30_フェリクス様は心配性
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それにしても、さて帰りましょう、とフェリクス様の元へ戻った時の、彼の慌てぶりはとっても面白かったわね。
「ルシル!?あなたは一体、ドラゴンに噛み付くなど何を考えて……っ」
うわずった声でそう言ったフェリクス様は、慌てて私の顎を掴むと、口の中や歯に異常がないかを大慌てで確かめてきた。あまりの勢いに驚いたわ!
リリーベル時代にヒナコがよく『可愛い、可愛い……お口もベロも可愛いって何事……?』なんて言いながら熱心に見てきたりしていたから多少は慣れているのだけど。普通の令嬢は口の中を確認されるなんて、そんな経験なかなかしないと思うのよね。
とりあえず、大人しくされるがままでいると、フェリクス様は急にハッと息をのみ、手を引っ込めた。
「す、すまない!」
「いいえいいえ〜!心配してくださってありがとうございます!私の歯は魔石を噛み砕けるほど強くて丈夫なので、マオウルドットに噛み付いたくらいでは欠けませんから大丈夫ですよ」
そう言って、ニッとわざと歯を見せて笑ってみせる。魔石を食べたのは前世の私なんだけど、多分今世の私も同じくらい丈夫な歯を持っているに違いない。クラリッサ様がかけてくれた健やかに生きるための魔法が歯までも丈夫にしてくれて、今まで歯が痛くなったこともないのよね。
しかしフェリクス様はなんだかさらにおかしな顔をしてブツブツと何やら独り言を呟いていた。
「魔石を噛み砕く……?そういえば、昔の文献で魔石を食べた者がいるという話があったな……いや、まさか。そんなのは作り話でしかないと結論が出て……」
何を言っているのかしら?フェリクス様ったら、意外にもとっても心配性みたいだから、色んなことが気になって落ち着かないのかも知れない。
とりあえずフェリクス様が落ち着くのを待ちながら、昔のことを思い出す。マシューが『魔石は食べられると思うんだよな。食べたらどうなるのか、一緒に試してみないか?』なんてワクワク顔で誘ってくるから、なんだか断るのも可哀想で付き合ってあげたのよね。だけど魔石って、そんなに美味しくはないのよ。不味いというほどでもないけれど。
ちなみに魔石によって食べた後の効果は色々あったから、いつかフェリクス様に披露してあげるのも面白いかもしれない。フェリクス様、驚いた時の反応が大きくてとっても楽しいし。
そんなこんなでフェリクス様と馬に乗り、レーウェンフックのお屋敷に戻りながら、私は考えていた。
(結局、有益な情報は得られなかったわね)
マオウルドットは私と同じくらい何も知らなかった。
「あなた、魔王って言われてたって知ってる?」
「はあ?オレが魔王?オレは誇り高きドラゴンだぞ。それにどちらかと言うとアリス様の方が魔王っぽいだろ」
そんなレベルで。まあ、マオウルドットは基本的に興味があること以外はすぐ忘れちゃうしね……。
前世の私、リリーベルが聖獣だとすれば、聖獣がいなくなったのは私が死んでしまったからで、ということは聖獣がいないのだから運命の英雄ではない、なんて思われていた人が、実は運命の英雄と言われるはずだった存在である……ということもあるのではないのかしら。なんだかややこしいけれど。
(するとやっぱり、アリーチェ様が言っていた、大賢者エリオス様って、今の運命の英雄なのでは?)
私は予知夢を見るけれど、引き寄せる未来は一番現実になる可能性が高いもの。そして、いつだって重大な出来事に関わるもの。
『予知夢はね、なんでもいい内容を見ることは絶対ないの。いつだって大きな運命の鍵を握っているものなのさ』
アリス様がそう教えてくれたことを思い出す。
そして、運命とは荒波のようなものだから、予知夢はたいてい悪夢になるのだと。
(それから、運命の英雄って、運命を変える力を持った英雄のこと、だったわよね?)
これはアリーチェ様が教えてくれたことだ。
だから、ひょっとして呪いを吹き飛ばすエルヴィラこそが運命の英雄なのではないかと思ったわけだけど。もしも大賢者様が運命の英雄なら、予知夢に関係する力を持つ可能性もなくはない。そのお力を借りることができれば、呪いそのものについて、解き明かすこともできるのではないかしら?
エルヴィラはきっと呪いを解くことができる。けれど、呪いなんてものはそもそも元を断ち切り解いてやるのが一番いいとも私は思うのだ。
色々と考えながら馬に乗っていると、ふと、道端に咲く植物に妙に目が引かれた。
(あら?あれはもしや……)
「フェリクス様!ちょっと止めてください!」
「どうした?」
馬を止めてもらい、慌てて降りると、私は道の脇に沢山の植物が咲いている方へと駆け寄っていく。
そこにはハートのような形をした、艶やかな葉がたくさん生息していた。その特徴をよく観察してみる。
その確認が終わると、私は続いて馬を降りたフェリクス様に向かっておおはしゃぎで報告した。
「やっぱり!フェリクス様、これはラズ草と言って、とっても強い毒があるんです!」
「強い毒だと?」
嬉しくなって葉を摘もうと手を伸ばすと、またもや慌てたフェリクス様がすっ飛んできた。
「ルシル!これには強い毒があるのだと今あなたが言ったんだろう!何をしているんだ!」
私はその顔を見て驚いた。
「まあ!フェリクス様、顔色が真っ青です!大丈夫ですか?でも、安心してください!このラズ草を飲めば一発ですから!」
「あ、あなたは俺を殺そうと……!?」
フェリクス様は驚愕の顔でわなわなと震える。はて?どうしてそんな考えになるのかしら?そこまで考えて、私は自分のミスに気がついた。
「ああ!すみません、私が毒を飲ませようとしていると勘違いしたんですね!?まさか、そんなはずないですよ!」
「で、では、一体……?」
「強い毒は、ほとんどの場合でとても効果の強い薬になりますからね!フェリクス様ももちろんご存知でしょうけど。もしかして、ラズ草のことは知りませんでしたか?ちょっと珍しいですもんね。これは、とっても優れた万能薬になるんですよ!」
病気も怪我も、なんでも治る!万能薬はあればあるほどいいものね。たくさん摘んでいって、帰って作ろう!
「いや、そんなことを知っているわけが……むしろどうしてあなたは、そんなになんでも知っているんだ……」
呆然とそんなことを呟いていたフェリクス様には全く気づかずに、私は夢中でラズ草を摘んだのだった。




