23_確かに痛いけど、全然問題ないです
フェリクス様は予想していたよりずっと早く目を覚ました。
呪いの全容が分からないから、ひょっとして何日も魔力を渡し続けることになるかも……なんて思って覚悟していたのだけれど。結局2時間程度しか経っていない気がするわね。
(私が思っていたより全然深刻じゃなかったのかも?命に関わるかもしれないなんて言って驚かせちゃって、カイン様に申し訳なかったわね)
それとも、思っていたより私の力がすごかったということかしら?うふふふ!まあ、実際にはそんなわけないだろうけれど、どうせバレないのだし、私の心の中ではそういうことにしておいてもいいわよね!
そんなことを考えていると、目が覚めてすぐで、まだぼんやりとした様子で私の手を握っていたフェリクス様が、突然ハッと息をのみ、その手を離した。
「ルシル、手が……っ」
「え?」
その声につられて自分の手を見てみると、なにやら手のひらにいくつもずたずたの傷がつき、血が滲んでいるではないか。
「あらら!いつのまにこんな風になったのかしら?」
痛みも何も感じなかったから、全然気がつかなかったわ!そして、痛みとは怪我をしていることを自覚した途端にやってくるものなのだ。急にとっても痛い。
驚いて自分の手をまじまじと見つめていると、視界の端に見えるフェリクス様の手が震えていることに気がついた。
「……すまない。俺の手を、握っていたからだ」
えっ!どうしてそう思うのかしら。そう不思議に思うものの、フェリクス様はなぜかそのことを確信しているらしくて、悲痛な顔で俯いてしまった。
とても鋭い私は察した。つまり、そう、呪いのなんらかの作用でこうなったということのようね?
けれど、呪いについて私はいまだになにがなにやら分からない状態なので、どう思えばいいのかもよく分からない。知らないし分からないのに「これは呪いのせいだ」と落ち込まれても励ますのも難しくてちょっと困ってしまう。
もうはっきり「どんな呪いなのか全部教えてもらえます?」と聞こうとは思っているのだけど、さすがにさっきまで意識を失っていたフェリクス様には、先に休養が必要だろう。
「フェリクス様!ほら、見てください!!」
私は手のひらをフェリクス様に見せつけるように、パッと開いて両手を向けた。
その私の手を見たフェリクス様は苦しげに顔を歪めてまた目を逸らそうとする……。
「いやいや、見てくださいってば!」
罪悪感を抱いているのは分かりますけどね、目を逸らせばいいってものじゃあないでしょう。
「目を逸らさないで、ちゃんと見ててくださいね?……ほら!」
私はクラリッサ様に分けてもらった聖属性魔法をほんの少し使って、フェリクス様の目の前で、あっという間に手のひらの傷を治してみせた。
「ね!傷は治せば治るんです!」
「あ、ああ」
フェリクス様は私が治癒魔法を使えるのが意外だったのか一瞬驚いた顔をしていたけれど、そんなことにはお構いなしで当たり前のことを勢いよく詰め寄りながら言う私に、戸惑いながらも素直に頷いた。
「綺麗さっぱりですよ!ふふん!すごいでしょう?だけど、目を逸らしたままだったら、治ったことも知らないままですよ」
だからなんだというわけではないのだけど、私はくよくよするのがあまり好きじゃないから、私が怪我をしたために、フェリクス様がずっと落ち込んでしまうことになるのはとても悲しい。それに私は、きっと手のひらが痛かったことだってすぐに忘れてしまうに違いないのだ。
それよりも、実際には大したことがなかったかもしれないとはいえ、たくさん魔力を分けてあげたんだから、謝られるくらいならありがとうって言ってほしいところよね。
そんなことを考えているうちに、私はふと気がついた。フェリクス様は呪われているけれど、呪いそのもの以上に、呪いのせいで心も呪われてしまっているみたい。
呪いのせいで、たくさん傷ついて、心が疲れてしまっているんだわ。
私はフェリクス様をぐいぐい倒して寝台の中に押し込むと、ぽんぽんとしてあげた。
「さあ、フェリクス様!とにかく今はゆっくり休んでください。そして目が覚めて元気になったら、私にも呪いのことを一度きちんと教えてくださいね!」
それに、いい加減猫ちゃんたちが構ってほしくて我慢の限界を迎えているのだ。今も足元でにゃーおにゃーおと鳴いている。
フェリクス様に魔力を分けてあげている間もずーっと、「ねえ、それ、まだかかる?」「僕もルシルと遊びたいー!」「早く〜外に行こうよ〜」なんて具合に、私に甘えて話しかけてきていたんだもの。
猫ちゃんは自由だ。フェリクス様も、もっと自由になれればいいな。
……ついでに、全容は分からないとはいえ、フェリクス様の手をずっと握っていたことで分かったことがある。
(この呪いの感じ、なんだか、とっても似た何かを私は知っているような……うーん、なんだっけ?)




