20_まず、猫ちゃんを想像します
「目を閉じて、目の前にいる猫ちゃんを想像してくださいね?とってもとっても可愛い猫ちゃんです。そうですねえ、白くて艶やかな毛並みに、空のようなブルーの瞳の天使のような猫ちゃんです」
「具体的だな……?」
「その方がイメージしやすいかと思いまして」
もちろん、イメージ猫ちゃんのモデルは前世の私、リリーベルである。
「イメージできました?フェリクス様は、その猫ちゃんを見てどんなことを思いますか?」
「……可愛らしい、とかだろうか」
「ふふん!そうでしょうそうでしょう!」
「……?」
おっといけない。ほぼリリーベルなイメージ猫ちゃんが褒められて、ついつい得意げになってしまったわ。
気を取り直して、言われたとおりに目を瞑っているフェリクス様を見つめる。
「フェリクス様は、その猫ちゃんのことが可愛くて可愛くて大好きなんです!ではその猫ちゃんを前にして、『この猫にはどんな価値があるか』と考えたりしますか?」
「……いや、考えないな。馬ならばまだ早く走れるかどうかなど考えることもあるが、猫に現実的な価値を求めることはない」
「そうですよね。猫ちゃんは可愛いだけで大正義!猫を嫌いな人ももちろんいますが、猫を好きな人はもはや猫というだけで可愛くて仕方なくて大好きなんです」
「そうかもしれないな」
フェリクス様はほんの少し口元を緩ませた。きっと可愛い白猫ちゃんを想像しているに違いないわね。
私はそんなフェリクス様の両手をそっと握った。フェリクス様は一瞬ピクリと指先を震わせたけれど、今日は手を振り払われることはないようだ。
その手には、いつも通り見慣れた黒い手袋がはめられている。馬上で見た破れた穴はどこにも開いていないようなので、ひょっとすると同じものをたくさん持っているのかもしれない。
それほどお気に入りならば、もしもこの人に手袋をプレゼントするときには、他のものより同じこの手袋をもう一つ贈る方が喜ばれるんじゃないかしら?
普通、すでに持っているものと全く同じものを贈ることは少ないけれど、普通かどうかよりも喜んでもらえるかどうかの方が重要だものね。
いつか、エルヴィラともしも仲良くなることができたなら、プレゼントを贈るときのアドバイスをしてあげるために覚えておこう。
そんなことを頭の中で考えながら、私は続ける。
「人間も、きっと同じですよ。その人のことを大事に思う人からすれば、その人にどんな価値があるかなんて考えもしないことなんです。だってそこにいてくれるだけで、その人にとっては価値があることなんですから」
(私だって、歴代飼い主たちに何かを求められたことなんて一度もないもの!それでもとっても愛されていたわ)
しかし私がそう言うと、フェリクス様は驚いたように瞑っていた目を開いて、私のことをじっと見つめた。
なんだか真剣な目をしているので、とりあえず私もその目を見つめ返してみる。
こうして見ると、フェリクス様は金色の瞳がとっても綺麗よね。きっと、一番明るく光る星が隣に並んでいたって、こっちの方が綺麗なんじゃないかしら?
そんな星のような瞳が、よく見るとゆらゆらと揺れている。
……フェリクス様はひょっとして、噂されているような人嫌いなんかではなく、人に嫌われるのが怖いから、遠ざけてしまうのではないかしら。
そしてそれは、彼がその身に受けているという、呪いのせいなのかもしれない。
ふと、そんなふうに思った。
もちろん、世の中には何かしらの価値がなくては愛してくれない人だっているだろう。今世の私の父もそのタイプのようだし。だけどもう、それはどうしようもないのだ。
(それに、大丈夫。どちらにせよフェリクス様には少なくとも、もうすぐ運命のヒロインであるエルヴィラが現れますから)
けれど、今はそんなことは言えないので、私は話を変えることにする。
「はい!考えても答えが出ないことを考えるのはおしまいです!フェリクス様、馬で競争しましょう!」
「……あなたは先生である俺に勝てると思っているのか?」
「ふふん!やってみなければ分かりません!」
その後は、乗馬レッスンの一環として、少し遠くまで馬で出かけてみたりしたのだった。
フェリクス様は楽しそうにしつつも、時々何か考え込んでいるようだったけれど、何を考えていたのかはよく分からない。だけど、考え方なんて人それぞれだから、自分の気に入る考えを見つければいいと思うのよね。
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それからは、フェリクス様が遠駆けに付き合ってくれるようになった。競争すると時々はフェリクス様に勝てるのだから、私はやっぱり乗馬の才能があるかもしれないわね。
フェリクス様やカイン様はこの辺境の地で魔物の出ない場所を把握しているらしく、そういう場所へ出かけている。
そのうち私もきちんと戦う訓練もしてみたいわね。歴代飼い主たちがほとんどみんな戦えるタイプだったし、その魔力と知識をことごとく受け継いでいるわけだから、ひょっとして私は戦闘センスも高いかもしれないわ!
そんなふうにして、しばらくは穏やかに過ごしていたのだけれど。
ある日、フェリクス様が討伐に出た後しばらくして、なにやら本邸の方が騒がしくなった。
討伐が終わって帰ってきたにしては様子がおかしいわね……?
そう思い本邸の方を覗いてみると、どうやら誰かが怪我をしているらしく、運ばれている。
そしてその光景をよくよく見てみると、運んでいるのはカイン様で、運ばれているのは──フェリクス様だった。




