10話 君のいない時間
○最上階スイートにて○
二時間前
玲とユウトを送り出した北斗は部屋で
くつろいでした。
「休暇ねぇ………。また、余計な気を回して
くれちゃって。
明日には天界に戻るんだし、あんまり問題ないんだ
けどなあ。」
天界にヤツらはいない。明日と明後日も休暇と
同じようなものである。
だか実際、休暇の申し出には助かった。
初日からまだ三日しかたっていないが、
電車での一件があってからは結界をより
強いものへと変え、また人の多い環境の中で
大きな結界を長時間保つのは
重労働極まりなかった。
不甲斐ないが体の消耗が激しいのも嘘じゃない。
心なしか少し視界が揺れているような気がする。
「ありがたく休みますかね………。―――っ。」
ベッドに移ろうと立ち上がった瞬間に
めまいがした。
体が熱っぽくて、僅かに寒気もする。
どうやら風邪を引いたようだった。
北斗は携帯端末を取り出してある番号を呼び出す。
画面にはナツキと表示されている。
コールを鳴らすと三回目で応答があった。
「もしもし、北斗?どうかしたの?」
「嗚呼、ナツキか?どうやら風邪を引いた
らしくてな。
悪いが、薬を貰えるか?」
「風邪って。まあ、薬は持っていけるから
それは良いけど。大丈夫なの?」
「問題ない。薬飲んで寝ればすぐなおるさ。」
「そう。もうすぐだもんね。新しい子が来るの。
張り切って力使いすぎたんでしょ?」
「おっしゃる通りだ。」
「そんなことだろうと思ったわ。
で、守護役の方は大丈夫なの?」
「昨日、本人から一日休めって言われて、
今日はユウトが代行してる。」
「そう。それなら安心ね。」
「じゃあ、今から用意していくから。
今いる場所メールしといて。」
「了解。」
「安静にしてるのよ。」
「分かってる。
ベッドから一歩も動かない。」
「じゃあ、また後で。」
「悪いな、頼む。」
通話を切ってホテルの場所と部屋番号を送る。
あとはナツキの到着を待つばかりだ。
(瞼が重い。少し眠ろう。)
コンコンコン。
どれくらい眠っていただろうか。
ノックの音で目が覚めた。
「はい………。どうぞ。」
「はあい。調子はどう?」
ナツキの到着だ。
北斗はゆっくりと体を起こす。
「少し寝て楽になったよ。
悪いな、ありがとう。」
「まあ、これが仕事だからね。」
ナツキは医者である。勿論彼女も死神だ。
人間界にいる死神が体を壊すこともある。
気候や風土になれていなかったり、
力を使い過ぎたりすると体調を崩す。
いくら死なないからって、
いつでも絶好調というわけではないのだ。
彼女は普段、人間界の病院で働いている。
人間も死神も両方診れるのだ。
「さて、じゃあ、まずは薬ね。
はい。これ飲んで。」
死神専用に調合された薬である。
「これ、すごい苦いやつじゃないのか?」
「そう。すごい苦いやつよ。
良薬口に苦しって言うでしょ?」
「オブラートは?オブラート。」
「ないわよ。」
「なんで?」
嘘だと言って欲しい。
「薬ぐらい、そのまま飲みなさいな。」
実は持ってきていると言って欲しい。
が、ナツキはニコニコと笑っているだけである。
「………まじか。」
諦めるしかないらしい。
「まじよ。ほら。」
ドクターナツキは容赦しない。
ナツキにあおられてしぶしぶ口に運ぶ。
苦い。とても苦い。
体が辛いときにこんなに苦いものを飲むなんて、
冗談だと思いたい。
オブラートの大切さが、薬と共に身に染みて
分かる瞬間だ。
「嗚呼、シンドイ。」
飲み終えたひと言めがこれである。
「さて、じゃあ次は点滴ね。」
「点滴打つのかっ?」
とんでもない驚きようだ。
声がひっくり返っている。
「打つわよ。そうじゃないと治らないんだから。」
容赦のないドクターナツキ、パートツー。
「いやいやいやいやいやいやいや、
点滴打たなくても治るよ。大げさだって。」
全力でお断りしたい北斗。
「じゃあ、明日以降の守護役はユウトに
全部交代でいいのね?
ここまでずっと大事に見守ってきて、
最後の最期で譲って良いのね?」
「それはダメだ。」
譲るわけにはいかない。大事な使命だ。
「じゃあ、点滴しないとだめよ。
まだ実体化に体が慣れてない初日から、
ずーっと結界張り続けたせいで
結構消耗してるんだから。
ここでしっかり休んで、きっちり直さないと、
最終日まで守り切れないわ。」
「―――――――分かった。それなら仕方ない。」
玲のためなら受け入れるしかない。
最期までしっかり見送ってやりたいのだ。
「よろしい。じゃ、やるわよ。」
「っっ。ちゃんと上手に入れてくれよ。
頼むからっ!」
それでも嫌なものは嫌なのだ。
「なによ、男なら腹くくりなさいよね。
暴れると変なところに刺さっちゃうかも☆」
「な――――――――。――――っ。」
恐怖で固まった北斗の隙をついて、
そっと針を入れる。
絶妙のタイミングを逃さないドクターナツキ。
実に鮮やかな作業だった。
「はい。終わり。薬と点滴くらいで
そんなにピーピー泣かないの。
まあ、それだけ騒ぐ元気があれば
問題ないでしょ。」
「やっと終わった――。」
全てから解放された瞬間である。
コンコンコン。
また、ノックが鳴る。
「どうぞ―。」
「ただいまー北斗。ほら玲ちゃん。
北斗、大丈夫そうだよ」
ユウトと玲が帰ってきた。
「北斗さん……良かった……
無事だったんですね。」
玲の顔に安堵の色が浮かぶ。
「あれ?お前ら早かったな。
もう帰って来たのか?」
まだ十六時半だ。十八時ころまでは
返ってこないと思っていた。
「まあね。北斗が電話に出ないから心配して
早めに帰ってきたんだよ。ね、玲ちゃん。」
「そ、それは、まあ、そうですね。
ユウトさんだって心配してました。」
「そりゃあ勿論。大事なお兄ちゃんだからね。
っていうか点滴打ってるってことは、
やっぱり僕の予想通りってこと?」
「嗚呼、ちょっとな。」
北斗が気まずそうに微笑む。
「点滴が必要なくらい、
体調すごく悪いんですか?」
玲の目にはとても症状が重く見える。
「凄くってわけじゃない。明日には治る。
ここにいるナツキ先生が処置してくれたからな。
この人も俺たちと同じ死神だ。
こっちの世界で医者をやってる。」
「ナツキよ。宜しく。新しい私たちのお仲間さん。
歓迎するわ。」
「あ、ご挨拶が遅れました。青木玲です。
宜しくお願いします。
あの北斗さんのこと診てくださって
ありがとうございます。本当に。」
玲が深々と頭を下げる。
「良いのよ、全然。薬と点滴で大騒ぎできる
くらいだから、すぐに治るわ。
にしても、すごい部屋に泊まってるのね。」
この最上階スイートを目にして
改めてナツキが感想を述べる。
「ここしか空いてなかったんだよ。」
「そう。じゃあ、貴方も一緒に泊まってるのね。
昨日ユウトから聞いた話だと、
夜中には守護権限が戻るんでしょ?
同じ部屋なら安心だわ。」
ユウトの守護権限は十二時間。
夜九時で終わりだ。
「いえ、私は別な部屋に泊まってます。」
「でも玲ちゃん、出るとき
チェックアウトしなかったっけ?」
「え?――――あああああ!」
そう。もともと玲の部屋はユウトのライブの為に
泊まりに来ただけだったので、
今朝チェックアウトをしたのだった。
荷物はこの部屋に置かせてもらった。
当初の予定では、玲が戻ってきたら
北斗と一緒に部屋を出る予定だったのだが―――。
「ナツキさん、その点滴って
あとどのくらいですか?」
「今夜、一晩かかるわ。終わったら勝手に
消えるから、片付けの心配はないけど。」
見ての通り北斗はホテルに張り付け状態である。
「じゃあ、私は別な部屋を……。」
「良いんじゃないの?この部屋でも。広いし。
私がいれば安心でしょ?女の子同士だし。
ユウトだって権限戻るまでは近くにいないと
いけないんでしょ?」
ナツキの提案だ。
「うん。僕は時間になったら戻るよ。
それまでは一緒にいても大丈夫かな?」
「あ、はい。宜しくお願いします。」
「じゃあ、決まりだな。
俺としても助っ人はありがたい。
玲、休暇もらってありがとうな。
助かったよ。明日からはちゃんと
動けるから安心してくれ。」
「はい。」
昨日に比べて北斗の顔色が
だいぶ良くなったことに、安心した。
「べッドは私と玲が一緒に使えば問題ないでしょ?
こんなに大きいんだから。」
「そうですね。宜しくお願いします。」
「じゃあ、僕は人数が増えること。
フロントに伝えてくるね。」
「嗚呼、頼む。」
「私たちはお風呂借りるわね。
行きましょうか玲ちゃん。」
「はい。ナツキさん。」
一日限定のお姉様が出来たみたいで嬉しい。
「北斗はお風呂、明日の朝にしてね。
点滴取れないから。」
「了解。」
そして玲とナツキはバスルームへ向かう。
○バスルームにて○
女性二人は一緒にお風呂である。
「ナツキさんはずっとお医者さんなんですか?」
ユウトに職業のことを教えてもらってから、
他にどんな職業があるのか気になっていた。
「ええ、そうね。私の場合は生前も医者を
目指してたからね。
生まれついた時点で
人としては医者になれなかったけど。
死んでから、生きてる人を治すって不思議ね。
今はとても幸せよ。これから先もこの道を
選ぶと思う。」
「そっか。そういう人もいるんですね。」
死神として生まれた者たちの人間界での時間は
短い。
だからこそ、その時に目指した職業に就く者も
いるのだろう。
「玲には目指したいものとか、好きなものはある?」
「私ですか?私は……うーん。小説家とかかな?
日常を書き留めてストックにしたりしてて。
まだ題材が浮かばないんですけどね。
ぼんやりと浮かぶのはそんな感じです。」
「それなら導き手が良いんじゃない?」
「導き手って北斗さんがやってたやつですか?」
「そう、それ。人は亡くなっても尚、
叶えたい願いや思いがある。
それを対話でくみ取って
最期の願いを叶えに向かう。
それは家族や恋人への愛かもしれないし、
思い出の場所への巡礼かもしれない。
あと一歩のところで届かなかった願いを
叶えに行く旅路。
それをあなたの言葉で綴って届けるの。
とても素敵だと思うわ。
私そういうお話好きなのよ。
良かったら参考までに考えてみて。」
「はい、ありがとうございます。」
いいかもしれない。
少し自分の道が見えてきた気がする。
「明日天界に行くのがもっと楽しみになりました。
あ、でも執筆しても天界からじゃ
出版は出来ないかな?」
「何言ってんの。住み着くわけじゃないなら、
私たちが住んでるマンションには来れるでしょ?
書き溜めておいて、マンションに来た時に
ネットで投稿すれば問題ないじゃない?」
「なるほど。確かに。」
「まあ、導き手以外の仕事でも、
題材になりそうなものもあるから、
見学に行ってから決めるのも悪くないけどね。
何も見ないうちに決めてしまうのは
もったいないから。」
「ありがとうございます。参考になりました。
あ、あの、そういえば。
北斗さんってどんな人なんですか?」
部屋に入った時、仲が良さように思った。
何か北斗の情報が手に入るかもしれない。
「北斗?んー、そうねー。
苦い薬と点滴が大っ嫌いなお子ちゃま。」
「ほんとに?」
意外過ぎる。
「ほんとに。」
これは良いことを知った。
バスルームから戻るとユウトが戻ってきていた。
「夕飯頼んじゃおうか。何が良いかな。」
「北斗さん点滴したままですし、
片手でも食べやすい方が良いでしょうか?」
「確かにその方がありがたい。」
「じゃあ、クラブハウスサンドでどう?」
「中々いいね。」
「じゃあ、これにするか?」
「はい!美味しそうです。」
「決まりだね。」
内線で注文を済ませて、ほどなく料理が
運ばれて来る。
今回も一流ホテルの味に舌鼓だ。
大変美味しくいただいた。
「さて、まだ時間あるけどどうしようか?」
「トランプでもしますか?」
提案したのはもちろん玲だ。
「良いんじゃない?
でもトランプなんて持ってるの?」
「玲、お前まさか―――。」
「はい。そのまさかです。」
玲が取り出したのは勿論
『黒崎ユウトのブロマイドトランプ』である。
「これ、全部ユウトの写真?」
「はい。勿論!」
「今までに撮影したものから
選んで印刷されてるんだ。」
恐るべしスーパーアイドル。
こうしてまた夜は更けていく。
「玲ちゃん。これあげる。」
帰る間際になってユウトがこっそり
一枚の写真を差し出した。
「これは―――っ。」
北斗の寝顔写真だった。
「きれいに撮れてるでしょ?
さっき二人がお風呂に行ってるときに
北斗が寝てたからこっそり撮ったの。
向こうに行ってからも、
選ぶ職業によっては中々会えないかもだし、
せっかくだから記念にあげるよ。」
「私は―――。」
「自分のことずっと守ってくれた人だもの。
写真くらい持ってても罰当たらないでしょ?」
「………そういうことなら……。」
そう。何もやましいことはないのだと
言い聞かせる。
「じゃあ、僕はそろそろ帰るから。
楽しかったよ。寂しくなったらまたおいで。」
「はい。こちらこそ、
色々ありがとうございました。」
「ユウト、助かったよ。ありがとう。」
「北斗も、いろいろ気を付けてね。
また会おう。」
「じゃあね、ユウトー。また明日。」
「うん。また明日。」
ユウトとナツキはあの高級マンション
住まいである。
普段から交流があるのだろう。
「じゃあ、玲ちゃん。またね。応援してる。」
「はい。ありがとうございます!」
そしてまた朝が来る。
少女の運命の日まであと五日。




