15_前世のことを話すのは今なのか?
『大体さ、悪さなんてするつもりもなかったのに……せっかく緩んだ封印を問答無用でガチガチに固めやがって……しかもオレが一番やられたくない方法で……この冷酷女が……』
「私の大事なお友達であるアリーチェ様に牙をむいて泣かせたのはどこの誰よ」
『ちょっとした冗談だったかもしれないだろ?』
「あなた、口でそう言って何度やらかしてきたのよ」
『…………』
愚かで少し素直なマオウルドットは急に押し黙った。ほらごらんなさいよ!やっぱりアリーチェ様を傷つけるつもり満々だったんじゃないの!
アリーチェ様に怪我をさせる前に封印され直したことにむしろ感謝しなさいよね。事後だったらもっともっとひどい方法で痛めつけてやるところなんだから!
そこでハッと我に返る。
そうよ、アリーチェ様!こんなめそめそドラゴンの口から出まかせをのんきに聞いている場合じゃなかったわ!私としたことが!
私は封印によって私より少し小さいくらいにサイズダウンしたマオウルドットの体をぐいっと押しのけた。
『ぐえっ』
「アリーチェ様!大丈夫ですか!?怖かったですよね、もう大丈夫です!」
慌てて駆け寄りそう声をかけると、どこか呆然とした様子で座り込んだまま、ポカンと私を見上げるアリーチェ様。
まだ衝撃から抜け出せないのかもしれない。それはそうよね、こんな恐ろしいドラゴンに攻撃されかけてしまったんだもの。うーん、やっぱりもっと痛めつけてこらしめてやった方がよかったかしら……フェリクス様が。
だけど、アリーチェ様の目に浮かんでいた涙は引っ込んでいるようだし、体の震えも止まっているみたい。少しでも落ち着いてきているその様子にホッと安堵する。
しかし私がその手をとりそっと両手で包み込むと、アリーチェ様は再びブルブルと震えはじめた。
ああっ、少しは落ち着いたかと思ったけれど、そんなわけがないわよね。アリーチェ様はちょっぴりツンとしているけれど、とっても可愛らしい普通のご令嬢だ。こんな恐ろしいドラゴンに遭遇するのももちろん初めてのことに決まっているし、やっと危険な状態から脱したからこそ、改めて恐怖に支配されてしまってもおかしくない。
『なあ、さっきから心の中で俺の悪口言ってない……?』
恐ろしいドラゴンのか細い呟きなんて無視だ。
むしろ恐ろしいドラゴンに怯えているご令嬢を私が慰めているところなんだから、ちょっとの間だけでも静かに待っていてほしいものだわ。
アリーチェ様は震えながら、目をウルウルさせて私をじっと見つめた。
「ル、ルシル、あ、あ、あ……」
可哀想に、言葉が出ないほど怖い思いをしたのよね。
少しでも安心してもらおうと、私はうんうんと頷きながら声をかける。
「はい、アリーチェ様、あなたのお友達ルシルですよ~もう大丈夫ですよ~」
しかしアリーチェ様は落ち着くどころか、突然カッ!と目を見開いた。
「ルシル!あなた!!!」
「えっ!?」
「あなた、ドラゴンを倒すことができるの!?」
「えっ……いえ、この恐ろしいドラゴンが大人しくなったのはフェリクス様のおかげで」
「すごいわ……!私、ルシルがさっそうと現れて……大きくて恐ろしいドラゴンを前にしても全く引かずに怒鳴りつけてくれたこと、きっと一生忘れないわ……ルシルが、私のために」
「ええっと」
『オレ、そんなに恐ろしい?』
さっきは悪口と捉えて拗ねていたくせに、なぜか少し誇らしそうなマオウルドットは無視だ。
それにしても、う、うううん?なんだかそう言われるととってもすごいことを成し遂げたかのように聞こえるけれど……。実際マオウルドットの封印を結び直したのはフェリクス様だし、もしも普通に戦ったとしても、正直私の力じゃあいくら弱点を知り尽くしていてもマオウルドットに勝つことはできないと思うのだけれど。
「私のために命の危険も顧みず助けてくれるなんて……ルシル、いいえ、ルシル様……ルシルお姉様っ!」
(お、お姉様っ!?私がお姉様?)
でも、アリーチェ様は私の大事なお友達で……私は……。
──あれ?お姉様っていうことは、つまりアリーチェ様は私の妹のような存在になるということ?
それは……そんなに悪くないわね?うふふ!
「ルシル……あなたはどうしてこのドラゴンの名前や弱点を知っているんだ?」
そう声をかけてきたのは、ずっと何か考え込んでいる様子だったフェリクス様で。
……確かに、そう疑問に思うのも無理ないわよね。
私は考える。別にリリーベルだったことを絶対に隠しておきたいわけではない。けれど、今ここで説明する必要があるのかというと、そういうわけでもない気がする。というより、私とフェリクス様、アリーチェ様は友達にはなったものの、実際のところ、まだそこまで信頼関係が築けているわけではない。
今の私が本当のことを言って、簡単に信じてもらえるものかしら?
むくむくと、脳内で想像が広がっていく──
『前世猫だった?俺は真面目に聞いているのにふざけているのか?やっぱりお前のような愚かで醜い女は嫌いだ!』
『そんな嘘をつくなんて、ルシル最低!お姉様だと言ったのは取り消してちょうだい!いいえ、それどころかこの瞬間からもう友達でいるのもやめさせてもらうわ!』
──これはちょっとダメだわ!
とりあえず、もう少し私に対する信用を勝ち取るまでは前世のことを話すのは止めておこうと決意する。
「ドラゴンについては、王子妃教育で学びました。それと、私とっても勘が鋭いので、きっとあの色が変なところが弱点じゃないかな~っと思ったのですが、ばっちり当たっていましたわね!」
「王子妃教育で……」
「勘で……」
『おい、その色の変なところってオレの尻尾のことじゃないよな……??』
さすがに苦しかったかしら……。ほんのすこーしだけだけれど、ドラゴンについて教育の中に組み込まれていたのは本当なのだけど。ドラゴンは人間にとって脅威だものね。
すると、怪訝な顔をしていたアリーチェ様が突然顔色を変えた。
「ハッ!私、いつだったか大好きな運命の英雄に関する書物で読んだことがあるわ……その昔、当時の運命の英雄だった勇者様が深い森の中に封印したという、魔王の話を……森に封印という共通点、ドラゴンという恐ろしい生き物、魔王、まおう……マオウルドット?魔王るどっと!?そして、その魔王るどっとを、たった一言でひれ伏せさせたルシルお姉様……ま、まさか!!!……運命の、英雄様──」
アリーチェ様は何やらブツブツ呟き続けているけれど、小声な上にあまりにも早口すぎて全く聞き取ることができない。
そんな彼女の隣にいるフェリクス様は驚いたような顔をしているから、聞こえなかったのは私だけなのかもしれないわね。
とにかく、ここからどうやって収拾をつけるべきか考えていると、「おわっ!」と誰かが驚く声が辺りに響いた。
現れたのは、とっても遅れてやってきたカイン様。
「えっ、えっ?そ、その黒くて丸いやつ、なに……!?」
『黒くて丸い?そんな奴がいるのか??』
マオウルドットとカイン様が、お互いにキョトンとした顔で見つめ合っている。
……とりあえず、レーウェンフック邸の方に戻りましょうか。




