111_新人メイドが予想を斜め上に越えていく③(女王陛下視点)
自身がなにか良からぬことをしでかしてしまったのかと、その表情に不安を浮かべる新人メイドに絶句する。
……そうではない。
そうではないのだ。
このメイドは、してはいけないことをしたのではない。
できるわけがないことをやってのけたのだ。
掛け合わせることで無効化できる毒があることは知っている。
耐性をつけるまでもなく、体質によって効かないものや、効きにくいものがあることも知っている。
しかし、そういうものがあるということは知っていても、具体的になにをどうすれば無効化できるのか、などということをいくつも言い当てられる者など、一体どれほど存在しているというのだろうか?
わたくしの毒見メイドでさえ、今このメイドが上げたものをいくつ知っていることか。その驚きの表情を見ればうかがい知れるというものだ。
「……お前は、薬師か何かなの?」
「え?い、いえ……薬師ではありません」
わたくしがどうしてそんな質問をするのか分からないとばかりに戸惑う新人メイド。
いや、この者が薬師などではないということは、わたくしだって知っている。
わたくしは、この者が誰なのか、その正体を本当は知っているのだから。
おまけに、100歩譲ってこの者が毒のスペシャリストだったとして、全てを言い当てることなどそもそも不可能なのである。
(どうして……ホギ茸の存在を知っているのか)
ホギ茸は、現状スラン王国にしか生育していない。スランに満ちた妖精の力の作用を受けて育つ、特別な茸なのだ。
さらに、我が国は長く外交をしていない。他国の者がこの国の土地に足を踏み入れるのも、次期女王を披露する夜会のたった数日のみ。
ホギ茸は特別な森にのみ育つものであることから、スランの人間以外がその存在を知ることなどできるわけがないのだ。
(この者は、一体、どこまで──)
考え込む私に、新人メイドが礼をとる。
「もうしわけございません、女王陛下。もしもお許しいただけるなら、教育の続きをしていただければ幸いに存じます」
ハッと我に返る。
「……そうだな」
この先を続けることに意味があるのかももはや分からない。
しかし、わたくしは見たいと思った。次に何を見せてくれるのかを。
結果は──笑うしかない。
「な、なんだ、あの動きは……!?」
「どうしてあれで避けれるんだ!?」
「すごい……まるで踊っているかのようだ」
武闘メイドとの手合わせでは、「わわ、実は魔法なしでの攻撃はあんまり得意じゃないんです……!」などと嘯きながら、ひらりひらりと全ての攻撃をかわし、いなしてみせる。わたくしは気づいていた。ただ避けるだけではなく、最初にあの者が立っていたよりこちら、つまり、わたくしの方に武闘メイドを一歩たりとも近寄らせることなく受け流していた。
では剣を持ってみろと騎士に向き合わせると、最初はおぼつかない手つきで「剣の基礎ってどうするのがいいんでしょう?」などととぼけたことを言ったのち、いくらの時間も経たないうちに騎士の指導をそのまま吸収してしまった。
「すごーい!こうやってたんですね!へへへ、やっぱり技術がいるものって、見ただけでは分からないことも多かったので、教えていただけて嬉しいです」
満面の笑みで完璧な素振りを披露する新人メイドに、剣の腕がたつものであればあるほど息を呑んでいた。
「……もうよい」
「え?ですが……」
もう十分だ。やはり、この者は普通ではない。
……大賢者という肩書きは、伊達のものではないということか。
そう、わたくしとて節穴ではない。この新人メイドが、近ごろ新しく大賢者の地位についた者であることはとっくに知っていた。そして、わたくしの心を乱した大賢者が、彼女ではなく先代であったことも、知っていたのだ。
……そもそも、その問題自体が大賢者の落ち度などではなく、わたくしがオレリアを守るためにそう思い込むしかなかっただけのことだということまで、全て分かっている。
大賢者を受け入れるわけにはいかないと思っていた。
そうでなければ、問題を認めないとならなくなるためだ。
しかし……彼女を見ていると、もう一度賭けてみてもいいような気になってくる。
あれだけのことをやっておきながら、わたくしに見限られたのかと焦りをにじませる新人メイドに、無事に終了したのだということを伝えてやる。
「お前は完璧だ。オレリアの側につくことを許そう」
「本当ですか……!」
「そもそも、あと残るはマナーの指導のみだったが、マナーを教えるメイドはお前による毒の知見を信じられずに毒を飲んでしまったからな。今は安静にするべきであるし、指導する者がいないということは続ける意味もない」
私は内心で、ため息をつく。
(本当に、馬鹿げているわ……)
わたくしはただ、少しこのメイドをいびることができればそれでよかったのだ。
どうせ、すぐに堪えられなくなり、城から立ち去るだろうと思っていたから。
それなのにこの者は、わたくしの心に希望と期待を突き付けてきた。
認めよう。わたくしはこの者に期待している。どうかオレリアを……あの子を女王に相応しい人間へと導いてほしい。
年月が経つごとに薄くなっている妖精女王との絆を、再び深く結びなおせるような女王に……。
「ありがとうございます、女王陛下!必ずや期待に応えてみせます」
まるで、わたくしの心の声が聞こえたかのような返事をする大賢者。
彼女がとった最大級の敬意を示す礼に、思わず息を呑んだ。
(どうして、その礼を──)
それは、はるか昔、スランがまだその名に変わる前。
堅苦しく、完璧にこなすことが難しいため、徐々に簡略化され、そのうちに廃れていってしまったかつての作法。
妖精女王との絆が深く深く刻まれていた国だった頃の礼儀作法に他ならなかった。