29_マオウルドット、駄々こねる
何度も何度も呼んで、やっとルシルが来たと思ったら、めちゃくちゃ嫌なもん見た。
「いやいやいや!うわ!は?嫌すぎるんだけど!なんだよアイツ。すげーやだ!!!」
フェ、フェリクスとかいうやつから、あいつから、ルシルの魔力の匂いがするじゃないか!!!
オレは震えた。驚きすぎて。ドラゴンが震えるなんて、一大事だからな?昔はドラゴンが身じろぎすれば国が一つ滅びるなんて『コトワザ』もあったくらいだ。リリーベルの飼い主の中でもひときわ変わり者だったヒナコが、なんかニヤニヤしながら言っていた。なんだっけ、他にも『伝説級の最強ドラゴンが、ちっちゃなリリーベルにタジタジナスガタ、トウトイ』とか言ってたよな。ヒナコはだいぶ頭のおかしなやつで、言い回しが独特すぎて何言ってんのかよく分からないことが多かったけど、つまりはオレが最強でめちゃくちゃカッコよくて、リリーベルは小さいから守ってやった方がいいってことだろう。
まあそんなことはどうでもよくて、要はそれくらいオレが驚いたってことを言いたいわけ。
そもそもルシルにはリリーベルだった頃に、あいつにベッタリだった人間たちの魔力がこれでもかと詰め込まれている。愛だよな。それくらいはドラゴンのオレにも分かる。
そして、オレはそんな人間たちに殴られたり、名前つけられたり、ぶっとばされたり、縛られたり、封印されたりしてるから、これまたその魔力をちょっとだけ持ってる。不本意だけどな、あいつら普通じゃなかったからさ。リリーベルがそばにくっついてるから、オレも強く出られなかったところあるし。そう、リリーベルがいなかったらこんなに大人しくしてないって。だってリリーベルは小さいからな。オレの本気の咆哮ひとつで、吹っ飛んじゃいそうだろ?
そんなわけだから、ルシルの魔力も、オレの魔力も、変な人間たちの魔力が混ざって、ちょっと特別な感じだったんだ。ルシルにはいっぱい、オレにはほんのちょっとだけど、量の問題じゃない。
オレは、それが結構気に入っていた。飼い主たちがいなくなった今は、二人だけのお揃いだから。
(それなのに、フェリクスとかいうやつにも、ちょっと移ってるじゃないか……!!)
たまらなくなって、あいつからルシルの魔力を感じることを問いただすと、
「そうそう、大変だったのよ。フェリクス様がね、魔力枯渇で倒れちゃって、でも呪いのせいで他の人は魔力を渡せないみたいだったから、私が分けてあげたの」
……そう、こともなげに言った。
ルシルは、リリーベルだった時からいつもそうだ。
何かを誰かに分けること、与えることをためらわない。特別な思いとか、理由とか、使命とか、そんなのなんにもなくても軽くやってのける。
自分にとって与えられることが当然だったから、与えることへのハードルも低いんだ。
分かるけど。そういうやつだってずっと前から知ってるけど!でも、ルシルの魔力なんて、オレだってもってないのに!!!
(あいつだけ、ズルいだろ!!!)
許せなくて、オレはその場に、全力でぶっ倒れた。そして、精いっぱい辛そうな声を出して猛アピールする。
「ぎゃあ!オレ、怪我しちゃった!痛い!ルシル、大変だ、魔力くれ!!」
参考にしたのは、リリーベルの飼い主の中で一番弱虫だったコンラッドだ。あいつ、弱いから戦いたくないし、って、なんか色々すごいもん作ってたよな。人前では猫被ってたみたいだけど、リリーベルやオレの前ではいつだってへなちょこだった。
だから、ドラゴンのオレが恥を忍んでそんな弱虫の真似をしたのに、ルシルは不思議そうな顔をするばかり。
「ええっ?あなた怪我なんて一瞬で治るでしょ……むしろ今のでどこを怪我したって言うのよ?」
「いや、ダメだ、痛い!」
「なんでそんな嘘つくの??おまけに魔力なんて、あげるどころか私があなたの魔力を欲しいくらいよ!だってあなたの魔力ってなんだかいい匂いもするし。いつかマシューに食べさせてもらったあなたの尻尾の先も美味しかったし……」
「げ!おい、二度とオレを食材として見るなって言っただろ!」
尻尾の先を食われた時のことは今でも時々夢に見る。一番怖かったのはやっぱりアリス様だけど、一番人でなしだったのはマシューだったと今でも思ってるからな……。
リリーベルが「美味しい!」って目を輝かせてたから、ギリギリ許してやったけどさ……。
そんなことを思い出していると、ルシルがじっとオレを見ていた。
「……そうよね、マオウルドットの魔力ってとっても強そうよね?」
「は?」
何を当然なことを。だってオレは、ドラゴンだ。誇り高きドラゴン。
「うーん、気になって来た!マオウルドットの魔力、分けて!」
「へっ!?」
言うが早いかルシルはオレに飛びついてきて、カプリとオレに尻尾に嚙みついた。
嘘だろ!?だから、オレを食材として見るなとあれほど……!
……いや、魔力吸ってるのか。なんだ。てかなんだこいつ。猫がじゃれつくならまだしも、人間がドラゴンに甘噛みとか聞いたことないんだけど。
ふと見ると、そんなルシルの行動に驚いて、唖然とするフェリクスが目に入った。
(ふうん?そんな目で見ちゃって、お前はどうせルシルに噛まれたことも、ましてや食われたこともないんだろ~!)
「マオウルドット、魔力まで美味しいのね」
「だからさ、俺は食材じゃないんだからな!」
満足して離れたルシル。……魔力がほんのちょっと、ちょびっとだけ、移っている。
オレの魔力は強いからな。なんせ、誇り高きドラゴンだ。そして強い魔力は匂いも強い。
(ルシルからオレの匂いがする……)
「え、えー?まあ、これもそんなに悪くないっていうか。へへ!あいつにはこれはないしな!あいつの魔力もルシルにはないし!まあとりあえずこれで勘弁してやるよ!」
なんだか楽しくなってきて、オレはそのままごろんごろんと転がった。
(うふふ!うふふ!そっかそっか、オレの魔力が欲しいなら、もっと早く言えよなー!)
ルシルはまたフェリクスと一緒に馬に乗って帰っていった。
普通の人間には魔力の匂いがほとんど分からないのが惜しいよな。
まあ、ちょっとかわいそうだから、フェリクスはオレの子分ってことにしてやろう。それなら同じ魔力をちょっとくらい持ってること、ギリギリ許せそうだからさ。
その夜、オレは久しぶりにマシューに食われる夢を見た。
「だから、オレは食材じゃないんだってーー!!!」




