5話 前夜祭
○宿泊先ホテルにて○
「最上階スイートに泊まるなんて
贅沢極まりないですね。」
「お前も泊まるか?一緒に。
ベッド二つあるし。泊まれるぞ?」
この死神は何の気なしにさらりと言う。
「な、なに言ってるんですか、全く。
そんなことしません!
大体、貴方には私にも把握しきれないほどの
ストーカーの前科が………。」
「嗚呼、はいはい。分かった分かった。冗談だ。
同じ部屋の方が何かあった時に対処しやすいのは
事実だが、お前が嫌なら無理強いはしない。
ほら、行くぞ。」
「え、ええ………。」
少し気まずい空気が二人を包む。
玲だって、分かってはいる。
きっと北斗は下劣な真似などしないだろう。
それはここまで一緒にいる中でちゃんと
理解できている。ただ、玲としては、
あまり男性に免疫がないせいで
驚いて少しリアクションが大きくなってしまった
だけである。
それでも彼女は強く言い過ぎたことを後悔した。
できることならきちんと謝るくらいは
したいのだが、中々言い出せない。
そんな空気のまま、二人は荷物を受け取り
部屋へ向かう。
北斗がショッパーを持っているので、
途中で分かれずに玲の部屋へ来ている。
「お前の部屋はここだな。
ほら、荷物。重いから気をつけろよ。」
「あ、ありがとう、ございます。」
結局、何も言えないまま、部屋まで来てしまった。
「嗚呼。じゃあな。」
「あ、あのっ。」
気づいたら呼び止めていた。
「どうした?」
「さ、さっきは……その、少しびっくりして……
その、強く言い過ぎてしまったから……
貴方を信じていないとかってわけでは
ないんです。
ご、ごめんなさい。
そ、それじゃあ、荷物ありがとうございます。
おやすみなさいっ。」
「待って。」
閉めようとした扉を北斗が抑える。
「な、なにか?」
緊張で身構える玲。思わず声が上擦った。
「スイートルーム限定のルームサービスが
あるらしい。
昼が遅かったが、もう少ししたら、
夕飯食べるか?一緒に。」
「えっと、そうですね。じゃあご馳走になります。
スイートルームのケータリング。」
少し戸惑いつつも遊びに行くことにした。
今さっき信用してないわけじゃないとも言ったし、
何より一般庶民がそうそう泊まれない
有名ホテルの最上階スイートには興味があった。
「決まりな。九時に届くように頼むから。
じゃあ、また後で。」
「はい。後ほど。」
そういって扉を閉める。
玲は扉を背にして思わず座り込んだ。
「………言えて、良かった………。」
先ほどまでの気まずさと緊張感から解放されて
安堵する。
それから、ゆっくり立ち上がって、
まず湯船にお湯を張りに行く。
最上階のスイートほどではないが、
この部屋も十分素敵だ。
お湯がたまるのを待っている間
ベッドに寝転んでみる。
掛け布団の冷たさが心地いい。
その後、少し待ってバスルームで湯船に入る。
シャワーだけで済ませる人もいるというが玲は断然、
湯船に浸かる派である。
「よし、やりますか!」
お風呂から上がると、次は玲のお楽しみ。
今日購入したグッズの開封の議である。
今回のグッズは会場に来た人限定で入手できる
代物。
一般には発売されない正真正銘のレアもの。
ファンなら誰しもが手に入れたい
逸品ばかりである。
オークションに出品されたら
一体いくらまで金額が伸びるか計り知れない。
勿論、黒崎ユウトのグッズを転売するものなど
誰一人としていないのだが。転売、ダメ、絶対。
数あるグッズの中でも注目は
今日が発売日であるユウトの新曲CD。
これにはライブ限定のアレンジが入っている
超レアものである。複製ではあるが、
勿論サイン入りだ。
玲はさっそくCDを開け、中身をチェック。
不備や欠品はないようだ。
そしてトランクの中からCDプレイヤーを取り出し
ディスクをセット。
ワイヤレスのイヤフォンをつけて、
さっそく歌詞を見ながら聴き始める。
「この為にCDプレイヤーを
わざわざ持ってきたんだから。」
CDプレイヤーは少し場所をとるが仕方ない。
ライブの予習には余念がない玲である。
「今回も素敵な曲。」
思わずうっとり。
CDをループ再生しながら次に取り掛かる。
忘れてはいけないペンライトだ。
一応無地のものも持っているが、
やはりライブ限定デザインのものも
逃してはならない。
全色きちんと光ることを確認する。
これはライブ参加にあたって外せないものである。
他にも一つ一つグッズを開封しては
中身の点検をして、また袋に戻す。
そう。この袋に戻す工程は
グッズの状態保存のために、とても大切である。
それをひたすら繰り返す彼女の姿は、
もはや職人と言っていい。
多くのグッズの検品作業が終了し、
次はパンフレットだ。
今回のライブ衣装の数々を着こなす
ユウトの写真が載っている。
「新曲はどの衣装で歌うのかなあ。」
なんて予想をしてみたりする。
勿論インタビューも隅から隅まで読みつくす。
流し読み?そんなものはあり得ない。
こうしてライブへの期待値は上がっていく
一方である。
○最上階スイートルームにて○
一方の北斗はというと。
「さて、メニューは何にしようか。
何食べるか聞くの忘れたなぁ。
嗚呼、海鮮系食べてること多かったな。
寿司とかにしてみるか。」
勿論これも身辺調査で得た情報である。
どれくらい前から情報を収集していたのだろうか。
もはやこちらはストーカーの玄人である。
部屋に備え付けの電話からケータリングの
注文をする。
てまり寿司は可愛らしくて食べやすそうだ。
「さて、次は風呂だな。」
こちらのバスルームは玲の部屋の
二倍ほどだろうか。
ジャグジー付き。ついでにテレビもついている。
ちなみに部屋の中はというと、
グレーと黒を基調とした、
シックで高級感と重厚感があふれた部屋だ。
ベッドはキングサイズが二つ並んでいる。
一人で泊まるには少し広すぎる。
バスルームから戻るとメールが届いていた。
簡単に返信を打って、ベッドに身を投げる。
流石にキングサイズのベッドは広い。
今日撮った中華街での写真を眺める。
楽しそうな玲の姿を見ると、
こちらまで笑顔になってくる。
ふと、行きの電車での彼女のことが過った。
自分がついていながら、
二度とあんな顔をさせるわけにはいかない。
これは新たな死神を迎えるものとしての使命だ。
天界に戻って来た魂達を再び送り出せるのは、
優しく、笑顔の似合う者なのだから。
北斗は部屋の中心に指で紋章を描く。
集中力を高め、精神を研ぎ澄ませて
部屋に結界を広げる。
念のためホテル全体を調べる式神も飛ばしておく。
何かあれば、玲に危害が及ぶ前に、
排除しなくてはならない。
「よし、完了。」
結界が完成して目を開けるともうすぐ九時だった。
玲の部屋には結界がない。
ホテルに入った時は北斗の帽子を
かぶっていたから平気だったが、
部屋で分かれたときに帽子は返された。
結界を張れるのは自分が今いるこの部屋だけ。
飛ばした式神は異常を探知できても、
玲が悪霊に遭遇しないように防ぐことはできない。
万能ではないのだ。
迎えに行くのは時間的にすれ違うかもしれない。
もし、ここに来る途中でヤツらに遭遇したら
防ぐことは難しい。
「あ、鏡。」
帽子と一緒に鏡を渡してあった。
すぐに玲の部屋番号を内線で呼び出す。
「もしもし。北斗さんですか?」
幸い、まだ部屋にいたようだ。
すれ違ってしまっては手遅れだったかもしれない。
「嗚呼。伝え忘れたことがあって。
部屋を出るとき、さっき渡した鏡を
持ってくるんだ。
あいつらがいても、魔除けになるから。」
「あ、そっか。
来るときは普通に荷物に入れて持ってたから。」
「そう。忘れないで持ってこい。」
「はい。ありがとうございます。
ってもうこんな時間なんですね。
パンフレットとフォトブック見てたら
集中して全然時間見てませんでした。
今からそっち行きますね。」
「急がなくていい。こっちもまだ来てないから。」
どうやらユウトのグッズのおかげで
電話が間に合ったようだ。
こればかりは彼に感謝である。
もしすれ違っていたら手遅れになっていたかも
しれない。
電話を切ると、ノックが鳴った。
「お食事をお持ちしました。」
「どうぞ。」
時間通りだ。
「ご注文のてまり寿司でございます。
お食事後の重箱につきましては明日の朝
取りに伺います。
それから、こちらの封筒を、
お客様宛で頂いております。」
届いたのは三段の重箱と封筒。
重箱を開けるのは、玲が来てからの方が
良いだろう。
封書の中身を確認すると、
先程メールで依頼したものだった。
「また何かありましたらお呼びくださいませ。」
「ありがとうございます。」
「では、失礼します。
おや、お客様がおいでのようです。」
「お邪魔します。」
スタッフが退室するタイミングで、
玲が部屋の前に来ていた。
「おお。無事か。」
「はい。おかげさまで。」
「なら良い。まあ入れよ。」
「はい。……こんな部屋、
本当にあるんですね……。」
招き入れると、まず玲は部屋に驚いたようだった。
一般庶民では中々お目にかかれないものである。
「死神貴族………。」
呆然とそんな言葉が漏れる。
「お好きなだけご覧ください。
お嬢様。お食事はこちらにございます。」
北斗はわざと物腰低く対応して、
食事の方へ誘導する。
さながら執事が主のご機嫌を取っているようにも
見える。
「ありがとうございます。
北斗さん和服なんですね。」
北斗は着流しスタイルだった。
「こっちの方が楽なんだよ。」
「そう、ですか。」
人の新しい一面を見ると、
ちょっとグッと来たりする。
ギャップ萌えという奴である。
(そもそも今日が初対面なんだし、
何も知らないのは当然といえば当然なんだよね。
どんな姿も初めて見るのは当たり前か。)
「似合いますね。」
「そりゃどーも。お褒めに預かり光栄です。
さて、食べるか。」
「はい。お貴族様に遠慮なくご馳走になります。」
玲は嫌味なく朗らかに言って席に着いた。
「メニューはてまり寿司だ。お前海鮮好きだろ?」
開かれた重箱には色とりどりのてまり寿司。
どれも玲の好きなネタばかりだった。
「ちなみにさび抜きだ。」
「これもまた、ストーキングの結晶による
じょうほうですね……。」
身辺調査に抜かりはないらしい。
もう、この男に自分のことは全部知られている
のではないかとさえ思ってしまう。
「まあ、食べろ。ほら、両手を合わせてご一緒に。
いただきます。」
「いただきます。」
てまり寿司の中には彼女の好きなものしか入っていない。
おかげでホテルの一流の味を余すことなく堪能できる。
そうして最後にとっておいたマグロを口にしながら
思うのだ。
(この人は私のことをたくさん知っている。
でも、私はこの人のことを
何も知らないような気がする。)
初対面だから当たり前かもしれない。
それでも、何となく不公平な気がしてしまう。
何とかこの男のことをもっと知る方法はないのだろうか。
「北斗さんは兄弟とかいないんですか?」
それとなく聞いてみる。
「いるよ。」
一つ情報をゲットした。
「どんな人ですか?」
「さあな。」
そして上手くはぐらかされてしまう。
「……絶対暴いてやる……。」
玲は心に誓う。
「おお、怖い怖い。」
そして北斗は楽しそうだ。
「で、こっち来るときは何ともなかったか?」
「はい。何となく気配はしましたけど特には。
鏡のおかげだと思います。」
「今日はこの近くのホテル満室だからな。
もしかしたら、外にいるのかもしれないな。
人間が増えればあいつらも増えやすいから。」
「人間の数に比例するんですか?」
「あいつらは人間の負の感情が元になって生まれるんだ。
人が増えれば、その分生まれる感情も多くなるだろ?」
「確かに。」
「だから例えば、
お前があいつらに襲われるかもしれないって
恐怖を抱いたとする。それ自体もあいつらからしたら
餌になるって訳。
だからほんとは、命日迎えるまでの間、
あんまり怖い思いをさせないようにと思ったんだが、
俺の不始末で長らく忘れてたあいつらの存在を
思い出しちまったからな。
俺はお前に健やかに過ごしてもらうために
必死ってこと。」
北斗は、電車でのことをまだ気にしていた。
「新しい仲間を迎え入れるのは大事な使命だからな。
大体、死神の目を持った人間なんて、そうはいない。
ちゃんと自分が貴重な存在であることぐらいは
もうちょっと自覚しろ。」
初めてあった時にも言われた言葉。
死神にとって、仲間を迎え入れるというのは
玲が想像していた以上に大事なことだった。
「はい。大切にしますね。この目。」
新しい人生を生きることに
少しだけ自覚と責任が持てた気がする。
「目だけじゃない。自分自身もだ。
これから先は長いんだから。」
「不思議です。あと一週間で終わっちゃうはずなのに。」
「俺たちはそうゆうものなの。
部屋の中では大丈夫だったのか?」
「うーん。ユウトの新曲ずっと聴いてたので、
正直よくわかんないんですよね………。」
「ユウト様に大感謝ってことか。
で、その持ってきたのは何なわけ?」
「ユウトのブロマイドトランプです。」
「また、凄いもの持ってきたな。」
これまた衝撃の逸品である。
ユウトのこれまでのCDジャケットや、
雑誌に掲載された写真が一枚一枚プリントされている。
これもやはり、
ファンとしては逃すことのできない商品だ。
「今日はこのトランプを使って
ユウトの魅力を再認識しようと思って、
持ってきたんです。一緒に神経衰弱やりましょう。」
「何故、自分の部屋で眺めずにこっちに持ってきたんだ?」
「北斗さんにもユウトの魅力を教えてあげようと思って。
それにこの部屋ならきっと広いだろうから。
カード広げて遊べるかなって。」
これは理由の半分だ。もう半分は、
謝罪したとはいえ
先程までのことが引っ掛かっていたから、
ゲームをきっかけにすれば打ち解けやすいかと
思ってのことだった。
「そうかよ………。分かった、いいぜ。やろうか。」
北斗はもう既に神経が衰弱し始めているようだが、
それでも玲の思いを知ってか知らずか、
応じることにしたらしい。
「ほんとですか!じゃあ、始めましょう!」
北斗の返事を受けて玲の表情が華やいだ。
バトルスタート。玲はとても楽しそうである。
一枚めくるごとに写真の細かい解説を付け加えてくれる。
北斗にその情報が必要かどうかは不明だが、
テンションマックスの玲は止まらない。
勿論結果は玲の圧勝だった。
「勝利です!」
「カンパイイタシマシタ。」
見事な棒読みだ。
「やったー!」
一方の玲はというと
そんな北斗の態度を気にせず大喜びである。
「さて、明日もあるし、そろそろ寝るか。」
「そうですね………そろそろ眠いです。」
エネルギー切れだ。ハイテンションの反動だろう。
まるで幼子のようだ。
「部屋まで送るから……
嗚呼……ちょっとお前、先にここで眠っとけ。」
「ほくとさん?」
北斗は玲を引き寄せ、軽く暗示をかける。
淡い紫の光に包まれて、玲はゆっくりと眠りに落ちる。
北斗はそのまま彼女をそっとベッドに横たえてから
部屋を出た。
そして夜は更けていく。
少女の運命の日まであと七日。




