25_呪われ辺境伯フェリクス視点
俺──フェリクス・レーウェンフックに呪いが発現したあの日、母は泣いて卒倒した。
元々、このレーウェンフックにかけられた呪いは、同時に二人以上に発現することはない。
発現する呪いの作用も様々で、前代と同じ呪いを持つこともあれば、初めての作用を発現することもあった。俺は後者で、この手で触れた者の魔力を、命が尽きるまで吸い上げ続け、おまけにその相手をずたずたに傷つけるなど、これまで確認された呪いの作用の中でも類を見ないほどの悍ましさだった。
これまでのレーウェンフックの呪いは、俺が把握している範囲では自分に悲劇が降りかかるものが多かった。
例えば、前代の呪いは比較的軽く、『治癒魔法が効かず、傷や病を回復するには魔物の血を飲まねばならない』体になるというものだった。
他に『魔力を使う度に体が呪いに蝕まれていき、徐々に魔物化してしまう』ものや、『魔物を含む他者を傷つける度に自身の体にも傷がつく』ものなどもあったらしい。それより前は、レーウェンフックの呪いは厳重に隠されていて、記録も残っていないため正確な呪いの内容が分からない。
けれど、そのどれもがこの地そのものにかけられた呪いと繋がっていて、例えば前代は魔物の血を飲む度に土地の呪いが強くなったことが記録から読み取れる。
これは俺が呪われてしばらくして法則に気付いたものだ。これまで呪われた者は、自身を守るために極力呪いの作用が出ないように過ごしていたため、分からなかったのだ。だが、これはとても厄介なことだった。呪いを受け入れ、前向きに共存しようとすると、土地への呪いが強くなり、結局はこの地に住まう者に不利益をもたらすことになる。
まるで、呪いを持つ者を確実に苦しめるためのようだった。
それでも……それでも、苦しむのが呪われている者自身だったうちは、レーウェンフック一族はその者に同情的で、少しの恐れを抱くことはあっても、優しく守っていこうとする方針だったように思う。
変わったのは俺の呪いが、自分自身ではなく他者へ害をもたらし、命を脅かすものだと分かってからだ。
まず、最初に述べたように母が変わった。
そもそも一族の中で誰が発現してもおかしくない呪いが我が子に宿ったことに絶望し、その呪いが自分をも傷つけるかもしれないと思った時、彼女は俺を『呪いそのもの』であるかのように認識したのだ。
『人の魔力を死ぬまで吸い続ける体など、悍ましい!いいえ、いいえ!私の子がそのような悪魔のような力を持つ者のはずがありません!アレは、あんな化け物は私の子などではないわ!』
そう言って俺を遠ざけた母は、それでも心が耐えきれず、病んでしまった。今はレーウェンフックが持つ別の離れた領地で静かに暮らしている。母を愛する父は、母のように俺のことを罵倒することはなかったが、俺が辺境伯として最低限どうにかやっていけるようになってすぐに母の元へ行ってしまった。
幸い、俺にはカインがいた。
呪いを発現する前からの幼馴染であり、親を亡くしてレーウェンフックに仕えるようになったカイン。
初めは俺の呪いと、呪いを発現したことでおかれた環境に戸惑っていたものの、それでも俺に対しての態度が変わることはなかった。
『呪われてるのはお前のせいじゃないだろ』と言って、側にい続けてくれた。
カインがいなければ、俺は今こうしてまともに辺境伯でいることすらできなかったかもしれない。
最初にアリーチェに優しくしたのは、彼女もまた、自分は家族に必要とされない存在だと傷ついていたからだ。
抱えているものは全く違うが、親近感が湧き、放っておけなかった。実の家族と家族でいられなかった分も、カインとともにアリーチェを妹のように可愛く思っていた。
しかし、アリーチェが俺を『運命の英雄』ではないかと期待の眼差しで見るようになって、苦しくなってしまったのだ。
俺は英雄などではない。俺は……化け物なのだから。
使用人に恵まれたのは幸運だったと思う。
俺を人として扱ってくれることが最低条件で、主として尊重してくれることまでは期待していなかったのだから。
それでも、辺境伯としてはその人数はとても少ない。
──そんな、家族にも一族の者にも恐れられ、悍ましがられた俺の呪い。
それなのに、ルシルは切なく慈愛に満ちた顔で俺を見た。
『5歳でそんな体験をしてしまって、小さなフェリクス様はとっても驚いて、傷ついたでしょうね。今の私がその場にいたら、抱きしめてあげられるのに』
初めて魔物の魔力を干からびるまで吸い上げてしまった時、誰もがその魔物の姿に絶句し、俺を恐ろしいものを見る目で見ていた。触れれば自分もああなるのではないかと、誰もが距離を置いた。素手で触れなければ大丈夫だと分かっても変わらなかった。
……母が、悍ましいと泣いて遠ざけた俺を、あなたは抱きしめてあげたいと言ってくれるのか。
これまで、呪われた者自身が苦しむばかりだった頃は同情し、優しくあった一族の者は、俺の呪いが傷つける対象が他者のみであると分かった途端、『なぜ今代は周囲に災いをもたらすばかりなのか』と疎ましがった。俺自身が呪いを実害として被るだけであれば、他の皆は平穏に過ごせたのに、と。
『なんだ!じゃあフェリクス様が痛かったり苦しかったりはないんですね?よかった〜!』
……それなのに、ルシルは明るく笑って、他者を傷つけるだけの俺を、俺が苦しまないのならよかったと言ってくれる。
おまけに、ルシルは俺の呪いのせいで、その小さく白い手をズタズタに切り裂かれたばかりだったのに。
呆然とした俺は、なんとか言葉を絞り出す。
「怖く、ないのか。あなたを傷つけた呪いなのに」
優しさで同情はしてもらえても、恐れが生まれるのは仕方がないと思っていたのに。
痛みは、記憶だ。それは心にも刻まれるが、体が無意識に覚えてしまうものでもある。
理性で同情してもらえたとしても、本能が俺を嫌うのはある種当然だと思っていたのに。
それなのにルシルはきょとんと首を傾げるのだ。
「傷は治ったでしょう?」
まるで、何を怖がるのか分からないとでも言うように。
「傷は治っても、傷を受けた痛みはなかったことにはならない。そもそも、本当に、魔力を俺に渡したことで体に不調はないのか?」
なおも続ける俺に、むしろ少しムッとした様子で。
「あの程度で私を怖がらせられると思っているんですか?それほど心の弱い小心者であると?なんて心外な!私を怖がらせたいなら、せめてドラゴンくらい──は、怖くないか。うーん、そうだなあ、私、何が襲ってきたら怖いかしら?」
溌溂とした声で言い、自分が怖いものを探すルシル。
カインは耐えきれないとばかりに声を出して大笑いした。
俺はその側で、込み上げてくる何かを必死で抑えていた。




