03_上品な嫌がらせ、全然問題ないです
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レーウェンフックはさっさと屋敷に引っ込み、私のそばには同じ年くらいの侍女が残った。
「サラと申します。お部屋にご案内させていただきます」
「よろしくね、サラ」
先導するように歩き始めたサラのあとをついていく。だけどなぜか正面に見える屋敷をぐるりと迂回するように回り込む。不思議に思いながらも何も聞かずに歩いていくと、大きな庭園を抜けた先に隠れるようにして建つ離れにたどり着いた。振り向いてみると、ここからは本館がほとんど見えないようになっている。
(なるほど。レーウェンフックは私のことがそうとう嫌みたいね)
とはいえ離れは外観も建物の中も綺麗で、全然問題ない。
むしろあの魅力溢れるレーウェンフックと同じ建物だなんて興奮しすぎて眠れなさそうだから、私としてはありがたいくらいだ。
好きな部屋を使っていいと言われたので日当たりが良く、バルコニーに出ると目の前が庭園になっている2階の一室を選んだ。
「何か御用があるときにはこの水晶でお呼びください」
使用人たちによって荷物が全て運び込まれると、サラはそう言って部屋を出て行った。
渡されたのは通信用水晶だ。魔力を通すと対になっている小さな水晶が反応する。さすが辺境伯家!これはとても高価なもので、裕福な家にしかない。普通は魔力なんか使わないただのベルが一般的だ。
違和感を覚えたのは部屋に一人になってしばらく経った頃だった。
恐る恐る部屋の外に出てみる。
私は廊下を少し歩いて立ちすくんだ。
(だ、誰もいない……!)
しんと静まり返った建物。私が足を止めれば本当に小さな物音一つしない。
え、本気で誰もいないの?私一人きり?
「サラ……?」
カサ!と音がした。音の先には何やら見たこともない虫が這っていた。
……綺麗だと思っていたけれど、実はそうでもないのかもしれない。
なるほど。レーウェンフックはなかなか性格の悪い男らしい。イケメンだけど。
普通、一人も使用人がいないなんてありえる?おまけに私はこのレーウェンフック領に今日初めて来た人間なのに。それにいやいや押し付けられたとはいえ一応婚約者だ。
おまけに私がバーナード殿下に婚約破棄されたことに激怒したお父様が侍女の一人も連れて行くことを許さなかったから、本当に一人きりでここまでやってきたのに。
ちなみにずっと私の専属侍女だったレイシアは私が不憫だと泣いていた。
(用があったら呼べって言っても、建物内にはいると思っていた)
どうしようもないときは仕方ないから本館から来てやるぜ、っていうことだったらしい。
「うーん、そうなると意地でも呼びたくないよね?」
私は負けず嫌いだ。そして別に一人でも全く困らない。
とりあえず離れの中を全部回って、他の部屋や厨房、掃除道具の場所や浴室、書斎など屋敷中を確認してみた。
書斎には本がたくさんあって暇つぶしに良さそうだし、厨房には食材が溢れるほどあった。
おまけに水晶だけじゃなく、この離れの屋敷には高価な魔道具がふんだんに使われていて、食材は腐ることなく保存できるようになっているし、浴室にはお湯が出る。
なんだかめちゃくちゃ快適に過ごせてしまいそうな気がする。
多分すぐに私が水晶で呼び出すことを見越してのささやかな嫌がらせのつもりだったんだろうけど、私相手にはこんなの全然効果ない。
「むしろ今までムカつくバーナード殿下の婚約者として王子妃教育にガチガチに縛られてたことを思うと解放感すら感じるわ〜〜」
嫌がらせの方向性が「四六時中監視をつける」とかじゃなくてよかったよかった!
とりあえず厨房にあったそのまま食べられるパンを食べた。
明日は料理とかしてみちゃおっかな?グステラノラのお屋敷ではそんなことできなかったし。
ちなみにパンはめちゃくちゃ美味しかった。
嫌がらせしたいならあんまり美味しくないパンとかおいとけばいいのに……。
結局貴族の待遇としてあり得ないことまではできても、人として下品なことはできないんだろうね。
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レーウェンフックの離れで暮らし始めて早3日。
私は本館がある方とは逆側に広がる芝生でごろんと寝転んでいた。
「はあ〜芝生あったか〜い。ん〜ん……」
お日様の温もり。幸せだ。
前世を思い出さなければこんなはしたない真似出来なかったかもしれない。けれど猫だった私は日向ぼっこの気持ちよさを知っている。
(どーせ誰も見てないし)
リラックスしてゴロゴロしているうちに眠っていたらしい。
はっと目を覚ますと、体にあちこちにモフモフ感を感じた。これは、懐かしい感触……。
目を開ける。
私の体にくっつくようにして、3匹の猫がくつろいでいた。
「んなっ、誰?」
声を出しても無視で気持ちよさそうに目を閉じている。
まあいっか……。
適当にゴロンと寝返りを打つと、猫たちもおのおの収まりの良い位置を探し直して寄り添った。
どうやらこの猫たちはこの辺に住む野良猫らしい。
猫は感覚が人より鋭敏で、魔力を感じたり見たりすることに長けている。私もそうだった。リリーベルの記憶を取り戻して、このルシルの体でも前より他の魔力を感じられるようになったから、私の感覚は猫寄りになっているのかも?すると、この猫たちは私を猫認定しているのかもしれない。
猫同士くっついてゴロゴロするのは至福だものね。
……それにしては猫ちゃんが次から次にやってくる。そして皆私にくっつく。
目を覚ました時には3匹だった猫ちゃんがまた1匹、もう1匹と増え、溶けたように重なり合ってもはや何匹いるかわからない。
猫に溺れそうだ。
(カリスマ猫だったリリーベルの記憶を取り戻したから、こんなにモテてるの?)
なんにせよ、このひとりぼっちの離れで友達ができたことはなかなか悪くない。
それに人間として猫ちゃんいとかわゆしという気持ちは忘れていない。つまり私、ルシルは大の猫好きだ。猫に圧死させられるなら悪くないと思うほど。
とりあえず、顔の横にいる子のお腹で深呼吸して英気を養った。
そろそろお腹が空いたわね……。
厨房に何があったか思い浮かべながらあれこれ考える。
ちなみに昨日、料理に初挑戦してみたけれど、初めてのわりにはまあまあ上手くいったと思う。
リリーベル時代の3番目の飼い主、冒険する料理人マシューが料理する姿を飽きるほど見ていたからできる気はしていたのよね。私はとても器用だし。猫だったからこそ、自分の想像した通りに体を動かす能力が元々備わっているのだ。
「ふふん!こうなったらもっともっと美味しい料理を作れるようになるわよ!」
体を起こしながら意気込む。上に乗っていた猫ちゃんが何匹かゴロンゴロンと転がった。それでも気持ちよさそうにウニャウニャ言っている。
屋敷の方に戻ると、猫ちゃんの中から3匹が私についてきた。どうも他に居場所がある別の子たちと違ってこの3匹はこのままここにいたいらしい。
「大歓迎よ!」
だってこの離れの屋敷は私一人ぼっちで部屋はものすごく余っている。
せっかくなので私は3匹に名前をつけることにした。
まずは三毛猫。まだ子猫のようで一番小さい。
「あなたはミシェルね」
「みゃあああ」
声も甲高く、体もプルプル震えている。とっても可愛い子ね。
次は一番大きなバイカラーの長毛種。
「あなたはマーズ」
「うにゃ~ん」
ふさふさの尻尾がゆらゆら揺れていてすごく優雅。
最後に凛々しいお顔の黒猫。毛並みがとっても艶やかだわ!
「あなたはジャックよ」
「にゃあ!」
ミシェルはしゃがんだ私の背中によじ登り、マーズは私の足に尻尾を巻き付けて、ジャックは私の手のひらに自分から頭を擦りつけている。全員いとかわゆし。どうやら私がつけた名前は気に入ってもらえたらしい。
ちなみに、「いとかわゆし」という表現は異世界人だったヒナコが私を可愛がるときによく使っていた。あの子はなんだか妙な言葉をよく使っていたし、変な笑い方をする変わった子だったなあ。さすが異世界人よね。一緒にいると刺激的で楽しかったのを覚えている。
夜はミシェル、マーズ、ジャックに囲まれてぬくぬくと眠りについた。夢の中で私はリリーベルの姿で、新しい家族である3匹と楽しく遊んだのだ。とっても幸せ。
その日から私が日向ぼっこしていれば他の猫たちもどんどんと集まってきては一緒に寝転び、猫集会にはわざわざ呼ばれるようになった。やっぱり私のことは猫認定なのかもしれない。
次話、『呪われ辺境伯』フェリクス視点入ります!