12_特別になりたい拗らせアリーチェ
アリーチェ視点です。
「何よ、フェリクスなんか、フェリクスなんか……!」
初めて会った時から、ずっと優しかったフェリクス。
レーウェンフックの屋敷の方から十分離れたところまできて、とぼとぼと歩きながら、自分がさっき吐き捨てた言葉を思い返して大きなため息をつく。
『フェリクスはずっと私に優しかったのに……どうして急に……』
そう、フェリクスはずっと私に優しかった。フェリクスだけが、私に優しかった。
……まあ、ある程度大きくなったらフェリクスがカインとも引き合わせてくれて、カインもまあまあ優しかったけど。それはそれだ。
私、アリーチェはロハンス伯爵家の第三子として生まれた。上には跡取りであるとても優秀な頭脳を持つ兄と、魔法の才能あふれる姉がいる。
そんな二人の次に生まれた末っ子の私。もちろん、両親も兄姉も周囲の誰もが「きっと次の子も優秀に違いない」と私の能力に期待していた。
だけど──私は兄や姉のように優れた子供ではなかったのだ。
いいえ、幼い頃には分からなかったけれど、私は別に無能というわけではなかった。
普通に使える魔法。普通にできる勉強。普通に飲み込みは悪くなく、普通に好奇心も感情もあった。
けれど、兄と姉によって『普通』のハードルがとても高くなっていた両親にとって、本当に普通な私などとるに足らない存在だったのだ。
ねえ、特にしくじってもいないのに、あからさまに『ダメな子』を見る目で見られる気持ちが分かる?
小さな私は普通に子供らしく無邪気で純粋で、だからこそ両親が兄や姉を見る目と私を見る目が違うことにはすぐに気がついた。罵られることこそないものの、自分だけ一度も褒められることがないのにも気がついた。失敗していないのに漂う残念な空気は、どうやら私のせいらしいと気がついた。
いつも向けられる不思議な表情が、「あ、これってがっかりしてる顔なんだ」って、そう気がついてしまったときの私の気持ちが分かる?
『特別』な兄や姉の存在が、『普通』の私を『ダメな子』にした。
だけど、フェリクスは違った。私が普通であることを、素晴らしいことだと言ってくれた。
自分は普通じゃないからと。当時の私にフェリクスが普通じゃないという、その意味は分からなかったけれど、褒められて優しくされたことがただただ嬉しかった。一瞬でフェリクスのことが大好きになった。
初めて私の『普通』を『特別』にしてくれた人。
それからは、私は本来の自分を取り戻した。具体的に言うと、私はダメな子扱いされて、ただ大人しくシュンと縮こまるような人間じゃなかったのよね。
(きっといつか普通な私が『特別』を手に入れて、特別が大事な家族を驚かせてやるわ!)
それからは両親や兄や姉に私の方から見切りをつけて、フェリクスやカインについて回るようになった。二人とも、まるで妹のように可愛がってくれた。本当の兄や姉には妹扱いされたことなどなかった私のことを。
ある時、私が危険な目に遭うと、真っ先に助けに来てくれたのもフェリクスだった。
そのときに気がついたのだ。
フェリクスは、きっと私の運命の人なんだ。
そして、気づいたことがもう一つ。
──特別なフェリクスは、きっと次の運命の英雄に違いない!
それなら私は、そんなフェリクスのそばで彼のことを支えるの!
フェリクスは自分は特別なのではないと言い、そして事あるごとに私を妹のように思っているとわざわざ口に出すようになった。
だけどきっと、フェリクスもいつか私を女の子として好きになってくれるはず。だって私はフェリクスの運命の乙女なんだから!
それなのに……ルシルが現れた。
ううん。本当は分かっていたの。ルシルが現れるより前から、フェリクスは少しずつ私に冷たくなっていった。だけどそんなこと認められなかった。
フェリクスだけが、私を認めて優しくしてくれたから。
一度そうカインに愚痴をこぼしたら、「俺もいるじゃん?」と困惑気味に言われたけれど、カインには特別な女性がいすぎてカインの特別は軽すぎるのよ。
フェリクスが少しずつ冷たくなっていってても、フェリクスが名前で呼び捨てにする令嬢は私一人だけ。だから、まだ私は特別。そう自分に言い聞かせていたのに。
「ルシルって、呼んでいたわ……」
なによ、フェリクスなんか!
「私に優しくないフェリクスなんか大嫌い!」
女の子だったら誰にでも優しくするくせに、フェリクスを怒ってくれないカインも大嫌い!
ふざけた理由で押し付けられた婚約者のくせに、フェリクスに名前で呼ばれるルシルも大嫌い!
(みんなより少し年下だからって、きっと私のことを子供だと思ってるんだわ!)
子供の私には適当な態度でいいんだって、そう思ってるんでしょ!
だから誰も私のことを追いかけてきてくれないんでしょ……。
「私を愛さない家族も大嫌い。みんなみんな大嫌い!」
悲しい気持ちを怒りで誤魔化しながら歩いていると……私が突然乗り込んで行って、一方的にひどい態度をとっても怒りもせずに、ニコニコと話を聞いてくれたルシルの顔が浮かんできた。
……本当は、ルシルが優しい人だって気がついているのに、そんなルシルに八つ当たりしかできない自分のことが、一番大嫌い……。
──だから、私が悪い子だからきっと、こんな目に遭うのだ。
「う、うそ……!!」
逃げ込んだのは、小さな頃にはよく隠れるのに使っていた森の中。
小さな私が一人ぼっちで隠れていても大丈夫なほど、静かな森だったはずなのに。
一人で小さくなって座っていた私の頭上に影が落ちて。見上げた先には本でしか見たことがない大きなソレがいた。
「どうして、こんなところにドラゴンが……!」
特別ばかりほしがって人を傷つける悪い子だから、バチが当たっているの?
「ひっ!」
ドラゴンの赤い瞳がゆっくりと私の姿を映す。
私、こんなところで死んじゃうの……!?
(いやだ、死にたくない!!)
絶望に飲み込まれそうな私の耳に、声が聞こえてきたのはその時だった。
「にゃおーん?ねえジャック、こっちで合っているのよね!?どこにいるんですかアリーチェ様ーっ!?!?」
今更ですが、ルシルが猫ちゃんと会話してるときだけ少し猫語も喋ってるっていうの伝わってますかね……?




