102_未来を変えるための作戦会議
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「ルシル、僕はできるだけ早くスラン王国へ向かうべきだと思う」
エリオスは真剣な眼差しを私に向け、そう強く言い切った。
朝食も終わり一息ついて、改めて私の見た予知夢とフェリクス様の見た予知夢の詳細を話し、すり合わせをしたのだ。
長く生きていたエリオスはレーウェンフックの呪いを解いた際に全ての魔力を失い、普通の人間に戻っている。そのため彼はもう予知夢を見られないのよね。
そんなエリオスが、私とフェリクス様の予知夢の内容を聞き、難しい顔をしていた。
エリオスが引っかかっているのはきっと──
「……この運命は、絶対に変えなくちゃ。そうじゃなきゃ、ルシルが、……死んじゃう」
エリオスはくしゃりと顔を歪ませ、声を震わせた。
そう、予知夢の最後、あれはきっと、私が死んだ瞬間だった。
「もう、嫌だよ。またルシルが僕の前からいなくなっちゃうなんて、そんなの、耐えられない」
「エリオス!」
今にも泣きだしそうなエリオスを、慌てて抱きしめる。
私ったら、繊細なエリオスに対して配慮がなかったわね。
一度リリーベルとしての私の死を経験して、ずっと一人ぼっちだったエリオス。私ともう一度会うためだけに悪魔とまで契約を交わしたエリオスが、そのことを気にしないわけがなかったのに。
「大丈夫よ、エリオス。私の死は、ただの未来で、運命じゃないわ。だからきちんとそのことを意識して行動すれば、難なく防げるはずよ!」
「本当……?」
私の言葉を信用して、パッと顔を上げるエリオス。
エリオスも予知夢を経験したことがあるから、分かっているのだ。予知夢を実際に見た人はその中にある『変わらない運命』がなぜか分かるということ。
そしてエリオスに告げた通り、私の死は確実に運命ではなかった。
「フェリクス様を見て!平気な顔をしているでしょう?私の死が変えられるものだと分かっているからよ」
いまや私とフェリクス様はかなり親しい友人ですからね!
さすがに私が死ぬとなれば、もう少し焦ってくれるに違いないもの。
ちらりとフェリクス様に視線を向けると、力強く頷いてくれた。
もっとエリオスに安心してもらうべく、私は言葉を続ける。
「それに、もしも運命だったとしても、私は一度運命を変えたってこと、忘れていないわよね?そんな私が立ち向かえばきっと、なんとかなるに違いないわ!」
「……わかった。ルシルを信じる。ルシルは僕に嘘をついたことがないものね」
深く息を吐きだしたエリオスは、顔を上げると大きく頷いた。
「でもやっぱり、ルシルとフェリクスはできるだけスラン王国へ行って。本当は僕も一緒に行きたいところだけれど……今の僕じゃ、足手まといにしかならないから。だから僕は……フェリクスの代わりにレーウェンフックの執務でもこなしておくよ」
「まあ、執務を!?エリオス、そんなこともできるの!?」
なんてことかしら!こんなに小さな体で、領主代理をやってのけようと言い出すなんて!
私の驚きに、エリオスは少しだけ気を良くしたように得意げな顔になる。
「僕が何年生きていたと思っているの?呪いの解呪には、その呪いの背景も必要だからね。おまけに呪いなんてものに手を出すのはたいていが貴族だから、必然的に貴族のことには詳しくなるし、情報を得るために関係しそうなことは全て勉強していたから、少し教えてもらえればすぐにできるようになるはずだよ」
「まあ!私のエリオスはなんて賢くて頼もしいのかしら!」
「えへへ……」
「それでは、俺が長く遠征に出る時などに代理で執務を行っていたものを補佐につけよう」
私たちのやり取りを黙って見守っていたフェリクス様がそう提案してくれた。
本当は、その代理の者に今回も頼めば簡単なのだろうけれど。これはフェリクス様がエリオスを家族として信頼し、任せようとしてくれているのだということにほかならない。
聞けば、その代理を務めてくれていた人はフェリクス様のお父様が当主だった頃から仕えている方で、それなりにご高齢らしく、未来のためにもエリオスが仕事を引き継げるのはとてもいいことのように思えた。
(うーん、これからやらなければならないことはたくさんあるし、恐らく大変だけれど、とりあえずレーウェンフックが平和で何よりだわ!)
そんなことを思い満足していると、フェリクス様が私の隣に並び、そっと手を握ってきた。
「あなたの力には及ばないかもしれないが、何かあれば俺もついている」
私はかけられた言葉が嬉しくて、満面の笑みを浮かべる。
「フェリクス様!とっても頼もしいです。頼りにしていますね!」
すると、フェリクス様はほんのり顔を赤く染め、ふいっと顔をそむけた。
「……ああ、もちろんだ。俺の大事な人を、死なせるわけにはいかないからな」
(あら!あらあらあら!!)
そんな仕草に、勘のいい私はピンときましたよ!
ふふふふ!
思わずニヤニヤしてしまう。
これってつまり──予知夢を通して心惹かれたオレリア殿下のことを言っているのよね!?
もちろん、私のことも含めてくれているはずだわ。だって私はフェリクス様の親友と言っても過言じゃあないもの。
けれど、どこか照れて気恥ずかし気なこの様子は、間違いない、恋をする人の反応よ!
「うふふ、頑張りましょうね、フェリクス様!」
未来を変えることと、オレリア様への淡い恋慕のこと、どちらのことも思いながらそう告げた。
もちろん、親友たる私は応援してますからね!
「ああ~フェリクス、頑張ったけど、俺はすごく嫌な予感がするよ……どうしてそこでかっこつけて濁した?ルシルちゃんにははっきり、ルシルちゃんのことだって分かるように言わないと……」
「諦めなよ、ルシルは鈍すぎるし、フェリクスは運が悪すぎるんだよね、きっと。カインも苦労するね」
カイン様とエリオスがなにやらこそこそ話しているけれど、あまり見ない光景ね?いつのまに二人で内緒話するほど仲良くなったのかしら?
まあ、そんなことはおいておいて。
いざ、未来を変えるためにスラン王国へ向かうわよ!




