10_お友達なので、全然問題ないです
「サラ~!一緒にお茶しましょうよ!」
庭園にあるテラスから離れの屋敷の中を掃除しているサラに声をかけると、すぐに顔をあげてくれたもののどこか困惑しているように見える。
あらあら、サラってば使用人としての仕事ぶりは完璧なのに、いつまで経っても私の友達としての振る舞いに慣れないんだから。ふふふ!
友達になって以来、サラはこうして離れに仕事をしに来てくれるようになったのだ。
ミシェルやマーズやジャックと一緒に自由気ままに暮らして快適でしかないわ!と思っていたけれど、やはり私では掃除の行き届かない部分などもあるわけで。こうしてサラが来てくれるようになって以前より格段に毎日を健やかに過ごせるようになった気がしている。ありがたいことだわ。
そっと近寄ってきたサラは小さな声で言った。
「あの、その、私が側に近づいて、ミシェルちゃんは怒りませんでしょうか……?」
どうやら私と友達としてお茶をすることへの困惑とは別に、ミシェルの顔色をうかがっていたようだ。
アリーチェ様とサラが二人でこの離れに突撃してきた朝のことを思い返してみる。
あの時、猫ちゃんたちがとっても怒って二人に対して威嚇合戦を繰り広げていたわけだけれど、よくよく思い出してみればサラに一番猫パンチをしていたのはミシェルだったわね。誰よりも甲高い声でみゃーみゃーと怒り、誰よりも小さな体で一生懸命攻撃を仕掛けるミシェルの姿にすごく微笑ましいわと思っていたけれど、サラは本気で怖かったらしい。
「大丈夫よ、ほら、こんなに可愛い子だもの。怖くなんかないわ?」
今ミシェルは私の膝の上で丸くなって小さく寝息を立てている。一番子供なミシェルはこうして私に抱っこされるのが何よりも好きみたいなのだ。
ふふん!リリーベルの頃、野良猫たちのボスだった時には小さな子たちのお世話もずいぶんしてあげたものだもの。私はお姉さんだし、甘えん坊を可愛がるのはとっても得意よ?
ちなみにマーズは私の足元でゴロンと横になっているし、ジャックはどこかへ出かけている。
それでも戸惑うサラをなんとか説得して椅子に座らせ、一緒にお茶を楽しんでいると、レーウェンフック辺境伯がカイン様とともに姿を見せた。
最近は魔物の出現が続き、討伐に出ていることが多いみたいだけれど、どうやら今日は大丈夫だったらしい。
「あなたはまたそうやって使用人とお茶などして……」
どこか困ったような顔で言ったレーウェンフック辺境伯にサラが縮こまった。
主人たるレーウェンフック辺境伯がそんなこと言って、サラがまたお茶を共にするのを渋り出したらどうしてくれるのよ?
「サラは使用人である前に私のお友達ですからいいのです。何の問題もありませんわ!」
「おともだち……」
私の言葉に反応して、呆然と呟いたのはサラだった。
「え?サラ、どうして驚いているの?」
「普通、貴族の令嬢は使用人と友達になったりしないからではないか?」
今度はレーウェンフック辺境伯が答えた。
しかし、私としてはその答えはいただけない。
「それなら、私は普通じゃないんだわ。それにサラと仲良くしていることに対して辺境伯様が少し困惑しているのも、これが貴族令嬢らしくない態度だからですよね?だけど、今この辺境の地で、周りに探り合いをしなくてはいけない相手もいなくて、貴族らしく振る舞う必要なんてないじゃないですか」
「…………そうか」
「もちろん、それらしい振る舞いが必要な時にはきちんと線引きをいたします。これでも長く王子妃教育を受けてきた身ですから、マナーに関しては心配なさらないでください」
できないんじゃなくて、今別にやる必要ないよね、と思っているからやっていないだけである。
しかし、たしかにここにきて必要に迫られる場面が全くないため、必然的に彼は私の自由な振る舞いしか見ていないわけで。そんな私の振る舞いに不安を抱くのも仕方のないことだったのかもしれないと思い直す。
そりゃあリリーベルとしての記憶が戻る前の私だったらこうはいかなかっただろうし、どこで誰の目があろうとなかろうと、いつでも貴族令嬢らしい振る舞いをしたかもしれないけれど。もちろん、良くも悪くもね。
そう思えば、ある意味予知夢の私の振る舞いは悪い方向でとても貴族令嬢らしかったと言えるかもしれないわね。
けれどそれはそれとして今の私はこうなんだもの。
価値観は変わるものだし、変わったっていいのよ!
(ところで、王子妃教育のことを口にすると、なぜかレーウェンフック辺境伯もサラもカイン様までどこか複雑そうな表情を浮かべるのはなぜなのかしら???)
まさか、私が元婚約者であるバーナード殿下を好きだったと勘違いしていて、婚約破棄のことを気にしてくれているわけでもあるまいし。
少し考えるそぶりを見せていたレーウェンフック辺境伯は、唐突に口を開いた。
「あなたは、俺とも友達になりたいと言っていたな」
「ええ。お嫌でなければ」
レーウェンフック辺境伯は私をあまり好きじゃないはずだから、無理にとは言わないけれど。
そう思いながら頷いたのだけど、彼は意外な反応を見せた。
「……それなら、俺に対してももう少し友達らしい振る舞いをしてもいいのではないだろうか?」
「え?」
「サラもカインも名前で呼んでいるのに、俺のことはいつまで爵位で呼ぶんだ?」
「まあ!」
私としては配慮のつもりだったのだけれど、向こうがいいと言うならばお言葉に甘えさせてもらうわ!
「では、フェリクス様と呼ばせていただきますわね!」
意外なことに、私がそう言うとレーウェンフック辺境伯──フェリクス様は、口の端をあげて薄く微笑んだ。
「ならば俺もあなたをルシル嬢と呼ばせていただこう」
「ルシルで構わないですよ?」
「そうか。ではルシルと」
私は気がついたのだ。フェリクス様は令嬢たちにも怖がられているし、今まで彼の交友関係などを耳にすることもなかったことから予測するに、あまり友達がいなかったに違いない。
(フェリクス様も友達が欲しかったのね!)
ランじいとの愛称呼びには負けるけれど、呼び捨てで呼んでもらうのもとっても仲良しっぽいわ!
それに、レーウェンフック辺境伯と呼ぶのは少し長いなと思っていたのよね。フェリクス様が私のことをグステラノラ嬢と呼ぶのも長いなと思っていたし。
「じゃあ俺はルシルちゃんって呼んじゃおうかな〜!」
ニコニコと私たちのやり取りを聞いていたカイン様がそんな風に言い出したから、私は嬉しくなってしまう。
「もちろん、構いませんわ!」
だってカイン様も私のお友達だものね!
「うわ、なんだよフェリクス。そんなに睨むなよ!」
「睨んでなどいない」
「はあ〜無自覚かよ」
そして二人が今日もとっても仲良しで微笑ましいわ。
そんな風に和やかに過ごしていると。
「ルシル!私が来たわよ!」
元気な声でそう告げながらひょっこりと現れたのは私のもう一人のお友達であるアリーチェ様だった。
「まあ!フェリクスじゃない!」
そのアリーチェ様はフェリクス様がこの場にいるのを見て、とても嬉しそうに顔を綻ばせた。
けれど……。
「アリーチェか」
それとは対照的に、なぜかフェリクス様はどこか冷えた声で彼女の名前を呟くと、さっきまでの穏やかな微笑みを一瞬で消し去り表情をなくしてしまったのだった。
フェリクス様に恋をしているであろうアリーチェ様は、当然その変化に気がついてしまう。
「……なによ、その冷たい感じ。私が来るのは迷惑だって言いたいの」




