18話 再会
○天界 大図書館にて○
誰かが私を呼ぶ声がする。
それは、もう誰にも呼ばれることの
なかった名前。
それは私のよく知っている声。
一番会いたかったあの子の声。
私はやっとあの子に会えるのかな?
目を開けると、知らない天井だった。
ひどく悪い夢を見ていた気がする。
「あ、おはようございます。
ゆっくり眠れましたか?」
まだ覚醒しきらない意識で天井を眺めていると、
優しく声をかけられた。
声の主が、私を覗き込んで微笑む。
あの少女だ。自称死神の少女。
彼女がここにいるということは、
さっきまでのことは夢でなないのか?
じゃあ、あれは現実?あれが真実?
少女の中にまた疑問が湧き出して
膨れ上がってくる。
夢だと思っていた光景と死神の言葉が
何度となく繰り返されて、
頭が割れるように痛くなる、呼吸が浅くなる。
吐き気がして勢いよく体を起こした。
瞬間、誰かに抱きしめられた。
「大丈夫ですよ。少し混乱しているだけです。」
玲は苦しむ少女をそっと玲が抱きしめ、
優しく頭を撫でた。
少女はビクリと体を硬直させ、や
がて少しずつ緊張を解いた。
「大丈夫、大丈夫。
泣きたいときは、泣いたらいいんです。」
ゆっくりと、そう言って抱きしめてくれる死神は、
先程までとは、まるで別人にさえ思えた。
死神は抱きしめたまま、
あやすように背中をさする。
その胸の温かさに溶かされるように、
涙があふれた。
暫くして、少女が静かに口を開く。
「あ、あの、ここは………?」
「あなたの願いを叶える場所です。」
「願い………。」
私の願いは一つだけ。
「ええ、もう体調が大丈夫であれば、
そろそろ行きましょうか。」
「はい。」
返事をするのに考える時間なんていらなかった。
やっと会えるんだね。
それから少女は玲と共に、
図書館中央のエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターは止まることなく上り続け、
やがて最上階に到着する。
エレベーターを降りると、すぐ目の前に、
大きな白い扉があった。
「ここです。行きましょう。」
「はい。」
少女は、玲に言われるままに後に続く。
扉が開かれて、一歩踏み込んだ先は、
植物園のあるテラスだった。
広大な最上階のテラスには、
なじみのある植物から、
見たことのない花々まで、
ありとあらゆる植物が大輪の花を
咲かせている。
中央にはホワイトクロスのかけられた
ティーテーブルにフタヌーンティーが
用意されていた。
中に進んで少し進むと、
また、何かに抱きしめられた。
「美緒!」
違う。あの子が抱きしめてくれた。
久しぶりに名前を呼ばれた。
もう呼ばれることはないと知っていた
この名前を。
ずっと聞きたかった、あの声を
もう一度、聞くことが出来た。
ずっと会いたかったあの子に――。
「――――やっと、会えたね。里緒。」
それだけで、救われた。
「うん、やっと会えたね、美緒、お姉ちゃん。」
「大きくなったね、里緒。」
久しぶりに会う妹はあの頃よりも
ずっと成長していた。
姉妹はハグを解いて
手をつなぎ、微笑みあった。
「うん、やっぱり
………変わらないんだね、美緒。」
「うん。」
変わらない。
私は、もう変われない。
「あのね、美緒、聞いて?」
「どうしたの?里緒。」
「私ね、やっと美緒の所に行けるの。
死神様が迎えに来てくれたから。」
そう話す妹は本当に嬉しそうだった。
ふと見ると、自分をここに連れてきてくれた玲と、
一緒に学校の屋上で会った北斗の他に、
もう二人いる。
「初めまして、村上美緒さん。
今回、妹の里緒さんの願いを担当した圭吾と、
こっちがパートナーの」
「ルミよ。もしかして北斗達から聞いてるかも
しれないけど、今回の貴方みたいなケースは
とても珍しいの。
妹の里緒さんに感謝するのよ?」
圭吾とルミが朗らかに微笑んだ。
話は前日に遡る。
○前日 天界 大図書館にて○
玲と北斗が出発する少し前、
図書館の扉が開かれた。
「こんにちは、ルミさん、圭吾さん。」
「こんにちは、ありす。待ってたわよー。
今日の予約の人ね!」
現れたのは回収役の死神、ありすだった。
ありすは玲と同期の死神。
よく二人が一緒にいるので、
ルミや圭吾とも面識があるのだ。
今日は、ありすが迷える魂をルミたちに
託す予定になっていた。
「はい。宜しくお願いします。」
「うん、じゃあ、ここのカウンターにどうぞ。
お名前と依頼内容の手紙、もらっていいかな?」
圭吾が、ありすと客人をカウンターへ通す。
「はい。村上里緒です。
お姉ちゃんに会わせてください。お願いします。」
客人、村上里緒は、深々と頭を下げ、
手紙を差し出した。
「じゃあ、手紙、見せてもらうわね。
………あれ?これは、ちょっと難しいかもよ?」
手紙に目を通したルミが開口一番そう言った。
「どうしてですか?
なんでも叶えてもらえるって言ってたのにっ。」
里緒の口から、焦りと混乱と不満が漏れる。
「あーっとねぇ、勘違いしないで?
無理じゃないけど、
もしかしたら、時間かかるかもなぁってこと。
ストレートにすぐ見つかるかもしれないし、
何日かかかるかもしれないんだけど、
待ってもらってもいい?」
「それは勿論、待ちます。いくらでも。」
私は、この時の為に生きていたような
ものなのだから。
「オッケー、じゃあ、お姉さんが見つかるまでは、
この図書館にいてもらうわ。
これから暫く、宜しくね。」
「見つかるまでって?
だって、お姉ちゃんは………。」
「そこが、今回の難しい理由なの。」
ルミは、里緒と自分の口元に人差し指を当てて、
しーっ、として見せる。
「さて、じゃあ、部屋まで案内するわ。
ついて来て!」
「………はい、………。」
里緒はまだ腑に落ちないながらも、
ルミの後に続く。
「あ、圭吾はありすに書類書いてもらってね。」
「勿論、今から書いてもらうよ。
じゃあ、ありす。これ書類ね。」
「はい。」
別室へ向かう二人を見送って、
圭吾が書類を差し出す。
「今回は玲ちゃんと北斗にも一緒に動いて
もらうから、玲ちゃんは初めての依頼だね。」
「圭吾さんとルミさんだけじゃ、ダメなんですか?」
「今回はちょっと特別でね。願い事が二人分なんだ。
里緒さんの方は僕たちで引き受けるけど、
お姉さんを探すのは北斗達に行ってもらう。
と言っても、僕とルミは待ってるだけに
なっちゃうかな。」
「そんな、待ってるだけなんて。
待ってるのも立派な仕事ですよ。」
「そうだね。じゃあ、依頼完了したら
連絡入れるね。」
「はい、お待ちしています。それでは。」
ありすは、優雅にお辞儀をして、振り返る。
「あ、北斗さん。お疲れさまです。」
ちょうど北斗が外から帰ってきたところだった。
「ありすか。お疲れさん。仕事か?」
「はい。迷える方を預けに来ました。」
「そうか。お疲れさん。」
「今回は、北斗と玲ちゃんに行ってもらうよ。
これ、依頼書ね。」
「黒封筒ね。おもりはお前らが?」
「うん。任せて。」
「オーケー。じゃあ、玲のとこ行くか。」
「行ってらっしゃい。」
「それでは、宜しくお願いします。」
「嗚呼、任せとけ。じゃあな。」
「はい。玲ちゃんに宜しくお伝えください。」
ありすは再び優雅にお辞儀をして
図書館を後にした。
○図書館内、とある一室にて○
一方のルミたちは、
エレベーターで最上階の一つ下の階に降りていた。
「着いたわ。ここが貴方に滞在してもらう部屋よ。
シンプルだけど、生活に必要なものは
全てそろってる。
何か他に必要なものがあったら言ってちょうだい。
食事は部屋で食べてもいいし
一つ上の屋上テラスでも食べれる。
用意が出来たら呼びに来るわね。」
「………なんていうか、不思議な気分です。」
「もう死んでるのに、おままごとみたいだなって?」
ルミの問いは、今までの和やかな雰囲気とは
少し違って、無機質だった。
「えっ、ええ………。」
そんなルミに少し戸惑いつつ、返事を返す。
「魂だけのエネルギー体になっても、
貴方の存在は、ここにあるの。
何もしないでいるとね?
エネルギーが勝手に放出されて
姿と自我を保てなくなる。
お姉さんが見つかる前に消えたくなかったら、
もう少し人間ごっこをすることね。
でないと、人だったことも、忘れちゃう。」
そう答えたルミは少し物憂げに見えた。
「そう、ですか、………っ。」
ふと、立ち眩みがして、バランスを崩した。
「ほら、だから言ったでしょ?
とりあえず、今はベッドで休んで?
手を貸すから。」
「ありがとう、ございます。」
里緒はルミに体を支えられ、
ゆっくりと体を横たえる。
「じゃあ、また後で来るわね。ゆっくり休んで。」
「はい。」
夕日のさす静寂の中で、一人になった里緒は思う。
姉、美緒のことを。
まず、探しに行ってくるという状況が
不思議だった。
だって、姉は確実にこちらの世界に
いるはずなのに。
図書館に来るとき、案内をしてくれたありすは、
こちらの世界にある魂の記録は
すべてこの図書館に存在していると言っていた。
その管理者が美緒を把握してないなんて、
ありえない。
美緒が人間界にいるはずが、
生きているはずが、ない。
だって美緒は、十年前に私の目の前で
死んだのだから。
過去に想いを巡らせながら
里緒はゆっくりと眠りに落ちてゆく。




