狙うは、『脛』!!
Act.4
晴天。どこまでも続く青い空は新郎新婦の二人を祝福しているようだった。風は爽やかに流れて、白に身を包んだ新郎新婦は多くの人間たちから祝福されている。
めちゃくちゃ感動のシーンである。
物語にするならば、これはクライマックスである。
両親を亡くし、たった独りの妹も亡くした若き侯爵が、その苦楽を支えた婚約者との結婚式。貴族の参列者も、平民の参列者も、商人の参列者も、その夫婦を祝福した。誰もが若き侯爵夫婦のここまでの道のりに涙したであろう。
そんな二人の結婚式はまだ日が高いうちだった。現在夜。披露宴のパーティーは主役たちが引いた後も続くのだ。
「『デー』?」
呼ばれた声の主に視線を落とした。この世のものとは思えないほど綺麗な式であった。でも、同時に、後悔が込み上げてきた。
「大丈夫?」
大丈夫ではない。幽霊だって泣けるということを初めて知ってしまった。涙がどんどんと流れてくるのだ。その涙は空中に吸い込まれて消えるので、生前のような不快感はないが。
『大丈夫って、言いたいんですけどね……お義姉様のヴェール持ちは私がやりたかった。』
ぐずぐずと泣く享年14歳間際の私が、現在3歳未満の少年に慰められるという状況。触れるなら、その胸を貸して欲しいぐらいに悲しい。
『両親の事を気にしないで、お兄様とお義姉様の結婚式のことに集中すれば、出来ただろうに!!』
「でも……未練があったから僕と『デー』は出会えたんだよね?悪いことばっかりじゃなかったと思うよ?」
三歳未満に慰められるという私の状況、誰にも見えてなくてよかったよ、本当に……。
「あ、そろそろ、僕は戻った方がいいね。ここからは大人の時間だし。」
そう言って歩き出したオセロ様。最近、ちょっとだけ、やり過ぎてしまったような気がして仕方がない。そんなオセロ様の周りを浮かれながら回っていれば、オセロ様も私の笑顔が移ったような笑顔を浮かべてくれた。
てくてくと歩いて行くオセロ様の後ろから、不自然な足音が響いた。
『オセロ様、何も気づかないふりをして歩いてください。』
オセロ様も気付いたらしく、ただ、手をぎゅっと握ってそのまま歩き続けた。振り返れば、使用人の格好をしているが、違和感のある男が後ろを歩いている。我が家の服を着ているが、我が家の人間ではない。
『オセロ様、次の角を曲がりましたら直ぐに走って図書室に向かってください。落ち着いてですよ。』
オセロ様は何も答えずに少し速足で歩く。相手の歩幅も心なしか早くなっているように感じた。
『今です!!走ってください!!振り向かずに!!』
私の声と同時にオセロ様は幼い脚で走り出した。少しでも時間を稼ぐために、花瓶と火のついたロウソクをその男に投げつける。見えないところからもの飛んできたのに驚いた男の足は一瞬、止まった。その隙に浮きながらオセロ様を追いかけた。小さな体で扉を開けて、図書室に入り込んだ。
『オセロ様!本棚の階段を上がってください!!』
我が家の図書室には家のものしか知らない秘密がある。階段を上がり、本棚と本棚の間にある壁、その間の四角い模様に向かって本をぶつけた。幽霊なのでコントロールは悪いが、三冊目でその四角に当たり、扉が開いた。そこに繋がるのは我が家の隠し通路の階段。
「これは!?」
『つべこべ言わないで入って!!』
叫ぶと同時に図書室の扉が乱暴に開いた。振り返れば先ほどの男が走ってくる。私にオセロ様を押す手があれば、無理やりにでも中に入れてしまうのに!そう思ったが、考えてみれば子供にとってこの暗闇の階段は怖いのだろう。
『オセロ様!お願い!早く入って!!』
もう、さっきの男がこっちに向かって走ってきている。咄嗟に、本棚の中の本たちを次々に投げ飛ばす。残念ながら足止めにはなっていない。
どうする?どうするべき?
頭の中でいろんなことを考える。少しずつ距離を縮めてくる男。次の本棚の本を投げ飛ばそうとした。その本の端にしまわれた『拷問全書 完全版』。
『脛!!』
多分、想像ついただろう。
力いっぱい、本を男の脛に目掛けて投げ飛ばす。一冊、二冊、三冊!
『こけましたわ!!』
思わずのガッツポーズである。
三冊目を当てた瞬間、男はこけた。その隙に絵本でオセロ様の背中を押して、そして本棚の隠し棚の中に押し込んだ。その後うずくまっている男の脛に五冊、当てておいた。最期は『拷問全書 完全版』でしめておいた。『拷問全書 完全版』ありがとう!!
『オセロ様!扉を閉めてください!!』
ハッとしたオセロ様は直ぐに壁を閉じた。驚いた顔をしているが、彼の肩が震えていることに気が付いた。なんでこんな時に私は彼を慰める身体がないのか、そんなことを思った。正直、私も必死だったので、この後どうするべきか思考が働かない、
「デー……今の、剣、持ってたよね。」
オセロ様の言葉でハッと我に返った。瞬間、ドンドンドン!!と乱暴に扉を叩かれた。まずはオセロ様の安全確保が先だと、心に言い聞かせた。
『オセロ様、ここは我が家の『いざという時』の隠し通路です。まず、右手側にくぼみがあるのが分かりますか?』
その言葉を聞いて、オセロ様はそっと右側の壁を触り、そのくぼみを触った。その感触を確認して、オセロ様は頷いた。
『そこを握ってください。』
言うとおりにした彼のおかげで、ガチャンっと鍵のかかる音が響いた。
『これで、何があっても、外からは入れませんわ。もし、開けたいときは反対の左側のくぼみを握ってくだされば、ここから出ることができます。』
ドンドンドンと壁を叩く音が響き続ける。どうやら剣で斬っている音も聞こえてくる。
『オセロ様、私がお兄様を連れてきます。それまで、待っていてくださいますか?』
「デー!!行かないで!外には!」
『ふふふ、優しいですわね、オセロ様。ですが、私は『幽霊』ですよ。あちらの彼には見えませんわ。』
「あ……。」
『ご安心を、必ず兄を連れて戻ります。ですから、待っていていただけますね?』
そう言って、出来ないはずの指切りをした。感じることはできないが、視覚だけで行われる指切り。そして、安心させるために笑った。
「戻って、きてね。」
『必ず戻りますわ!』
そう言って扉の外に出た。ドンドンと懲りずに壁を叩く男の脛に本を全力で当ててから、兄の寝室に急いだ。