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死神と小説家  作者: おとなり かな
16/22

15話 旅立つ者、見送る者

○バスルームにて○


 久しぶりに見る実家のお風呂。

 ゆっくり浸かってぼーっとする。

 台所での母との会話を思い出す。

 平穏な日々が続いてほしいと思う。

 ずっと、穏やかに暮らしてくれると願いたい。


「はあ…………。」


 心が重くなる。

 いくらシャワーで流しても

 それが消えることはない。


 バスルームを出るころには指の絆創膏が

 はがれてしまった。


 身体をふいて、髪を乾かしてセットまで

 きちんと整える。服は先ほどと同じもの。

 パジャマは着ない。


「よし。」


 鏡に映る死神は

 今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「おばあちゃん、玲だよ。」


 祖母の部屋の前に着く。


「玲ちゃん、待ってたわ。さあ、入って。」


「うん。」


 促されて静かに部屋に入る。


「おばちゃんからもね、

 素敵なプレゼントがあるわ。」


 彼女は黒い箱を差し出した。


「開けてみて。」


 中には黒い手袋と、

 小さな紫の石がついた指輪が入っていた。

 手紙も一緒に入っている。


「これは?」


「お手紙に詳しく書いてあるわ。

 あとで読んでね。」


「ありがとう。大事にする。」


「ええ。その手袋があれば、

 人差し指の傷も痛くないでしょ?

 消えない傷。死神の証。」


「え………?」


 理解が出来なかった。


「――――どうして、

 それを、知って、るの?」


 言葉がうまく出てこない。


「ふふ、よく知っているわ。

 だって私は遠い昔に

 死神をやっていたんだもの。」


「おばあちゃんが、死神?」


「そうよ。もうずっと前だけれど。

 手を出して。つけてあげる。」


 彼女は玲の手に手袋をはめ、

 右手の人差し指に指輪をはめる。

 どちらもサイズはピッタリだった。


「ほら、できた。」


 月の光を受けて、

 指輪の紫がより輝く。


「きれい。」


「気に入ってくれてよかった。」


 彼女は強く玲を抱きしめる。


 久しぶりの腕の中。その暖かさは昔のままだ。

 母との会話を思い出す。

 抱きしめる腕が前より少し細く感じて

 切なくなる。


「それから、玲を守ってくれた方。

 いらっしゃるでしょう?お姿を見せて?」


 彼女は玲をゆっくりと離してから

 虚空に声を投げた。


「ここに。」


 その言葉をうけ、即座に北斗が現れる。


「まあ、素敵な方ね。

 玲をずっと守ってくれてありがとう。

 本当に感謝しているわ。」


「まだ終わっていません。

 無事に彼女を迎え入れるまでが

 守護役としての俺の役目ですから。」


「ええ、そうね。

 そのためにも初仕事はきちんと

 やり遂げてもらわないとね。」


 玲はその言葉にハッとする。

 祖母の言葉が正しいのなら。

 彼女もまた遠い昔に死神だったというのなら。

 当然知っているのだ。

 死神の最初の仕事が何なのか。


 その時は刻々と迫っていた。


「そんな顔をしないの。

 皆、始まりは同じなんだから。」


 まだ動けないでいる玲を、

 彼女はまた強く抱きしめる。


「おばあちゃんは嬉しいわ。

 玲が無事に育ってくれて。

 大切に育ててきた娘の子。

 いつも隣に寄り添って守ってきた

 私の愛しい孫娘。

 その服、星の砂のドレスでしょう?

 よく、似合っているわ。素敵よ。」


 髪をなでながら話す声が玲に優しく、重く響く。


 いつも守ってもらった。父と母は普通の人だが、

 祖母もそして今は亡き祖父も、

 自分と同じように霊感のある人だった。

 だから、いつも寄ってくる悪霊を払ってくれて。

 震える身体を抱きしめてくれた。

 悪霊たちが見えるのは

 自分だけではないのだと安心した。


「そんなあなたが、立派になって

 私を迎えに来てくれたことが本当に嬉しい。」


 そう、そうだ。


 死神の最初の仕事は、

 自分が天界に迎え入れられる前に、

 己に近しい存在の死をみとり、

 その御霊を天に返すことだ。


「宜しくね。死神様。」


 それは、つまり。


 玲自身の手で彼女の魂を

 天界に連れて行くということだ。


「私は玲ちゃんを、もう守ってあげられない。

 それはとても、とても寂しいことだけれど。

 己の使命に向き合って、ここに来てくれた

 あなたなら大丈夫よ。

 ちゃんと前を見て歩いていけるわ。

 玲ちゃん、愛してる。」


 抱きしめる腕の力が強くなる。


「ありがとう。私も、愛してる。」


 胸の奥から熱いものがせりあがってくる。

 とても胸が苦しくなった。

 抑えきれなかったその熱は、

 熱い涙に変わって頬を伝う。


 祖母がそっと玲をはなし、静かにベッドに入る。

 時間は二十一時ちょうど。刻限だ。


 玲はそっとスカートの裾をつまんで

 優雅に会釈をする。

 両眼の紫色が宝石のように怪しく輝く。

 月の光に照らされたその姿は、酷く幻想的で

 人形のようだった。

 その口から最期の宣告が紡がれる。


「突然の無礼をお許しください。

 本日は、貴方様の命の最期の日。

 私は貴方の御霊を天へと返す死神、

 玲と申します。

 貴方様の魂はわたくしが責任をもって

 天へとお連れ致します。」


 口上を練習したことは当然ない。

 一度も口にしたことのない言葉の羅列が

 当たり前のように己の口から紡がれる。

 何も知らないはずなのに、体は勝手に動く。

 それは死神の魂に刻まれたもの。


 人に死期を伝える存在。

 自分がまさにそれであることを、

 他の誰でもなく自分自身が証明している。


 いくら覚悟はしていても、それは少しだけ、

 悲しかった。


「ええ、お願いするわ。」


 祖母は静かに微笑んだ。


―――嗚呼、お願いだから、お願いだから。


 そんな優しい笑顔で、『お願いするわ。』

 なんて残酷なことを言わないで。

 もう少し、せめて私が家を出る明日まででも

 いいから、生きていて。

 ただ生きて、幸せでいて。

 それだけでいいから―――。


 分かっていても、そう願わずにはいられない。

 そう願っているのに、己の中の残酷な死神は

 淀みなく動く。


 玲はベッドの横に座って祖母の手をとる。

 人差し指の指輪から光が広がり、

 彼女は静かに眠りについた。


「おやすみなさい。おばあちゃん。

 どうか、安らかにお眠りください。」


 月夜の静寂に玲の声が静かに響く。

 死神の瞳から一筋の涙が落ちた。


 今まで守ってくれた大切な人。

 ありがとう。大好き。ただ、それだけ。



 その後も玲の仕事は終わらない。

 祖母の最期をみとったことを両親に伝え、

 明日の手配を取る。



 翌日、朝から葬儀の準備。

 昼過ぎには葬儀がはじまった。

 当日の朝ではあるが、なんとか式場も取れて

 その日のうちに行うことが出来た。


 少し余裕はないが、玲も祖母の御霊を返すために

 今日の夜には出発しなくてはならない。

 あまり悠長にはしていられないのだ。


 夕方遅くになって葬儀の全工程を終了した。

 次は改めてお墓参りだ。

 墓前で静かに手を合わせる。

 それからようやく自宅に帰り着いた。


「お疲れ様、玲。おばあちゃんの事、

 みとってくれてありがとう。」


「うん。」


 家族そろってみとることが出来なかったことは

 申し訳なく思う。


「玲は今日、出発予定だったよな。

 もう一日くらいゆっくりして行っても

 良いんじゃないか?」

 父が心配そうに気遣ってくれる。


「そうねぇ………。バタバタしてたし。

 もう一日いることはできないの?」


 祖母が亡くなった当日に娘も遠方に旅立つと

 なれば両親の寂しさは推し量れない。


「ありがとう。でも、ごめんなさい。

 明日、大切な手続きをしないといけなくて。

 どうしても今日じゃないと間に合わないから。

 そろそろ行くね。」


 どんなに名残惜しくても、

 別れの時間は変わらない。


 なんて残酷な娘だろうと思う。

 本当は自分ももうすぐ生者ではなくなる。

 そして、それを隠したまま旅立つのだから。


「そう。それじゃあ仕方ないわね。」


「分かった。元気でやるんだぞ。」


「うん。」


 両親の気遣いを無碍にするのは

 心苦しいが、仕方のないことだ。

 自分でそう決めたのだから。


 荷物を持って少し強引に外に出た。

 ここに居たいと心が揺らぐ前に。


「色々ありがとう。

 私ね、お父さんとお母さんの子供で良かった。

 二人とも大好き。」


 この家族のもとに生まれて幸せだった。


「ええ、お母さんも大好きよ。」


「父さんも大好きだ。」


 二人がそっと抱きしめてくれる。

 とても、とてもあたたかくて幸せだった。


「いってきます!」


 そう言って少女は旅立った。



 振り向かずに進む。少しでも止まったら、

 この家から離れられなくなってしまうから。


 それからしばらく歩いて、

 こちらに来た時に降り立った場所に戻ると

 牛車が待っていた。天界に戻るためのものだ。


「行きは馬で帰りは牛なんですね。」


「降りてくるのは早い方が良いけど、

 帰りは名残惜しいだろ。だからゆっくり帰る。」


 いつの間に、実体化した北斗が言う。


「心遣いですね。」


 玲と北斗が牛車に乗り込むと、

 牛車の中に両手で抱えるほどの大きさの

 アーチ型のカゴがふわりと浮かんでいた。

 中には無数の光が収められ、

 虹色に輝きを放っている。


「行こうか、おばあちゃん。」


 祖母の魂を収めたカゴだった。

 玲は、カゴを両手でそっと抱きしめて抱え、

 ソファに腰を下ろして、膝の上に乗せる。


 そしてカゴを優しくなでた。

 ちょうど、幼かった玲が、

 祖母にしてもらっていたのと同じように。


 そして、彼女らをのせた牛車は

 少しずつ天界に向けて進む。

 思い出を刻むようにゆっくりと。

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