔をほんのり赤く染め、少し動揺しているようだった。
なんだか見つめ合うような形になっていると、さっと大きな背中が私の視界を遮った。フェリクス様がまるで私を庇うかのように私を背に隠したのだ。
「ほ、ほほ!さすが、婚約者のいる辺境伯がわざわざ側に置くだけあって、なんとも可愛らしい人のようだが、私にもそのように熱心な視線を送ってくるなど、いささか見境がないのではないか?」
そして、カネリオン子爵は本気で気づいていないようだ。
……確かに、王都にいて王子の婚約者だった頃は、専属侍女のレイシアの助けを借りて、バーナード殿下の好みに少しでも近づけるよう、お絵描きレベルの化粧をしていたし、格好や姿勢もなんとかグラマラスに見せようと工夫していたけれど。
(それにしても、こんなに本人だと分からないくらい、別人に見えるのかしら?)
思わず頬に手を当てて考える。……いやいや、フェリクス様はちゃんと私だって分かっていたし、やっぱりカネリオン子爵がおかしいのでは?
そういえば、この人は陰で悪口を言うばかりで、私を怖がっていたから、直接顔をしっかり見て話すようなことはなかった気がするわね?
すると、実は私の顔なんてまともに覚えていないということなのかしら?
そう思い至り、さすがに呆れた気持ちになる。さっき、私のことを醜いとも言っていたけれど、つまり顔もまともに覚えていない相手のことをここまでこき下ろしているということよね。とにかく悪く言えれば何でもいいということらしい。
「大体、あのルシル・グステラノラは何一つ殿下にふさわしくない、容姿も下品で、醜く、中身も愚かな女だったにも関わらず、殿下の愛する、美しいミーナ嬢に対して散々な嫌がらせを──」
……うーん、私に向かって私の悪口を言う、なんともおかしな状況が出来上がっているわ。「本人なんですけど」と教えてあげたいところだけれど、あまりにもずっと喋っているからなかなか口を挟むタイミングがない。
別に、この人になんと言われても全く気にならないのだけど、このままだと周囲で一緒に聞いている領民たちの中で、私のイメージがすごく悪くなっていくんじゃないのかしら。どうしよう。
「カネリオン子爵。いい加減その口を閉じた方がいい」
「ひっ……!?」
子爵はなおも嬉しそうに私の悪口を続けようとしていたけれど、フェリクス様の低い声に遮られた。
フェリクス様もカネリオン子爵には思うところがあるみたいで、そのまま嫌悪と殺気を漂わせる。そんな彼の空気に圧倒されたらしいカネリオン子爵は、顔を青くして後ずさる。
「と、とにかく、このことはバーナード殿下にもお知らせしておこう。ルシル・グステラノラはどうやらこの呪われた地でもずいぶん惨めな扱いを受けているようだと!!」
「いえ、あの、そもそもルシルは私で……」
ずっと否定する隙を探していたのだけれど、こうなったらそろそろ無理にでも口を挟んだ方がいいわよね?そう思って名乗りを上げようとしたのだけど、カネリオン子爵が逃げ出す方が早かった。
「ゴ、ゴホッゴホッ!わ、私はなんだか体調が優れない。しっ、失礼する!」
「あっ」
それはもう、早かった。一体なんのためにレーウェンフックに来たのかも全く分からないけれど、カネリオン子爵のことだもの。何かしらどうでもいいようなことをバーナード殿下に命じられたのかもしれないわね。例えば、私がきちんと惨めな扱いを受けているかどうか見てこい、とか。
そんなことを考えていると、フェリクス様が私を労わる様に覗き込んできた。
「ルシル、大丈夫か?あまりにも愚かすぎて、呆気にとられてしまい、なかなかあの口を閉じさせることができなかった」
「ふふふ、驚きましたわよね!私も、それ私ですよ!ってなかなか口を挟むタイミングがなかったくらいですもの!仕方ありませんわ。むしろ庇ってくださってありがとうございます」
「いや、それは当然のことで──」
そうしてお互いを労わり合う私たちの会話を思わずと言った風に遮る声が響いた。
「ええっ!?あのおじさんが言っていた人って、お姉さんのことだったの!?え、どういうこと?」
そうよねえ。本当にどういうことだと思うわよね。
驚いたことに、領民たちが口々に私へ声をかけてくれる。
「お嬢さん、あんな横暴な奴の言葉なんて気にすることはないよ!」
「そうそう、なんだか意味わからないし」
「ねえ~なんであの怖いおじちゃん、こんな天使みたいなお姉ちゃんに、あんなに悪口言っていたの?」
「そうだよね!お姉ちゃん、とーっても綺麗なのに!」
「まあ!」
慰めてくれる大人たちに交じって、子供たちは私を褒めてくれているではないか。
「うふふ、ありがとう!そんな風に言ってもらえて、とっても嬉しいわ!」
私がしゃがんでお礼を言うと、少し離れたところにいた子供たちはワッと走って近寄ってきた。
「うわ~!近くでも見ると、もっと綺麗!」
「お姉ちゃん、ひょっとして本物の天使様なの?」
「ふふ、残念ながらそれは違うわ。それに、あなたたちもとっても可愛いわよ!」
そうしている間に、フェリクス様はさっきカネリオン子爵に怒鳴られていたお爺さんに声をかけていた。
「領主様……ワシなどにこんな風に手を差し伸べてくれるとは……」
「いや、助けるのが遅くなってしまいすまなかった。あのような輩をこのレーウェンフックに入れてしまうとは不覚だ」
「なんと慈悲深い……」
カネリオン子爵の登場で、楽しい気分が台無しになると思ったけれど。終わってみればなんだかフェリクス様と領民たちの距離が、ほんの少し近づいたんじゃないかしら?
(ふふふ!結果オーライ、不幸中の幸いとはこういうことよね!)
それにしても、恐らくカネリオン子爵をここに向かわせた張本人、バーナード殿下って本当に嫌な人になってしまったわよね。昔から気は合わなかったけれど、ここまで愚かな人だったかしら……。




