13_友達が泣いている、問題しかないです
私はフェリクス様とともに馬に乗り、カイン様と連れ立って森に急いで向かっていた。
フェリクス様は私を連れて行くことに難色を示したけれど、友達であるアリーチェ様が危ないかもしれないのに大人しく待っているだけだなんてできるわけがないわよね!
それにジャックがアリーチェ様の居場所が分かると言っているんだもの。しらみつぶしに探すよりも、真っ直ぐにアリーチェ様の元へ向かう方がいいに決まっているわ?
そう伝える私にフェリクス様は戸惑っていたけれど。
「ルシル、あなたは一体……いや、今はそれどころではないな」
どうやっても折れそうにないと分かってくれたのか、こうしてフェリクス様の馬に一緒に乗せてもらっているのだ。私も自分一人で馬に乗りたかったのだけれど、乗馬をしたことがないのも事実なのでこればかりは甘んじて受け入れることにした。今度絶対に練習しよう。
「にゃあ、にゃあん?ありがとうジャック!フェリクス様、その大きな木の先を右の方に向かってください!」
何か言いたそうな顔をしたフェリクス様は、それでも私の言う通りに進んでくれている。
「この場所は本来、魔物が出るような場所ではないはずだった。最近頻発する魔物の出現と何か関係があるのかもしれないが、ここ数日で急に魔力に満ち始めたんだ」
「そうですか……」
フェリクス様が言っていたように、私が実際に森に入ってみて抱いた印象は「とても魔力に満ちた場所だなあ」だった。
けれどこうして進めば進むほど、それは少し間違っていたことに気付く。
この場所に魔力が満ちているんじゃなくて、とても大きな魔力を持った存在がこの森にいるんだわ。
(というか、これってひょっとして。私の勘違いじゃなければ……)
む!そんなことより、アリーチェ様の気配が近づいてきている気がするわ!だけど何かの魔力がとっても強くて、はっきりどこか分からないわね。
「にゃおーん?ねえジャック、こっちであっているのよね!?どこにいるんですかアリーチェ様ーっ!?!?」
声をかけながら、ジャックが先導する方へ馬を走らせる。それにしてもジャック、とっても足が速いわね……!!!
そうして焦る気持ちを抑えながら、一際木々が密集している部分を抜けると、少し開けた場所に出た。そこで、突然馬がか細い声で啼き、ブルブルと震えながら弱々しく足を止めた。
「──っ!?」
私の頭上でフェリクス様が息をのむのが聞こえる。
森の中にそぐわない、黒い塊がいた。
そのすぐ側には顔を真っ青にしてへたりこんだアリーチェ様。
黒い塊……ドラゴンは、赤い瞳でアリーチェ様を見据えている。
高い木も多く、深く大きな森とはいえ、ここに身を隠せるなんてこのドラゴンは恐らく少し小さいのだ。とはいえ、それでも人の身に比べればあまりにも大きいそれに、後ろにいるフェリクス様からも緊張が伝わってくる。
「まさか、そんな……こんな場所にドラゴンなどと……」
「──ええ、本当に。まさかこんな場所でこんな光景に遭遇することになるとは思いませんでしたわね」
フェリクス様の独り言に会話のように返すと、彼はハッと我に返ったように動き、私を庇うように前に立った。そのまま腰に携えた剣をゆっくりと抜き、構える。
アリーチェ様もおそらく私たちに気づいているようだけれど、ドラゴンと目が合ったままピクリとも動けなくなっている。
「ルシル、あなたはこのまま静かに下がって、一人でこの場から逃げるんだ」
ドラゴンへの集中を切らさないようにしながらも、小さな声でそう私に指示するフェリクス様。思わず感心してしまう。
(ええ~なに?フェリクス様、そんなかっこいいこともできるの~~???)
かっこいい人のかっこいい行動、最高です!あわよくば、エルヴィラにこうしているところを少し離れたところから美味しく拝見したかったわね。ところどころで少し気になる発言なんかもあるものの、きっと基本的にフェリクス様はとっても紳士的な人なんじゃないかしら。
そんな、この場にそぐわないことを考えたりしながら。
(……こんな状況じゃなければ、いい思い出になるわってもっともっとはしゃげるのに)
ドラゴンは私とフェリクス様の登場を全く気にするそぶりもなく、アリーチェ様に顔を近づけていく。その口をゆっくりと開いて、鋭い牙が剥き出しになった。
あまりの恐怖に震えることしかできないアリーチェ様の目に涙が浮かんでいるのが見えて、私の心には怒りが湧いてくる。
少しだけ気持ちを落ち着かせるためにため息をつくと、そのまま大きく息を吸って──
「やめなさーい!!!あなた、またこんなところで悪さしているのッッ!?!?」
私の大声に、ドラゴンがピタリと動きを止め、赤い瞳を驚愕に見開いてこちらに振り向いた。
「な、な……!」
なぜかフェリクス様も驚いて口をわなわなとさせているわね?まあ今の大声を一番間近で聞いてしまったのは彼だから、ひょっとしたら耳が痛かったのかもしれない。物理的に。人の耳には害が出ないように気をつけたつもりだったのだけど……もしもとっても怒っているようなら後で謝って許してもらおう。今はこっちが先。
そう思って私はドラゴンに集中する。
とってもとっても、よーく覚えがある、この悪ガキドラゴンに。
『な、この魔力……ま、まさかリリーベル……!?』
寿命がものすごく長く、実は知能が高いドラゴンという種族は、人に伝わる言葉を喋ることができる。
リリーベルと呼ばれたことに対して、フェリクス様やアリーチェ様に前世のことを話す予定が今のところない私は、どうしようか迷ったあげくとりあえずとぼけておくことにした。
「は?リリーベルってどなたですか?私はルシルですけど?」
『…………』
できるだけ威厳が出るようにスンッとすまして冷たく言い放つと、ドラゴンは何度か口を閉じたり開いたりした後ついに大人しく黙ることを選んだようだった。
そうね、今の所いい判断だと思うわ。だって私、今とっても怒っているんだもの!




