99_予知夢と悪魔と滅亡した王国
妖精とはリリーベル時代にもよく関りがあった。
というか、ローゼリアが妖精たちにとっても好かれていたのよねえ。
妖精たちはローゼリアの歌が大好きで、ローゼリアが歌えばいつも気が付けば集まってきていた。
(そうそう、だから男運の悪いローゼリアが酷い目に遭って失恋する度に妖精たちが怒って報復してたっけ……)
だけど妖精は誰の目にも見えるわけではないから、それが妖精の仕業だなんて分からない人達に『ローゼリア王女殿下に見初められると不幸になる』なんて噂を立てられちゃって、余計に恋愛がうまくいかなくなっちゃったんだったわ。
そんな思い出を振り返りながら、私は手のひらの上にのせた毛玉(仮)を見つめていた。
うーん、どこからどう見ても毛玉だわ!そして、私の知る妖精は温かな光の玉って感じだったはず。力の強い妖精になると小人のような姿で光に包まれていたのだけど、弱い子は本当にただの光の玉だったのよ。
少なくとも、こんなにフワフワふさふさしてなかったと思うんだけど……。はて?
私は両掌の上にのせた毛玉(仮)を左右に揺らして転がしてみる。
そうしているうちに反応のなかったフワフワの体がプルプルと震えだし、そのうちにパチリと毛玉の中に二つのくりくりな目玉が現れた。
わああ!そこにお目目があったのね!?つぶらな瞳がいとかわゆし!
だけど、私がはしゃいだ気持ちでその子を観察していられたのもそこまでだった。
『きゅ、きゅうう』
甲高い声を絞り出すように鳴き声をあげた毛玉(仮)。あら可愛い声ね、と思うより先にハッとした。
気づいたのだ。
「あなた、予知夢の真ん中にいた子ね?」
予知夢は。
自分の視点でみる印象深い出来事である場合と、他者視点で見る出来事の場合で、夢の精度が変わってくる。
もちろん、より精度が高く、鮮やかなのは自分視点の予知夢。
他者視点の場合は、ぼんやりとその誰かに「憑依」しているかのような感覚で夢を見ることになる。
そして、今回見た夢は、途中で視点が切り替わるタイプで、一番大事な部分は他者視点、つまり後者だった。
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「どうして……」
震える呟きが落ちる。
大好きな『オレリア』が立ち尽くしている。
オレリアは、今のこの状況を自分のせいだと責めている。いや、そんな余裕もないほど絶望しているのかな。
オレリアは、妖精女王との約束を果たせなかった。
女王は力を失い、消滅してしまった。
そのせいで、この地を守っていた全ての力が消え去り、もうすぐこの場を狙っていた恐ろしい悪魔が嬉々として手を伸ばすに違いない。
こんなの、誰のせいでもないよ。だって、悪魔なんてもう災害だ。誰か一人の手で止められるようなものなんかじゃない。
だからこれは、オレリアのせいなんかじゃない。
そう伝えて、オレリアをそばで慰めてあげたいのに、もう体が動かない。
同胞たちが悲鳴を上げて、次々と消えていく。
世界に影が落ちて、空間が切り裂かれ、怖い怖い悪魔が現れた。
『オレリア、にげて!にげて!』
「ああ、私のせい、私のせいだわ……」
僕の声が聞こえないのか、オレリアはこちらに見向きもせずに、呆然と悪魔を見つめて震えている。
違うよ、違うよ、オレリアのせいなんかじゃない。
僕に気がつかないまま、オレリアは絶望の涙を流した。
その涙が頰をつたって落ちていく瞬間、僕も力を使い果たし、ついに消えた。
「──は?スラン王国が滅亡した?」
フェリクス様はあまりの驚きに唖然としながら呟いた。
このエルダール王国から西に位置するスラン王国が滅んだと情報が入ったのだ。
驚くのも無理はない。つい先日まで、フェリクス様はエドガー殿下の要請で、ともにスラン王国に赴いていたのだから。
「冗談だろう?つい数日前までは彼の国と連絡が取れていたはずだ」
そう、スラン王国はたった数日の間に跡形もなく滅び去ってしまった。
(これは、おそらく悪魔の仕業だわ)
そうでなければ説明がつかない。
混乱するフェリクス様の姿が痛ましい。
だって私は知っていたから。
予知夢の未来が変わり、呪いが解けて、エルヴィラと恋に落ちなかったフェリクス様が、スラン王国で特別な存在と出会っていたこと。
──スラン王国の第一王女、オレリア殿下。
スラン王国から戻ったばかりのフェリクス様が、上機嫌で教えてくれた。
「いつかあなたにも会わせたい」
珍しくそんなふうに言ったフェリクス様。
ひょっとして、オレリア殿下のことが好きなのかしら!?
私のことは友人としてかなり大事にしてくれているから、そんな私に愛する人を紹介してくれようとしているのじゃあないの!?
これってもはや、私たちは親友だと言っても過言ではないのでは???
なんて、微笑ましく思っていたのに……。
それだけじゃない。フェリクス様はあちらで新たに友人もできたのだと言っていたわ。
スラン王国が滅亡してしまった今、オレリア殿下や、その友人さんは、どうなってしまったんだろう。
けれど、私が考えなくてはいけなかったのは、それだけじゃなかった。
まもなく、スラン王国のあった土地は魔物で溢れ、大陸全てを脅かす事態となってしまったのだ。
エルダール王国にその被害が及ぶのも時間の問題だということで、ついにフェリクス様やカイン様も、大陸西側の魔物討伐に駆り出されることになった。
「私も行きます!」
「ルシル、しかし……」
「私、絶対にお役に立ちます!それはフェリクス様もわかってるでしょう?」
結局、私を危ない目に合わせたくないと渋るフェリクス様を、私の有用性を考慮したエドガー殿下が説き伏せる形で、私の出征も認められた。
けれど、スラン王国だった場所に近づけば近づくほど……絶望した。
そこには地獄があった。
スランは一体どんな国だったのか。果たしてどれほどの力を飲み込めば、これほど強くなるの?
そう問いたくなるほどの強大な悪魔がそこにいた。
これを倒せるのはきっと私しかいない。
どちらにしろ、倒さなければ大陸中が滅んでしまう。
そう考えた私は一か八かで悪魔に挑み、けれど敵わず、地に伏せた。
私では太刀打ちできない『何か』を、悪魔は手にしていた。
「ルシル!!」
同じようにボロボロになり、地に伏せたフェリクス様が伸ばした手が、私が最後に見た光景だった。
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予知夢を振り返り、情報を整理して、私はため息をついた。
「そう。妖精や妖精女王を取り込んだから、あの悪魔はあれほど強くなっていたんだわ」
そして理解する。
……ああなってしまっては、今の私では絶対に敵わないわね。もちろん、フェリクス様にもきっと無理だわ。
絶対に妖精たちを取り込まれてはいけない。
となると、スラン王国の滅亡を阻止しなくてはいけないと思うのだけど、どうしたらいいのかしら?




