104_スランに到着したはいいものの
私は今、馬車に揺られている。
馬車には私とフェリクス様にカイン様、そしてマオウルドットとミシェルとマーズ、ジャックが乗っている。
……なんだか大所帯ね?マオウルドットはともかく、猫ちゃんたちはお留守番がいいんじゃないかしら?と思ったのだけれど、どうしても一緒に行くと聞かなかったのだ。
迷ったけれど、これまで猫ちゃんたちに助けられたことも何度かあったため、フェリクス様が「連れていってはどうか」と言ってくれて、こういう状態になっている。
まあ、猫ちゃん姿であれば、体の小さな3匹だもの。精霊化していることから、そうそう危険な目には合わないだろうし、何より猫ちゃんは可愛いのでまあいっか!
ジャックは首をピンと伸ばして窓の外を眺め、マーズはフェリクス様の膝の上で丸くなり、ミシェルは毛玉妖精をなぜかじっと睨みつけている。
あれから私たちはすぐに行動にうつした。
具体的には急いでエドガー殿下に連絡を入れてスランに向かう許可を得て、すぐに出発したのだ。
私達が見たスラン王国滅亡の予知夢の話を聞いてエドガー殿下は驚いていたけれど、万能薬の一件やレーウェンフックの呪いを解くに至ったあれこれを全て共有していたおかげで、すぐにこちらのやりたいことを認めてくれた。
(こうなると、大賢者になったことは本当によかったわよね)
大賢者の肩書きは、知る人ぞ知るものであり、王族にならば間違いなく通用するはずだもの。
エドガー殿下に私が大賢者だと証明する証書を持たせてもらったし、これでスラン王国に行ってからの行動が格段にとりやすいに違いない。
ふふふ、何事も上手くいくようにできているわよね!
……それにしても。
私は、フェリクス様が教えてくれた話について考える。
──予知夢でみた未来で、スラン王国の女王になったのは、オレリア殿下ではなくて妹君だった。
だけど、私が毛玉妖精の視点で感情や思考を共有した際、確かに思ったのだ。
『オレリアは、妖精女王との約束を果たせなかった』
だから、妖精女王は力を失い、消滅してしまったって。
ということは、少なくとも、妖精女王との絆を引き継いでいたのはオレリア殿下だったのは間違いないはずよね。
それなのに、どうしてだか妹君が女王になったことで、『約束』が果たされようもない状況になったんじゃないかと思うんだけど……。
問題は、どうしてオレリア殿下が女王にならなかったのかということ。
何度も言うけれどスランは代々女王が統治する国であり、妖精女王との絆が影響しているのか、必ずその代に1人は姫が生まれるらしい。そして、基本的には長子が王位を継ぐことになる。
もちろん、資質だとか、色々な理由からそうじゃないこともあるみたいだけど、普通は最初に生まれた姫が女王との絆を持っていることが多いのだとか。
それなのに、だ。
予知夢のフェリクス様がスランに向かった時にはすでに妹君が女王になることが当然の決定になっていたらしくて、残念ながら今の時点でその理由までは分からなかった。
だけど、何か理由があるはず。
そしてそこに、女王との『約束』が守れなかった一番の要因が潜んでいるはず。
「ねえ、毛玉ちゃん、あなたは何か知らないの?」
毛玉に声をかけると、プルプルと体を震わせる。
この様子を見るに、一応こちらの言葉は通じているみたいなのよね。こちらには毛玉ちゃんの言いたいことが分からないけれど。
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思いもよらない事態が起こったのは、やっとスラン王国、王城に辿り着いた時だった。
「大賢者……?我が王家には大賢者を迎え入れる用意はありません。どうぞ、スランの街並みを楽しんでくださいませ」
慇懃無礼な声色と態度。一見丁寧だけれど、深く礼をしたその頭から発されているのはどうみても拒絶。
私達は、城門の番をしている王国騎士様に、追い払われてしまったのだ。
ええっと……?
エドガー殿下は、大賢者の証明が出来ればどの国にも間違いなく受け入れられると言っていたのだけれど。
その内心がどうであれ、邪険にされることはないはずだと。
そして、私達はきちんとエドガー殿下から発行してもらった証書を持っている。もちろん、エドガー殿下は私達がスラン王国へ向かう間に、スラン王家に連絡を入れてくれると言っていた。
それなのに、これは一体どういうことかしら?
困惑するばかりの私の隣で、フェリクス様が冷気を放ちはじめる。
!!いけない!これは、怒っているわよね!?
このまま諍いなどが起こってしまえば、確実にオレリア殿下には会えなくなる。
そうなる前に一度……
「撤退!」
私はフェリクス様の腕を掴み、慌ててその場を後にした。
「うーん、どういうことなんだろう?フェリクス、エドガー殿下は間違いなくスラン王家に連絡を入れてくれると言っていたんだよな?」
「ああ」
カイン様のもっともな疑問に、憮然としたフェリクス様が頷く。
一体どういうことなのかを聞くため、フェリクス様は魔石を取り出した。
何かあった時に連絡ができるようにと、エドガー殿下に持たされた通信用魔石だ。
ただし、この魔石は王城にある大きな魔石に通じる欠片で、こちらからしか発信ができない。
エドガー殿下はすぐに応答してくれた。
『ああ!よかった、連絡をくれて。スランに連絡を入れたんだが、どうもおかしくてね。どうやらスラン王国は大賢者に対して不信感を抱いているらしい。まさか、そのようなことになっているとは私も思わなかったんだが』
「不信感!?どうしてでしょうか?」
思わず驚いてしまう。だって、私が大賢者になるまえは、エリオスが大賢者として、国をまたいで呪いの処理をしていたのよね?
感謝の気持ちを持たれているとかではなくとも、不信感だなんて。
『数年前、エリオス殿が大賢者だった頃に、スラン王家の依頼で呪物の呪いを払ったことがあったんだが、どうも王家としては納得のいく結果を得られなかったらしい』
「それは……呪いを払えていなかったということですか?」
『いや、エリオス殿の仕事は確実だった。呪いは間違いなく払われていたよ』
「それなら、どうして……」
『エリオス殿にもこちらから問い合わせてみたが、恐らく、スランが呪いのせいで起こったと信じていたなんらかの問題があり、その問題が呪物の呪いとは全く関係のないもので、無事に呪いが払われた後も問題が解消されなかったんだろうと言っていた。すまない、詳しいことは分からないのだ』




