19_とっても難しい質問ですね
マオウルドットとの一件から数日、ぽかぽかと日差しの暖かい離れの裏の庭園で、私はランじいと花のお世話をしていた。
「それにしても、どうして旦那様は今もまだルシーちゃんをこうして離れに押し込めたままにしとるんだかなあ」
ランじいが、思い出したようにポツリと呟く。顔を上げてみると、とても不満そうに眉間に皺を寄せて、口をへの字にしたランじいがこちらを見ていた。
私を心配してくれてそんな顔をしているのだとわかるから、なんだか嬉しくて笑ってしまう。
「ふふふ、いいのよいいのよ!フェリクス様にも色々考えがあるでしょうし。それに、私はこの離れも、ランじいとこうして花のお世話をする時間も、猫ちゃんたちとごろごろ日向ぼっこをすることもとっても気に入っているから、いきなり本邸に呼ばれても困ってしまうかもしれないわ」
まあ正直なところ、今私があげたことは万が一本邸に移っても止めるつもりが全くないので、「離れが気に入っている」ということ以外はこのままでいたい理由にはならないのだけど。
(だっていずれ、私は出て行くことになるわけだし)
それにエルヴィラも自分が婚約者になった時に、暫定とはいえ前の婚約者が一緒に暮らしていたなんて、きっといい気はしないだろう。
さて、それはそれとして……。
しゃがんで庭園のお手入れをしていた私は、背後に視線を感じてそっと立ち上がった。
この視線、最近よく感じるのよね。そしてそれが誰のものなのかも分かっている。
私は振り向くと、視線の主が立ち去ってしまう前に大きな声で言った。
「フェリクス様ー!私、乗馬がしたいのですが!」
建物の陰に潜んでいたフェリクス様は、肩をびくりと揺らすと、少し気まずそうな顔で姿を現した。
そう、視線をよこしていたのはフェリクス様。あれから、討伐に出ている時以外に屋敷にいるときには、よくこちらの様子をうかがっているのには気がついていたのよね。
なぜ陰からこっそりこっちを見ているのか。なぜ声をかけて来ないのか。なんだかよく分からないけれど、とりあえず顔を合わせてくれないのでまともに会話をする機会がなくて、乗馬のお願いを伝えるタイミングが全然なかったのだ。
ということで、私はここぞとばかりにお願いする。
「乗馬の練習がしたいので、馬を貸していただけませんか?」
「……馬だけでいいのか?」
やった、乗馬をダメとは言われなかったわね!
正直、私の気持ちとしては一人で練習するのでもいいのだけれど、初めてはきちんと誰かの指導を受けた方がいいかしら。
そう思い、うーんと考えて、一番無難だと思われる答えを告げた。
「そうですね……では、乗馬の先生にカイン様を貸してください!」
「ダメだ」
あれっ!?フェリクス様は忙しいでしょうし、大事な馬を貸してもらうのだから、フェリクス様が信頼できる相手を先生に指名した方が許可が出やすいのではないかしらと思ったのだけど……。
まさかの即却下に目を白黒させていると、フェリクス様はふいっと目を逸らしながら言った。
「カインの手を煩わすこともない。あなたの指導は俺がする」
……なんということでしょう?
話をするのも嫌だからこうして陰からこちらを見ているのかと思っていたので、真っ先にその選択肢は排除していたのだけれど、まさかのフェリクス様が立候補してくださったわ。そういえば、私を一緒に馬に乗せてくれた時もとっても安定感があったし、乗馬が得意なフェリクス様は教えるのにも自信があるのかもしれないわね。
本人がしてもいいと言ってくれるのなら、そのお言葉に甘えようではないか。
「では、お願いします、先生!」
こうして私はフェリクス先生に乗馬を教わることになったのだった。
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フェリクス様の指導はとても丁寧で分かりやすかった。
それに、馬がとっても可愛いのだ!私が行くと、「ヒヒン」と啼いて、撫でて撫でてと言わんばかりに頭を擦り付けてくる。なんだか猫ちゃんみたいね!
おかげであっという間に基本の乗馬をマスターすることができた。
「あなたはとても筋がいいな。……俺の指導など必要なかったかと思えるほどだ」
「まあ!そんなことはありません!フェリクス様の教え方が上手だったのでこんなに早く乗れるようになりました!それに、もしも最初から私が上手に馬に乗れたとしても、やっぱり初心者ですから。そこにフェリクス様がいてくれるだけでもとっても助かったと思います!」
褒められたことと、思った以上に丁寧に教えてもらえたことが嬉しくて、私は笑顔で言った。
「……そうか」
変なことを言っていると思われたのか、フェリクス様はまたもやふいっと目を逸らす。それでも私は思ったことを伝えられて満足だわ、と思ったけれど、よく見るとフェリクス様の耳がほんの少しだけ赤くなっていた。
ひょっとして、照れていただけだったのかしら?
フェリクス様は呪われ辺境伯として知られ不愛想で無表情だと言われていたけれど、意外と可愛いところがあるわよね。
そんなことを考えていると、フェリクス様が思わずと言った風に呟く。
「ここにいるだけで助かると、ルシルはそんな風に言ってくれるんだな……」
そして、しまったとばかりに顔を歪め、口元を手で覆った。まるで言ってはいけないことを言ってしまったかのような仕草に不思議に思う。
だってそんなの、当然のことなのに。
「もちろんです!フェリクス様がここにいてくれてよかったです。ありがとうございます!」
助かるだけじゃなくて、私は一人で練習するよりも見守ってもらえて安心できたし、お話もできて楽しかったし、馬も大好きなフェリクス様と一緒にいられて嬉しそうだったし!
お礼を言ったはずなのに、フェリクス様はなぜかどんどん暗い顔になっていく。
「……これまでのアリーチェのように、自分に価値がないと感じた時、あなたなら……ルシルならどうする?」
うーん、なんだか突然話が変わったわね。フェリクス様が真剣な顔で聞いているのだから、真剣に答えようと思うものの、これは随分難しい質問のように思う。
だって、私は飼い主たちに、散々甘やかされ教えられて自分の価値をすでに知っているのだ。そこにいるだけで、存在しているだけで、生きているだけで可愛いのだと。
これは猫であるリリーベルだからこそのように見せかけて、とても真理だと思うのよね。
「どうする、ですか……そうですね……うーん、たとえば、今、とっても可愛い猫ちゃんがそこにいるとします」
「は?」
しまった。フェリクス様は実は小動物が好きだとアリーチェ様が言っていたから、猫ちゃんの話で伝わると思ったのだけれど、さすがに唐突過ぎたかしら。しかし、話を始めてしまったものは仕方ない。もっといいたとえ話も思いつかないし、このまま押し切るしかないわね。
「とっても可愛い猫ちゃんが、そこにいるとします」
「あ、ああ……」
ルシルの可愛いは猫ちゃん基準




