24_フェリクス様の呪いの話
今現在、私は離れの応接室で、フェリクス様と向かい合って座っている。
フェリクス様はあのあと、熱を出して3日間ほど寝込んでしまった。
そして、やっと回復したからと、カイン様と一緒に離れにやってきてくれたのだ。もちろん、約束通り呪いの話をしてくれるために。
「ルシル。まず、今回のことではあなたに命を助けられた。感謝してもしきれない。本当にありがとう。それから、すぐに礼を言えなくてすまなかった」
開口一番、フェリクス様はそう言って私に頭を下げた。
「いえいえ!元気になってよかったですね!」
私はお礼を言われたこと、少しでも助けになれたことが嬉しくて、笑顔で言った。
側に控えたカイン様も、フェリクス様と一緒に頭を下げている。
……黙っていようかと思っていたのだけど、さすがにちょっと心苦しいので、白状することにした。
「でも、命を助けただなんて、大袈裟です!まあ私も最初は危ないかも、なんて思っちゃいましたけど、思ったよりすぐに回復しましたものね。多分、当初の見立てより症状がとっても軽かったんだと思います。不幸中の幸いでしたね!うふふふ!」
「いやいやいやいや……!」
笑って誤魔化そうとした私の言葉に突っ込んだのはカイン様だった。彼は、ぶんぶんと激しく首を左右に振りながら捲し立てる。
「間違いなく命危なかったから!フェリクス死にかけてたから!今生きてるのほぼ奇跡だから!」
「そ、そうですか」
こちらに向かって身を乗り出すカイン様。そのあまりの勢いに思わずのけぞってしまった。すごい剣幕だ。
フェリクス様はそんなカイン様の後ろでもう一度深く深く頭を下げているし。どうしよう。必要以上に感謝されると、戸惑いが生まれるものだって初めて知ったわ!
う、うーん。魔力を渡した私への感謝が、カイン様やフェリクス様に事実をより重く認識させてるのかしら?
これ以上否定するともっとややこしい事態になりそうだと瞬時に察した賢い私は、気を取り直して、「呪いのことを教えてください」と促す。するとカイン様が下がり、フェリクス様が説明を始めた。
「あなたも知ったと思うが、俺の呪いはこの手で触れたものの魔力を搾り取り、そして傷つけることがある」
「はい」
「初めてその力が働いてしまったのは俺がまだ5歳の頃だった。小さく弱く、害のない魔獣を追いかけて、捕まえようとした。すると、俺がこの手で捕らえた魔獣は見る見る間に干からび、絶命したんだ」
「まあ……」
「可哀想だろう。魔獣は俺が好奇心で手を伸ばしたばかりに、見るも無惨な死に方をしたんだ」
フェリクス様は自嘲するように力なく笑う。
「本当に、可哀想に……」
「……」
思わずそうこぼすと、フェリクス様はぐっと息を詰まらせた。
私は痛ましい気持ちで、そんな彼を見つめる。
「5歳でそんな体験をしてしまって、小さなフェリクス様はとっても驚いて、傷ついたでしょうね。今の私がその場にいたら、抱きしめてあげられるのに」
「……は?」
「あ、つい、余計なことを言いましたわね!ごめんなさい」
本当につい口走ってしまったのだけど、抱きしめてあげられるのに、なんて、ちょっと傲慢な考えだったわ。
私を愛する歴代の飼い主たちなら大喜びしてくれそうだけれど、フェリクス様は私に抱きしめられても困っちゃうわよね。
そう思い、これ以上この話をしないように、私はこほんと咳払いして、続きを促した。
「大人になり、一時期はどうせならばこの力で討伐対象の魔物を屠ろうと思い、実行したこともある。吸い取った魔力は使うことができたし、この方法は効率がいいと思っていた。しかし、しばらくするとそうして吸い尽くした魔力の量と比例するように、この地に広がる呪いが強くなっていることに気がついたんだ」
そういえば、土地も呪われていると言われていたわね。どうやらその噂は本当だったようだ。
「具体的にはどんどん土が死んでいき、魔物の発生率がどんどん上がっていった」
……ん?魔物の発生率はわかるとして、土が死ぬって、作物なんかが育たなくなっていくってことよね?
ランじいは花を育てていたし、一緒に作っている菜園ではトマトを実らせることができるけれど……?
まあ、想像と実際の規模が違うのかもしれないし、ランじいが何かの加護を持っている可能性もあるわよね。
気になったけれど、細かいところまで今聞き始めると脱線してしまいそうなので、とりあえずそれは置いておこう。
「俺の手は、人を傷つける。この土地も、人には優しくない」
そう言ったフェリクス様の顔は、とてもとても、辛そうだった。
訓練することで、かなり強く意識していれば、ある程度呪いの力を押さえ込み、魔力を吸い上げてしまうことなく触れることもできるらしい。けれど、普通に過ごしていていつも意識していられるわけではない。だから特注の手袋をして、うっかり素手で生き物を触ってしまうことがないように注意しているのだとか。
そこまで聞いて、疑問に思ったことを質問する。
「呪いは、フェリクス様自身には、どのような悪影響をもたらすのですか?」
なんたって呪われている本人なんですものね。
そう思ったのだけど、なぜか顔を歪ませたフェリクス様は言葉を絞り出す。
「何もない。周りを苦しめるだけで、俺自身には何もないんだ」
今回魔力枯渇状態に陥ったのも、原因は分からないのだとか。呪いが関係しているのは間違いないように思うけれど、突然こんなことになったのは初めてらしい。
だから、自分自身がこの力で傷つくことはないのだと、まるで、懺悔するようなフェリクス様。けれど、私は心底ホッと安心していた。
「なんだ!じゃあフェリクス様が痛かったり苦しかったりはないんですね?よかった〜!」
もちろん、心は傷ついて苦しいのだろうけれど、とにかく自分に直接降りかかる作用がないなら、それに越したことはない。まさに不幸中の幸いってやつよね!
そう思って満面の笑みで言ったのだけど、ふと気づくとフェリクス様もカイン様も、目を丸くして私を見つめ、唖然としていた。




