言っておきますが、拷問は趣味ではありません
Act.2
幽霊って怨念が長ければ長いほど力が強くなる、って本で読んだけど、間違いではない気がしてきている。幽霊生活も半年になると物を動かせるようになったのだ。俗に言うポルターガイストである。まあ、そんなこんなで、今日も図書館でこっそりと本を読む。最初の頃は机に本をのっけて読んでいたが、使用人に見つかって叫ばれるのを繰り返した結果、本棚の上で読むことにした。
まあ、その時に読んでいた本が『拷問の歴史』だったので余計に怖さを倍増させてしまったのだが……。
そんなこんなで、今日読んでいるのは『拷問全書 完全版』である。
念の為に言っておくが、私は拷問が好きなわけではない。今まで読ませてもらえなかった本であったからだ。
以前、兄が『拷問本を読んでおくと非力でも勝てるのだよ。生まれ持った体格より、知識でね。』とウィンク決めながらそう言われた。もしも生まれ変われて、この記憶が引き継げたなら、私は強い女になりたい!!なんてありもしない未来を考えていた。
「な、なんなんだ、お前!?」
ボーとしていたせいか、人の気配に気づくことが出来なかった。と言うよりも、音が小さすぎて気が付かなかったのだ。そこには扉の前で明らかに私がいる方向に視線を向ける少年。
え、見えている?見えているよね?
『えーと……こんにちは?』
「しゃべ、喋った!?」
おお、意思の疎通ができる!見た目的には3歳ぐらいかな?可愛い子供だなと思った。黒……どちらかと言えば紺に近い髪、そして少し潤んでいる紫水晶のような目はとても可愛らしい。
『聞こえているのですね!嬉しいわ!死んでから人とお話しできるのは初めてですわ!』
「……死んでから?やっぱり、君は、幽霊?」
『ええ、幽霊ですわ!半年ほど前に亡くなりました、この家の娘でしたデスデモーナ、と申します。』
「あ、オセロ、です。」
子供にしては流暢に喋るな、とジッとその少年を見つめた。紺の髪に、紫の目。頭の良い少年。オセロと言う名前。それらの情報は国中で多く出回っている『神童』。
『これは失礼いたしました。オセロ殿下、上から失礼いたしました。』
幽霊なので足は着けないが、ギリギリ床に近いラインでカーテシーを披露した。カーテシーだって、生前は出来なかったが、今は軸ブレもせずに綺麗にできる。幽霊最高である。
「その、呼ばれ方は好きではない。オセロで構わない、えっと、デス、で、デス」
あー、子供あるある、呼べないですよね、私の名前。自分でも昔は言えませんでしたもの。そう思えば、思わず面白くなって笑ってしまった。
『では『デー』とお呼びください、オセロ様』
「『デー』?」
『ええ、『デス』と呼ばれることが多いのですが、昔から思っていたのですが、その呼び方は可愛くないのです!なので『デー』とお呼びください?』
あと、本音は『デス』も子供には呼びにくいらしい。まだ幼い彼が呼ぶたびに舌を噛むようなことがあっては大変だと思い、そう言った。そうすると、彼はジッと私が浮かせたままの本に視線を向けた。
「『拷問全書』?」
彼が呟いた言葉に慌てるように本を本棚に戻した。子供に読ませる本ではないのは流石に分かる。私が生きていたなら冷や汗が流れる案件である。
「なんで、そんなものを読んでいるの?楽しいの?」
『えっと、趣味ではなく、兄が昔、『拷問本を読んでおくと非力でも勝てるのだよ。生まれ持った体格より、知識でね。』って自信満々のドヤ顔で言われまして、でも読ませてもらえませんでしたので、今読んでみました。』
「え、そうなの?」
おや、オセロ様のお目目がキラキラに輝いております。
「非力でも強くなれる?」
『ええ、例えばですが。』
そう言いながら慌てて本棚に戻した本を取り出した。まあ、取り出すと言ってもぷかぷかと浮かせながらこっちに持ってくるのだが、私の目の前に来たその本はパラパラとめくられて、そして出てきたページにはイラストで脛を蹴るページだ。隣のページはピンヒールでつま先を痛めつける奴だが、とりあえずは脛のピンポイントで狙うタイプの方だ。
『こちらの脛を蹴られて蹴られ続ける拷問なのですが、こちらが物凄く痛くて、本気で蹴られて5回目で拷問された人間は気絶してしまったそうなのです!つまり、非力でも、きっちり狙えば勝てるのです!!』
まあ、現実的に5回は蹴とばせないが、一回でも当てられればその隙に逃げられるのだ。
『この本には人間の『弱点』が多く書かれているのです!ですから、こういったことを多く覚えれば、もしもの時に役に立つということを死んでから学びましたわ!』
「……僕も、できるかな?」
オセロ様はジッと本を眺めていました。こう言ってしまっては失礼かもしれませんが、彼はちょっと子供にしては大人びすぎている気がするのだ、
『何か、自分の身を守らないとならないことが起きたのですか?』
そう尋ねればオセロ様は子供らしく頷いた。
「弟が、昨日生まれたんだ。」
『まあ!王妃様のお子様は王子でしたのね!』
王妃様がご懐妊して、出産間際だとは聞いていたが、三人目も王子だったとは思わなかった。
「弟が、『双黒』だったんだ。」
『え、『双黒』ですか!?』
双黒、と言えば悲恋物語の最高傑作と言われる物語。一般的に言えば、魔力量の高い黒目黒髪の人間を指す。それが、第三王子として生まれとしたならば……。
『王宮は、荒れますわね。』
私の言葉にオセロ様は頷いた。
「うん、兄上が王太子に相応しいっていう人たちと、弟が相応しいっていう人たちがいて、それで、弟が相応しいっていう人たちが、昨日、僕の所に……。」
その後は彼が言わなくても想像がついた。多分、俗に言う暗殺だろう。
「キャシオー……キプロス侯爵が寸前で助けてくれて、父上が危ないから、しばらくキプロス侯爵の所に居なさいって。」
そう言ってから、彼はポロポロと涙を零しだした。その涙を拭いてあげたいが、残念ながら私にはできない。ちょっと思い出して、本棚の下にある引き出しに私が作ったハンカチがあるはず!と見に行けば、やっぱり生前のまま入っていた。それをぷかぷか浮かせながら戻ってきて、そして涙を拭いた。
『お兄様が盾になるなんて、たまには役に立ちますわね!』
「うん?」
『お兄様……と言うよりも、キプロス侯爵家は元々中立ですが、王権の下、忠臣ですので、オセロ様をお守りするのは使命ですわ。』
「どういうこと?」
『うーん、ではお勉強しましょう!』
私はこの時、よく考えもせずに、社会情勢を『王子様』に教えることにしたのだ。
幸いなことに我が家の図書室は政治、経済、歴史、様々な分野の本がまんべんなく置かれている。『公平』『中立』の家である我が家らしい図書室と言えばそうなのだが。
『知識は最大の武器』
我が家のモットーである。
まさか、オセロ様に与えた武器が来世の自分を存分に苦しめることとなるとは思ってもいなかった。
お兄様の結婚式まであと半年。