表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

はじまり『罪と咎』

 時は、1988年…。

 ザァアーーッ──…!

 雨が激しく打ち付け、稲妻が轟々と鳴り響く夜──バブル真っ只中の日本の、ネオン眩しい大都会のビルの一角…。

 人も寄り付かないある一部屋では、どんよりとジメっぽい臭気が漂っていた。

 そこでは一人の男が、細長い物を握って立ち尽くしていた。


 ──ズバァアアンッッ!!

「あアっ!!」

 強い雷鳴が、現実から逃避した状態の男の意識を現実に引っ張り上げる。

 カキンッ…──と彼の手から音を立てて落ちたのは、一つの包丁だ。

「…ぁ…ああ…っ」

 それが起因となって、男は思わず仰け反って腰を抜かし、尻もちをついてそこに項垂れた。

 脱力感に支配される体は動かない──だが、すぐそこに落ちた包丁に向かって、視界を動かすことはできた。

 それは切っ先から持ち手まで、赤黒い液体と得体の知れないグチャグチャに濡れていた…。


「あっ…ああっ…」

 自分の手を見ると、その両手は真っ赤な鮮血でまみれていた。

「俺は…一体…な、何を…」

 正常に戻った意識下、男は自分の状況を思い返していた。

 そして思考が真実に辿り着くと、男はそれを恐れ慄き、震え上がった。

「…ッ!?──わぁあああああッッ!!?」

 目の前には、巨漢の惨殺死体が背もたれに横たわっていた。

 何度も何度も刃で刺され、斬られ、裂かれた大男の巨体は、原型を留めていなかった。

 蛙のように肥った腹はバッカと開かれ、鮮血とグチャグチャの臓物があふれ出ていた。

 両足も関節から切断され、骨や神経までもが剥き出しだ。


「まさ…か…そんな…!」

 手だけでなく、全身に返り血を浴びていた。

 今思えば、ここに漂う臭気は雨のためではない…。

 惨殺死体の血による鉄分と、臓物の血生臭さが漂わせているのだ。

「…嘘…だ…──ひぃアアッ!?」

 男は、自分が殺した巨漢の目が、自分を睨みつけていたことに気づき、悲鳴をあげた。

「くぁ…ッ!!アアァアアッッ!!?」

 男の恐怖は、気付けば極限の地にさえ立たされていた。

 だが、男の目は抉られている…──それどころか、鼻の上から脳天まではグチャグチャにされていたのだが…。

 今の自分の立たされる現状の恐怖が、男の目が自分を睨んでいると錯覚させたのだろうか…。


「…お…俺が…っ、そんな…馬鹿な…ッ!?」

 思い返すと、曖昧にも男の記憶が蘇る…。

 正気を失った手前は、すぐそこに落ちていた包丁で、男を何度も何度も刺し、終いには殺したのだ。

 血に塗れる体は震え、脳はパニックになる──終いには呼吸もろくに出来なくなっていた…。

「俺は…人をッ!?」

 一体、男にはどれだけ重い業が伸し掛かるのか…神仏のみが知るものだった。

「やっちまった…っ…──俺が、殺した…のか…」


『──ヴォォァア…』

「!?」

 どこからか響く声は、掠れに掠れていた。

 まるで喉を切られ、口まで傷つけられたような…。

「…ッ」

 ほんの一縷の、“もしかして”という考えだった。

 男の視線は惨殺死体に向かって動いた…。

『ヨ…ァ…クゥ…モォ』

 死体はこちらに大きな口を開き、グッチャグチャの顔でこちらに叫びをあげていた。

『キ…サァ…マァァアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!』

 血反吐を吐きながら、男はボロボロの身体が動く。

 皮も破け臓物や骨格を剥き出しに、その様相を奇っ怪な傀儡のように動かして、男に迫ってきた。


「嫌だああァアアアアアアアアッッッ!!!」

『グァアオエエエぇえエッッ!!』

 想像以上のスピードで男に覆いかぶさってくる。

 グチャグチャの身体は彼を一瞬で血塗れにした。

 死体はすっかり冷え切って、大量の出血のお陰で体重も減っていたというのに、その力はどこから。

『ナ…ズェ…ゴォジダアアアァアアッッ!!』

 覆いかぶさる男の、グロテスクな顔…──目が抉り取られ、よく見ると歯も舌もボロボロだ。

 恐怖は男の精神を掻き乱す。

「ッ!!どけぇエエッッ」

 家事場の馬鹿力と言うべく死体を蹴り飛ばすと、部屋を勢いよく飛び出し、顧みずに暗い廊下に飛び出した。


「はぁあッ!!ぐぉおおおあアアアーッッ!!」

 腰の抜けて力の入らぬ足に根性で力を入れ、廊下を走り抜く。

 ついにたどり着いたエレベーターに乗り込むや否や、ロビーに向かってのボタンを押して閉ボタンを連打する。

「なっ…何だぁ!閉まれェ!閉まってくれぇえッ!?」

 何故か、一向に閉まらなかった。

『ヴァアぁああアアアッッ!!』

 絶叫はすぐそこまで迫っていた。

「ぅうああアアッ!?」

 男は腹の底から絶叫した。

 エレベーターの隙間にその恐ろしい様相を映すと、エレベーターは丁度閉まった。

 その後も、エレベーターはドンドンと音を立て続けていた。

 エレベーターは下へと下がり、男は気付けばそこに崩折れていた。


 ロビーの階に着くと、再び這いずるように明るい広間へ飛び出した。

「くぅああああッ!!」

 黒いジャンパを着た男は、血に濡れた自分を気にも掛けず、立ち上がってただ走った。

「ひっ!?おっ…お客様ッ!!」

 呼びかけなど知ったことか、男はただ、ひたすらに走っていた!


 ロビーからも飛び出して、男は雨の降る中、傘だらけの人混みに走り抜けていった。

「うおっ!?」「だ…誰!!」

 ジャンパが雨に濡れ、血を落としてくれる。

「どけぇええッ!!」

 ただただビルから離れようと、稲妻の轟く中、人混みを押しのけながら走るのだった。


 慌ただしい彼の身に、一体何の経緯があってこのような惨事が招かれたのだろうか…。

 その始まりは、複雑で、怪奇的で、憤ろしく、悲しむべきなものだった…──。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ