105_私を嫌っている王族と接触する方法?
朝も更新してます~!
エドガー殿下との通信を終えて、ひとまず街に向かい、馬車を置いた後、歩きながら考える。
……さて、どうしたものかしら。
大賢者の肩書きがあればスラン王国でも格段に行動しやすいと思っていたのに、まさかの裏目に出てしまう事態になるなんて。
フェリクス様は辺境伯だし、私だって侯爵令嬢ではあるけれど、王族ではない。
そのため、大賢者の肩書きが使えないとなると、職務でもなく招待もされていないのに他国の王城にあがることはとんでもなく難しいことなのよね。
本来フェリクス様がエドガー殿下と一緒にスラン王国へ訪れる目的である次期女王披露目のパーティーまで、あと3か月ほど時間がある。それまで待ってなんていられないし、オレリア殿下の妹君が女王になることが決定してしまう前に行動しなければ意味がない。
「一番現実的なのは、王族とお知り合いになって個人的に王城に招待してもらうことよね」
だけど、予知夢でフェリクス様がオレリア殿下と親しくなったのは、そもそもこの国に来てからのこと。
王城以外で王族に会う機会なんてそうそうないし……。
考え込む私に抱っこされたままで、マオウルドットが目を輝かせる。
「こんな時こそ、オレの出番じゃないか?あの城、壊してやろうか?居られなくなったら出てくるだろ!」
「や!?やめてちょうだい!そんなことしたら国際問題どころか戦争が起きてしまうわ!」
軽い調子でなんてことを言うのかしら!?
マオウルドットは「名案だったのに」と不満そうにしているけれど、とんでもない。
全く、これだからドラゴンは!
フェリクス様とカイン様も色々案を出してくれるものの、どれも少し現実的ではないように思われた。
たとえば、二人でこの国の王宮騎士になり、王族警護につく、とか。いやいや他国の人間が王宮騎士になるにはどれだけの時間がかかることやら。絶対に時間が足りない。
そもそも、下手すればスパイかと思われてしまうだろう。
「いや、やりようはある」
「いやいや、なるべく穏便な方法を考えましょう……!?」
フェリクス様ったら、きりりとした顔で意外と無茶なことを言う!いつもは真面目過ぎるほど真面目なくせに……。
やっぱり、なんとしてでもオレリア殿下を救いたいと言う気持ちが、普段とは違う様子につながっているのかしら?
そう考えていると、突然、後ろから駆け寄るような足音が聞こえ、次の瞬間にはフェリクス様に抱きすくめられるようにして庇われていた。
「へっ?」
「きゃあ!」
私が思わず間抜けな声をあげると同時に、なぜか目の前に人が転がり、悲鳴を上げた。
大きなローブを着て、フードまで深くかぶっているために顔は見えないけれど、その声を聞く限り若い女性みたいね。
どうやらこの女性が後ろから私に飛びかかろうとしたらしい。それをフェリクス様が私を引き寄せる形で避けたから、勢い余ってそのまま前に転がっていったようだった。
(な、なんてこと!私ったら、全く気が付かなかったわ!)
リリーベルだった頃の記憶が戻って、かなり感覚も研ぎ澄まされているつもりでいたけれど……これが猫と人間の違いなの……?リリーベルなら後ろから襲われることに気が付かないなんてことは絶対になかったのに!
そう思って悔しがっていたものの、ふと冷静になった。
……違う。そうじゃない。
気づけなかったのは、私の感覚が鈍くなったわけじゃあない。
目の前に転がったまま、ブルブルと震えているローブの女性。
この人に、悪意や私を害する気持ちがなかったからだわ!
なーんだ、それじゃあ気が付かなかったのも仕方ないわよね!
そんな風に自分の中で納得している私をよそに、フェリクス様はピリピリと痛いほどの張りつめた空気を纏いながら剣を抜き、女性に向かってその切っ先を突き付けた。
よく見るとカイン様も警戒心あらわに、今にも女性に飛びかかりそうな様子だ。
「ひっ……!」
圧をかけられ、剣を向けられた女性が引きつったような声を上げる。
「ま、待って待って!待ってください!この方、おそらく悪い人じゃありません!!」
慌てて止めようとするけれど、フェリクス様は剣を下ろさないし、険しい顔をしたまま、威圧感もしまわない。
「だが、こいつはルシルを害そうとしたんだぞ。危険だ」
あああぁ!私を守ろうとしてくれているんだわ!そのせいで過剰に怒っているってことね!
フェリクス様はこう見えてとても優しいから、『親しい友人』枠の私をすごく大事にしてくれているのだ。
とはいえ、この誤解は解かなければ……!
「いえ、この方からは悪意も害意も、ついでに殺意も感じません!一旦落ち着きましょう?ねっ?」
「う、ぐ……ルシルが、そう言うなら、そうなんだろう……」
なんとか宥めようと、フェリクス様の腕の中から必死に見つめて訴えかけると、しゅん……とフェリクス様の威圧が消えていくのを感じた。その代わり、なぜかフェリクス様のお顔が赤いような……ああ、きっと急に怒りを燃え上がらせてしまったから、頭に血がのぼっているのね!
大丈夫、冷静に、落ち着いて!という気持ちで、目の前にある胸筋をぽんぽんとすると、やっと私を抱きすくめていた腕から解放された。
フェリクス様、なぜかますます顔を赤くしているし、どこかソワソワしているように見えるけれど……私が大丈夫と言ったものの不安が残るから、やっぱり落ち着かないのかもしれないわね。
それなら、早めにこの女性に話を聞かなくては。
「大丈夫ですか?とりあえず、立てますか?」
転んだまま震える女性に手を差し伸べる。
すると、ためらいがちに伸ばされた手が、私の手を掴んで弱々しく引いた。
なんとなく『逃がさない!』とでもいうよな念を感じる気がするけれど、先ほど剣を向けられた恐怖のあまり、力が入らないらしい。
しかし、ローブの奥から、強い意志を持った瞳が私を強く見据えた。
「あなた……大賢者様ですよね……!!」
「えっ!?」
驚いていると、女性がフードを取る。
この凛とした顔立ち、透き通るような紫がかった銀髪にオレンジ色の瞳、見たことがある。
そう、予知夢で……
「私はスラン王国第一王女、オレリアと申します!」
ハッとして、振り向いてフェリクス様を見ると、目を丸くして固まっていた。
そう、間違いない。この方はオレリア殿下!
まさか、オレリア殿下から私に接触してくるなんて!
……だけど、どうして私に?
オレリア様は私を大賢者と呼んだ。そして、スラン王家は、大賢者に不信感を抱いている。
もしや、私を許せないオレリア殿下が糾弾しに来たなんてことは……!?
どうしようか考えあぐねている私に向かって、オレリア殿下は声を絞り出す。
「どうか、どうか……私を助けてくださいませんか!!!」
それは、縋るような、悲痛な叫びだった。




