17話 死に果てぬ勇者
それから二週間が過ぎたある日。
「おはよう、玲。」
「あ、北斗さん。おはようございます。」
図書館で本の整理をしている玲が振り向くと、
北斗が手紙を差し出してきた。
黒い封筒に蒼い封蝋がされている。
「その手紙、もしかしてお仕事ですか?」
「そう、俺たちのお仕事。」
「わお。じゃあ、遂に私の出番が来たんですね!」
玲が死神になってからの二週間、
仕事は圭吾とルミが担当していた。
玲にとっては天界に来てから初めての仕事になる。
「お手紙タイプってことは、
人間界に直接お迎えに行くんですよね?」
基本的に玲の所属する導き手の仕事は、
この大図書館に回収役の死神が迷える魂と
共に訪れるが、事例によっては
人間界に直接、赴く場合もある。
「そういうこと。話が早くて助かる。」
「えへへ、この二週間で大体のことは
皆さんに教えてもらいましたので。」
玲が嬉しそうに微笑んだ。
つい最近まで、研修期間が設けられ、
この仕事について一通りのことは学んでいる。
「さあて、じゃあ、お仕事に行きましょうかね、
死神様?」
「はいっ!」
玲と北斗は、エレベーターで二階へ降りた。
「あ、ルミさん、圭吾さん。」
二階へ着くと、ルミと圭吾に会った。
「いってらっしゃい。二人とも。」
「宜しくね。玲、北斗。」
「はいっ。行ってきます。」
「任せろ。」
そして二人は颯爽と人間界へ出発したのだった。
○人間界にて○
ある学校の屋上に一人の少女が佇んでいた。
いつから、こうしているのだろう。
いつまで、こうしているのだろう。
どうして、こうしているのだろう。
どうして、そうしたいと思ったのか。
いつから、そうしたいと思ったのか。
もう、はっきりとは覚えていない。
最初は別に明確な理由なんてなかった。
特別、嫌なことがあったわけじゃなかった。
逃げたいことがあったわけじゃなかった。
ただ、不思議だった。
生きていることが不思議だった。
最後には死ぬのに。
生まれて来たことが不思議だった。
どうして生き物は死ぬために生まれてくるのか。
この日々に意味はあるのか。
そう考えだしたら止まらなかった。
止められなかった。
何故が永遠に。
どうしてが永遠に。
とめどなく頭に響いて、あふれて。
何年かその声を聞くうちに、ここにいた。
もう、どのくらいこうしているのか分からない。
希望がなかったわけじゃない。
私は一人じゃなかったから。
だけど、もう、その希望はない。
もう、あの子は――いない。
いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない。いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いないのだ。
きっと、私が殺したようなものだ。
だから。
最初は明確な理由がなかったこの気持ちに
理由が出来た。
あの子のもとに行きたい。
特別、嫌なことがあった。
あの子がもう、いないこと。
逃げたくなった。あの子がいない現実から。
ただ、不思議だった。
まだ、自分がここにいることが。
あの子はもう、いないのに。
自分だけがここにいることが。
どうして私はここにいるのか。
気づけばもう夕日が沈んで
夜が深くなっている。
この時間に意味はあるのか。
もう、疲れた。
そう思って。
止まらない、止められない思考と共に、
空に飛ぶ。
そして。
何故が永遠に。どうしてが永遠に。
とめどなく頭に響いて、あふれて。
私はまだ、ここにいる。
飛びたいのに、飛べなくて。
まだ、私はここに――いる。
いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる。いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、いる、
いるのだ。
「あ、あ、ああ、ああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」
少女の口から悲鳴のような叫びが漏れる。
その音は、葛藤と、悲痛と、苦悩と、
絶望を空に満たして響き、大雨をもたらした。
嗚呼、あの子がいなくなっても尚、
私は飛べずにいるのか。
自分でできないならいっそ、
神にでも祈ってみようか。
冷たい雨に打たれて、そんなことを思う。
少女は少し呼吸を整えてから空に叫ぶ。
「もし、もしも、世界に神様がいるのなら。
お願い、私を、私を、私を、
あの子の所へ連れて行ってぇええええ!」
その叫びに答えるように空は荒れ、
大きな雷を一つ落とした。
その雷の光の後に大きな雷鳴が響き、
何かが凄まじい勢いで落ちてくる。
「え?」
一瞬、時が止まった。
大量の雨のしぶきを噴水のように舞い上がらせて
静かに舞い降りてくる者が二人。
一人は長い髪を後ろで束ね、眼鏡をかけた
燕尾服の男。
もう一人は、青髪のボブヘアに
三つ編みカチューシャの少女。
恐ろしく、寒気がするほど美しい二人組。
どちらの服にも、星空をそのまま閉じ込めたような
濃紺のきらめきがあしらわれている。
二人は着地と同時に嵐をかき消し、
良く晴れた星空の下に降り立った。
永遠にも思える静寂が満ちる。
「いいですよ?」
やがて、星空をまとった少女は
朗らかに答えて微笑んだ。
「ぇ………?」
「そのお願い、この死神が叶えてあげます。」
「死神?」
自分の耳を疑った。
「はい!死神です。
私が玲でこっちが北斗さんです。」
「ほんとに?」
「ええ、ほんとに。」
「ほんとに、あの子の所に行けるの?」
「はい!行けますよ。ね、北斗さん?」
「嗚呼、本来こういうケースは珍しいんだが。
今回は特別だ。連れて行ってやるよ。」
「あ、あ、ありが、とう、ございます
………神様………。」
少女は死神の言葉に、膝から崩れ落ち、
涙を流して喜んだ。
これであの子の所に行ける。
やっと解放される。
その思いでいっぱいだった。
「嗚呼、でも、ひとつだけ試練があるんだ。
これに耐えられたら、
願いを叶えてやることが出来る。」
「試練?」
「そう。」
「それは、どんな?」
「そんなに難しくない。
忘れていることを思い出すだけだ。」
「それだけ?」
「嗚呼。」
「でも………どうすればいいんですか?」
思い出せないから、忘れているのに。
「今から私がする話を聞いてくれれば
いいですよ。」
「聞くだけ?」
「そうです。簡単でしょ?」
「まあ確かに………。」
そんなに簡単でいいんだろうか?と不安がよぎる。
「じゃあ、お話ししますね。」
「あ、はい。」
「語るほどの事でもない一言で終わる話です。」
少女はにこやかに笑う。
そんな彼女を見て、これまでに経験したことのない
恐怖と不安が過る。
空に飛ぼうとする瞬間よりも強く大きな恐怖。
ダメだ、この話を聞いちゃいけない。
そう気づいたときには、もう遅かった。
「■■■■■、■■■■■■■■?」
優しい死神は、優しい笑顔で、
さも当然のように、忘却された真実を告げる。
「うぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」
良く晴れた春の星空に真実の叫びがこだまする。
少女の世界はプツリと暗転した。




