26_話は運命の英雄に戻る
呪いを解くには、どんな呪いがかけられているのかを知ることが重要になる。
呪いによって、どうすれば解けるかが違ってくるのだから。だからこそ、それを紐解く「鍵」が必要なのよね。
(だけど多分、エルヴィラはそんなことはお構いなしに、聖魔法の力押しで呪いを全部吹き飛ばしたんだわ。覚醒時には莫大な量の魔力が放出されるはずだから)
さすがは、のちに聖女と呼ばれるようになる人よね。
私のクラリッサ様は同じ聖女と言ってもあまりにも規格外だったから、さすがに比べものにはならないだろうけど、クラリッサ様をのぞけば歴代でも特に力のある聖女になるんじゃないかしら?
まあ、まだ覚醒前で、全てこれからの話だけどね。
ちなみに、私にはそんな素晴らしい聖女だったクラリッサ様の魔力が宿っているとはいえ、それは私の魔力のうちの何割かの話であって、力押しで呪いを吹き飛ばすなんて真似はさすがにできないのだ。
だから、呪いを解くには呪いを知る必要がある。
そんなことをしているうちに、エルヴィラとフェリクス様が出会う時があっという間に来るかもしれないけど。
(まあ、その時はその時よね)
それに……正直言って私の中の好奇心が、この呪いのことを解き明かしたくてうずうずしているのよ!
リリーベルの頃に、ちょっとおかしくて刺激的な飼い主たちと、たくさんの楽しいことに囲まれて過ごしていたせいで、私はだいぶ好奇心旺盛な猫だった。その好奇心が久しぶりに刺激されまくっている。
人のよくない話でこんな気分になっているのは申し訳ないけれど、役に立つために頑張るんだからちょっとワクワクするくらいはいいわよね!
そう自分に言い訳しつつ、考えを巡らせる。
フェリクス様は呪いの話をしてくれたけれど、レーウェンフックがなぜ呪われてしまったのか、その理由は分からないらしい。
呪いについて、きっとフェリクス様もフェリクス様のご先祖様も、たくさん調べて調べて調べつくしたに違いない。けれど、案外第三者が見れば新しい発見がある、なんてこともあるものだし。
とくに私には長い時間を生きて、歴代飼い主たちと色んな経験をしてきた記憶があるから、何かピンとくるものがあるかもしれないもの。
そして、理由が分かれば鍵が見つかり、たくさんの魔力を持つ私なら、それを解くことができるかもしれない。
なんでもいいから情報が欲しいという私に、フェリクス様は教えてくれた。
「呪われた理由はさっぱり分からないが、ただ、時期としては運命の英雄が現れなくなった頃ではないかと思われるんだ」
「運命の英雄が?」
よく分からないけれど、フェリクス様のご先祖様が呪いを解くヒントを探すために調べた記録が残っており、そこに運命の英雄の記述が何度も出てくるとのこと。時期が同じではないかということも、それに書かれていたらしい。
「というか、運命の英雄は現れなくなってしまったんですね?」
私は運命の英雄自体を知らなかったくらいなので、もちろんそのことも初耳だった。しかし、どうやらそれはわりと有名な話なんだとか。
とりあえず、私は運命の英雄について調べてみることにした。
と、いうわけで。
「ルシルお姉様!運命の英雄について知りたいんですって!?この私に任せてちょうだい!」
「はい!よろしくお願いします、アリーチェ先生!」
運命の英雄といえばやっぱりアリーチェ様よね!そう思い、どうかアリーチェ様の知る内容を私に教えてほしいとお願いしてみたところ、こうしてすぐに来てくれたのだ!
「せ、先生だなんて、そんな!ふ、ふふふふふ!このアリーチェ先生がルシルお姉様に詳しく教えて差し上げる!」
アリーチェ様はたくさんの文献を持ってきてくださっていた。アリーチェ様の大事な『運命の英雄コレクション』の一部らしい。一部といえどもなかなかの量と種類で、本当に運命の英雄が好きなんだわと、なんだか微笑ましい気持ちになった。
私は文献をめくりながら、その内容についてアリーチェ様から補足や説明を受けていく。
(えーっと、なになに……『運命の英雄の傍には、必ず白く尊き聖獣様が寄り添っていた』……これはアリーチェ様が言っていたわね)
「最後の運命の英雄の頃に、聖獣様はいなくなってしまったそうよ。その運命の英雄を見放したのか、聖獣様に何かが起こったのか、その辺も分かっていないの。ただ、聖獣様がいなくなった後は、新たな運命の英雄も誕生しなくなってしまったらしいわ」
そんな話を聞きながら、ふと疑問が浮かんでくる。
「だけど、運命の英雄だと判断する理由こそ、そばに聖獣様がいることだったんですよね?聖獣様がいないからわからないだけで、実は運命の英雄様自体はその後も存在していたのでは?」
アリーチェ様は私のそんな質問に、うんうんと神妙な顔で頷いた。
「その可能性は否定できないわ!実際、今も運命の英雄ではないかと言われている人はいるのよ!尤も、私は聖獣様がそばにいない運命の英雄なんて有り得ないと思ってる派だけどね」
「ええっ!そうなんですか?」
「大賢者と呼ばれているエリオス様という方で、魔塔と呼ばれるとっても高い塔を建てて、そこに一人で住んでいる変わり者らしいわ。滅多に人と会おうとしないから、年齢もお姿もほとんど知られていないの」
「大賢者……そんなすごい方がいるんですね」
「というか、運命の英雄も大賢者エリオス様も結構有名なのに、ルシルお姉様は全然知らないのね?」
アリーチェ様に不思議そうに指摘されて、私も同じく不思議な気持ちになった。
確かにそうよね。どうして私はこんなに何も知らないのかしら?
そう思っていると、いつの間にか私たちのそばに来ていたフェリクス様が口を開いた。
「ルシルは王子の婚約者だったからだろう」
「まあ、フェリクス様!」
フェリクス様は私の開いている文献を覗き込む。
運命の英雄のことをアリーチェ様に教えてもらうことは話していたから、どうやら気になって様子を見にきてくれたらしい。
「ねえフェリクス、ルシルお姉様が王子の婚約者だったからってどういう意味?」
「王家は『運命の英雄』も、『大賢者』も存在を認めない。王家にとって王家こそが唯一至高で、特別な存在でなければいけないからな」
なるほど……。それは、すごく納得できる理由だった。
長年バーナード殿下の婚約者だった私の耳には、意図的にそれらの話が入らないように操作されていたということはあるかもしれないわね。
王家を、王族だけを尊敬し、信用するように。
まあ、バーナード殿下に対しては、尊敬も信用も全くなかったわけだけれど。ふふふ!
そんなことを思いながら、また別の文献を手にとる。
(……あら?)
そこで、私はなんだか妙な違和感を抱いた。
 




