14_リリーベルとドラゴン
むかーし昔。まだ私がリリーベルだった頃。悪いことばかりするドラゴンがいました。
初めて彼と会った時、リリーベルは「これはとてもじゃないけれど仲良くはなれないな」と思いました。あまりにも乱暴で、無神経で、人間を平気で攻撃するような子だったからです。
……まあ、それが今私の目の前にいる、黒い体躯と赤い瞳を持ったドラゴンのことなわけだけれど。
このドラゴン──名前をマオウルドットというのだけど、彼と前世の私はいわゆる腐れ縁のようなものだったのよね。
まさか、人間になってまでまたこうして再会することになるとは……。
私はフェリクス様の後ろから飛び出ると、ツカツカとこの悪ドラゴンの前に近寄っていく。
「ちょっ、ルシル待て……っ!」
フェリクス様が慌てて私を止めようとした気がするけれど、それよりも私が怒りをぶつける方が早かった。
「マオウルドット!あなた、あまりに時間が経ったことで封印が緩んだのね!あなたはいつも『もう悪いことなんてしないのに!自由になりたい!』って愚痴っていたけど、封印が緩んだ途端にさっそく悪さをするなんて相変わらず懲りないのね!」
『ひいっ……まっ、ちがっ』
実は、マオウルドットは私のことが少しばかり怖いのだ。
彼はいつの時代でも、彼がバカにしていた人間の中のあるたった一人にはどうしても敵わなくて、そしてそのたった一人というのがいつだって何の因果か私の愛する歴代飼い主たちで。おまけに私を愛してやまなかった飼い主たちはみんなこぞってリリーベルを愛するあまり、ことあるごとにとっておきの魔法や自分の魔力を与えたがったのよね。
……つまり、私はマオウルドットが震え上がる対象だった彼ら彼女らの魔力を、すべて少しずつ受け継いでいることになるわけだ。
別に、私がマオウルドットに勝てるわけではないのよ。だってドラゴンと人間だし、前世だってドラゴンと猫だったし。さすがに現実的に考えてそんなの無理だわ?
けれど、この身に宿る魔力に対する、刷り込まれた恐怖というものはなくそうと思ってなくせるものじゃあないのよね。
そしてこのドラゴンが矮小なる私を怖がる理由がもう一つある。
私はどこか呆然としたまま立ち尽くしているフェリクス様に向き直ると、ビシリとマオウルドットのとある部位を指差した!
「フェリクス様!ここ!剣に魔力を流して、この恐ろしいドラゴンのこの部分をぶっ刺してやってください!!大丈夫です、緩んでいるとはいえまだ封印が解けていないので、逃げられないはずですから!」
『ぎゃあ!恐ろしいのはお前の方じゃないか!この人でなしっ!』
フェリクス様は戸惑いながら、自分の剣と、私とマオウルドット、そして私が指差したマオウルドットの太くて大きな尻尾の、根元近くの一部分だけ紫色になった部分を順番に見つめている。
マオウルドットが矮小な私を怖がる理由……それは長い付き合いの私が、すっかり彼の弱点を熟知してしまっているからに他ならない。
「フェリクス様?さあ、どうぞ!」
「……すまない、魔力はルシルが流してくれないか」
「私が剣に魔力を?」
(それはいわゆる共同作業ってやつね!とっても仲良しっぽくて素敵だわ!)
言われた通りに差し出された剣身に魔力を流すと、フェリクス様は隙もなく流れるような身のこなしで獲物に近づき剣を振り上げ、黒いドラゴンの尻尾に向かって勢いよく振り下ろしたのだった。
『ぎゃあああーーー!』
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そもそも、最初に私がマオウルドットと出会ったのは大魔女アリス様に長い寿命をもらって少し経った頃だった。
『聞いてよアタシの可愛い可愛いリリーベル。どうやら人への悪さが目に余るドラゴンが東の方にいるらしいから、一度この偉大なるアタシが躾けてやろうと思ってるんだ』
アリス様、今思えばあの時他の人間に泣きつかれたんだろうなあ。
そして私はアリス様と共に黒いドラゴンと出会った。
ドラゴンは偉大なる大魔女アリス様の魔法でボコボコにされて、泣いて謝っていた。最初は学習しないおバカなドラゴンだったそいつは、4回目にボコボコにされて泣いた後、ついに本気で反省した。
むしろあんなに泣いておきながら、どうして3回は「まだいける」と思えたのかしらね?
そして4回目の大反省の後に彼はアリス様に名前を与えてもらっていた。
そう、「マオウルドット」という名前はアリス様がつけたものなのだ。
『アタシの可愛いリリーベル。名前って言うのはね、とっても特別な力を持っているのよ』
アリス様はそう言ってにんまりと笑っていた。
名づけによって魂に繋がりが生まれた彼はそれ以降、アリス様に逆らえなくなる。
しかしアリス様がいなくなってしまってしばらく経った頃、マオウルドットはまた人に手を出すようになった。
その被害が目に余るようになり、人が黒く赤い瞳のドラゴンを恐れるようになった頃、立ち上がったのが当時の聖女クラリッサ様だった。
全然望んでいなかったのに、黒いドラゴンと白猫リリーベル、まさかの再会である。
『ある意味アリス様よりクラリッサの方が怖かったときもあるくらいなんだけど……』
とは、のちにマオウルドットが私に愚痴ってきた言葉だ。アリス様は多分マオウルドットのことをペットくらいに思っていた気がするけれど、クラリッサ様は人を傷つけたマオウルドットに対して笑顔で容赦なかったものね……。
とにかく、聖魔法の力押しでぶん殴られたマオウルドットはまた反省した。
しかし、懲りない男マオウルドットはまた繰り返す。何度も繰り返す。それはもう、本当はわざとなんじゃないのかしら?っと思うほど繰り返す。
そしてその度に私の愛する飼い主たちに泣かされていた。
冒険する天才料理人マシューには食材にされかけ(尻尾ちょっと食べられてた。私もちょっとだけ食べたけれど美味しかったわ?)、コンラッドには商人魂が斜め上に走ってしまった結果ついに始めた錬金術の材料にされかけ(なんか色々とられてまた泣いていたわよね……)、ローゼリアには特別な魔道具の首輪をつけられ、ヒナコにはなんだか妙な服を着せられて──時を重ねるごとになぜか悪さのレベルも上がっていき、ついに勇者エフレンに封印されてしまったというわけだ。
ちなみに私はその時「人を傷つけないで大人しくしていれば自分も泣かされることはないのに……おバカなドラゴン。まあこれでもう会うことはないわね」と思っていた。
それなのに、封印されて小さくなったうえに、森に縛り付けられて動けないマオウルドットはまるで親友なのかな?と聞きたくなる気やすさで私をお喋りに誘ってくるもんだから……まあ……あっちが友達になりたいって言うなら……仕方ないから?優しい私は?会いに行ってあげるのもやぶさかではないけど?うふふ!
そうして会いに行っては、おバカなマオウルドットの愚痴を聞いてあげたりしていたわけだ。初めて会った時、「これはとてもじゃないけれど仲良くはなれないな」と思ったはずだったのに。私から歴代の愛すべき飼い主たちの魔力を感じるからか、「おい、お前こっちにあんまり近づきすぎるなよ……!」なんてなぜか文句を言われながら。
そうやってなんだかんだで、リリーベルとマオウルドットの腐れ縁は、私が悪魔召喚の魔法陣に飛び込んで死んでしまうまでずっと続いていたのよね。
──そして時を経て今。フェリクス様の剣によって緩んだ封印を元通りにされた愚かな黒いドラゴンは、小さくなって私達の前でしくしく泣いている。




