9話 君の秘密
翌朝。
代わりの守護役として訪れたのは、
国民的スーパーアイドル黒崎ユウトその人だった。
「おはよう。昨日ぶりだね。玲ちゃん。」
「おはようございます。
………宜しく……お願い……致し…ま……す……。」
まさか彼自身が来るとは思っていなかった。
緊張で言葉が上手く出てこない。
「お前が引き受けたのか。ユウト。」
見送りの為に一緒に来ていた北斗が言う。
「僕なら面識もあるし、実の弟の方が
少しは安心するかと思って。」
「そうだな。じゃあ、半日頼む。我が弟。」
「任せて。暗くなる前には帰ってくるから。」
まるで幼子を預ける時のようだ。
玲はホテルをチェックアウトして
ユウトと共に出発し、
北斗はホテルの滞在をもう一泊延長する
ことにした。
夕方に玲が戻ったらチェックアウトして
寮に戻る予定だ。
○某高級マンションにて○
玲とユウトはマンションに到着する。
「ここだよ。」
「うわあ。」
着いた先はタワーマンション。
玲からは驚きのあまり、お決まりの感嘆詞しか
出てこない。見上げても最上階が見えなかった。
「さて、じゃあ入ろう。」
「あ、ああ、はいっ!」
建物に圧倒されつつ、玲もユウトに続く。
中に入るとフロントの人が出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ。」
そして爽やかな笑顔をもらった。
「あの………?」
やはり気になってしまう。
「勿論、彼らも死神だよ。
ここに常勤している人たちはみんなそう。
彼らはこのマンションの中で、こちらの世界にいる
死神たちの管理をしているんだ。
現場管理人って仕事ね。」
「人間界でお仕事してる死神さんですね。」
「彼らは基本的に、ここを出ることはないんだ。
このホテルにいる住人の位置情報は
全部送られてくるようになっているから、
万が一の時に対応してもらえるんだよ。」
「万が一って?」
「うーん。滅多にないけど、事故とか、事件とか。
基本的に僕らの体は死ぬことはないからね。
そっちは問題ないんだけど。
どう見てもお亡くなりの方が、
次の日ピンピンしてたらちょっと困るでしょ?
だから、その辺の印象操作とか、
情報操作とかもしたりする。」
「色々するんですね。」
「うん。さあ、こっちだよ。」
中を進んでエレベーターに乗り込む。
「あれ?このエレベーター………?」
少し特殊な形だった。
階数を指定するボタンがなく
代わりにカードをかざす機械がついている。
「仕事柄、何階に住んでるのかまでバレると
困るから。
分からないようになってるの。」
「なるほど。」
「このカードに入居者の情報が入っていて、
その情報を元に目的の階に連れて行ってくれる。
別な階の誰かに会いたいときは、
会いたい人を指定してエレベーターを動かすの。」
万全のセキュリティで管理されていた。
「でもお客さん来たら何階に来てくださいって
ならないんですか?」
「その時は、僕らが自分で降りて迎えに行くんだ。
人間だけじゃ動かないからね。
勿論、事前にその人間の情報が正しいのか、
受付から僕たちに連絡がくる。
本人が認めた人しか入れないって仕組み。
人の出入りも全部受付が監視してくれてる。」
「芸能人にはもってこいのシステムですね。」
「そう。悪意のある人とかを絶対に通さない
ようにしてある。
受付の彼らがいるから僕らは守られているんだ。
ちなみに彼ら、大人しそうな顔して
実はめっちゃ強いから。不審者が来ても安心。」
「それはちょっと見てみたいかも。」
あの爽やか笑顔の人が本気を出したら
どうなるのだろうか?
「凄いよ、彼らは。ちょっと特殊だ。」
「特殊?」
「僕らが基本的に相手にするのは、
死期が迫っている人たちだけ。
まだまだ元気な生身の人間を相手にする
わけにはいかない。
僕らがやったら、死ぬ予定じゃない人が
死んでしまうから。
それは人の運命を司るものとして
絶対にできないようになってる。」
「運命を司る………。」
自分もこれから彼らと同じ死神になろうと
している。
自分は本当にそんな存在になれるだろうか?と
彼女は少し不安になった。
「それに対して、彼らは普通に生きてる人間が
対象になっている。
逆をいえば彼らは人間を無力化できても
殺すことは絶対に出来ない。」
「へえ………。」
いろんな死神がいるものだ。
「あとは、戦闘で助けが必要な時の
応援人員を手配してくれる。
司令塔みたいなものだよ。」
「戦闘もあるんですか?」
「そう。やっぱり話してないんだね。
まず、これが北斗の隠し事の一つ。
悪霊たちがいるでしょ?
あいつらね、最初はちっちゃいくせに、
放っておくと大きくなって手に負えなく
なるんだよ。
だから、小さいうちに大体を始末するんだ。
一個一個は激弱だけど、数が多いと面倒だから。」
「じゃあ、もしかして。」
「そう。ライブの時に北斗が居なくなったのは、
会場の外のヤツらを蹴散らしてたから。」
「それならそうと教えてくれても良いのに。」
「君を不安にさせるんじゃないかって
思ったんだってさ。全く心配症だよね。
君だってあれを見るのは初めてじゃないんだから、
ちゃんと伝えた方が突然いなくなるより
安心できると思うけど。」
「そうですよね、私もそう思います。
突然いなくなるとどこに行ったのかなって
思って怖いです。」
余計に不安が増してしまう。
「まあ、せっかくライブを楽しんでいる所に
水を差したくなかったんじゃない?
北斗なりの優しさだね。
予定ではライブが終わる前には片付けて、
平然と戻ってくる予定だったみたいだし。
カッコつけたかったんだね、きっと。」
「その理由はちょっとかわいいかも、ですけど。」
まるで子供のようだ
「玲ちゃんとしてはどうなの?ヤツらが出たって
聞くだけでパニック起こしそう?」
「うーん。確かにライブに行くときの電車の中で
見たときは、かなり久しぶりだったから
パニック起こしたんですけど、
今はそこまで過敏にはなってないです。
北斗さんがいるから安心している部分もあるけど。
だから、急にいなくなるのは、
止めて頂きたいです。」
「うん。そうだね。じゃあ帰ったら
ちゃんとそう伝えてあげて。
きちんと言えば分かってくれるから。
話し合うことを恐れなくていいよ。」
確かにそうだ。昨日、話をしたとき、
どこに行ったのかをきちんと質問していない。
もう少しきちんと話をしていたら、
北斗からも何か教えてくれたかもしれない。
「そうですね。話し合うために
言葉があるんですもんね。きちんと使わないと。」
「そういうこと。そして、ここが僕の部屋だよ。」
ある部屋の前でユウトが止まる。
部屋番号が書かれていない。
これも住所を知られないためのものだろう。
「さあ、どうぞ。」
「お邪魔します。」
部屋の中は白と黒でシンプルにまとめられていた。
CDラッグには、彼の作品は勿論、
様々なジャンルのCDが入っている。
作曲のためのピアノもある。
スピーカーやヘッドフォンにもこだわりが見えて、
ミュージシャンらしい部屋だ。
「素敵な部屋………。」
ユウトは自分で曲を作っている。
この部屋から数々の名曲が生まれていると思うと
ワクワクした。
「ありがとう。お茶を出すね。
珈琲と紅茶どっちがいい?」
「あ、えっと、紅茶で。」
やっぱり緊張する。なんといっても
国民的スーパーアイドル黒崎ユウトの部屋である。
寛げという方が難しい。
少しするとユウトは慣れた手つきで
紅茶を運んでくれた。
「はい。どうぞ。砂糖とミルクはお好みで。」
「ありがとうございます。あ、いい香り。」
ベルガモットの香りが心地よくて、
少し落ち着いた。
「さて、じゃあ、北斗の昔話をする前に、
一応こっちにいる死神の話をしておこうか。
ここに新しい候補生が来た時の恒例行事だから。」
「他の人も死神になる前にここに来るんですね。」
「死神の世界をより知るためにね。
向こうを見学にもいくけど、
あっちで見られるのはあっちの仕事だけだし。
だから人間界側の話を僕からしておこう。」
「はい。お願いします。」
「まずは僕の仕事から。
僕の場合は監視役って言われてる。
この仕事は悪霊の元になる負の感情が
人間の中に充満しすぎないように監視し、
浄化する者たちのことだよ。
僕の場合は歌で浄化する。」
「芸能活動がそのまま死神の仕事なんですね。」
「うん。他の監視役も芸能系が多いかな。
あと、作家とか演奏者の中にもいたりする。
芸術系の職について自分の作品を通して
人間を勇気づけたりする。
生きる活力って感じかな。」
まさにユウトは玲にとって
生きる活力になっていた。
「あとは、救護役っていう人もいる。
こっちは医者とか、消防隊員の中に居たりする。
本当はまだ死期が遠い人たちが、何かの原因で
死の間際に立たされたりしたときに
助けたりする。」
「死期って簡単に変わったりするものなんですか?
なんか、絶対揺らがないって感じがします。」
「頻繁には変わらないよ。寿命で定められていれば、
不慮の事故で亡くなることも勿論ある。
そういうものは動かせないけど、ヤツらが関与して
人間の寿命を食べていた場合には別。
そういうものを取り払って、
ちゃんと寿命を返してあげる仕事。」
「食べるんですか?寿命。」
恐ろしい話だ。
「そう。人間の生命力を食べた悪霊たちは
特殊だからね。関与している奴はすぐに分かる。
そういう奴らを排除するの。」
「そ、そうなんですね……。」
「ごめんね、ちょっと怖くなっちゃった?」
「い、いえ。大丈夫です。」
少し冷や汗が出るくらいで済んでいる。
「あとは、回収役ね。魂を迎えに行くお仕事。
人間界ではこの役回りが、よく言われている奴だ。
鎌をもって人間の魂を刈りに来るってやつ。」
「有名なやつですね。」
「不本意だよね。僕らを不吉の象徴みたいな
扱い方しちゃってさ。
人間が快適に生きて行けるように
皆、尽力してるんだけどね。
イメージ戦略の問題だろうけどさ。」
確かにそうだ。死神と聞けば
不吉なイメージを持ちやすい。
実際には人間が健やかに生きていけるように
悪霊を排除し、然るべき時を迎えた人を
迎えに行く者たちだ。
決して無差別に襲っているわけではない。
それでも何も知らないものからすれば、
恐ろしく見えるものなのだろう。
先入観というのは悲しいものだ。
「中々難しい所ですね。」
「ほんとにね。困っちゃうよ。」
ユウトが、やれやれとため息をつく。
「あ、回収役は天界の方にいるんだ。
世界中飛び回って、その都度人間界に降りて
仕事をするの。」
「じゃあ、世界を旅する感じの仕事っていうのは。」
「そう。回収役のことだね。
人間界になじみの深いところで言うと
こんな感じかな。
で、次はお待ちかねの北斗の話。」
本題はここからだ。
「北斗は、言わずと知れた守護役ね。
これはちょっと特殊で、新しい死神の子が
生まれた時に任命されるやつ。」
「私が生まれる前は北斗さん、
どんなことをしてたんですか?」
玲が生まれるタイミングで守護役になったなら、
その前までは別の役職があったはずだ。
「北斗は導き手だった。」
「導き手?」
「上に上がって来たはいいけど、
現世への未練があって、転生できない魂とか、
そもそも現世を離れられない魂とか、
そういう迷子たちを助ける役だ。
彼らの無念を聞いて、出来るだけ叶えられるように
してあげる。
人生最後の願いを叶えてあげる仕事だね。」
「最後の願いを聞き届ける仕事……
北斗さんならなんでも叶えてくれそう。」
「そうかも。どこかの景色を見てみたいとか。
家族にこんなことを伝えておきたいとか。
そういうの。
あ、犯罪みたいなのを望むと勿論却下ね。」
「成程。じゃあ、私が見送られた後は、
そこにまた戻るんでしょうか?」
「そうだねぇ。見送った後の仕事は自分で決められる
から、北斗次第かな。
気になるなら聞いてみたら?」
「そうですね。そうします。」
「うん。あとは守護役してる間の仕事ね。
当たり前だけど、死神の子を守るのが
一番の仕事。」
「ずっと守ってもらってます。私。」
そう。きっと自分が気が付いてないだけで、
彼に守られて生きていたのだろう。
「うん。上に上がるまでの間なんだから
甘えとけば良いの。まあ、今は僕もいるし、
このマンションの中なら安全だから大丈夫。
あと北斗の戦い方は日本刀なんだよ。」
「日本刀……。」
「意外?」
「いえ、似合うと思います。でも、日本刀なんて、
どこにも持ってなかったから。」
北斗はいつも荷物を持っていなかった。
「死神は、その時自分が欲しいものを作り出して
行動するから荷物がないんだ。
魔法使いみたいなものかな。」
「それなら納得です」
「北斗の日本刀カッコイイから見せてもらうと
良い。」
「……お願いしてみようかな。」
ちょっと見てみたい。
「それから、北斗についてだけど、戦い方としては
結界と式神を使うんだ。これが結構体力使うの。
玲ちゃんのいるところには、いつも結界張ってた
みたいだね。
昨日あった時、結構疲れてたみたいだから。
休ませるのもありだよねって言ったのは
そのせいもあったんだ。」
「確かに、昨日戻ってきたとき、
少し疲れていたような気がします。
大丈夫でしょうか……。」
「あまり心配しなくていい。
死神の体は死なないからね。
せいぜい力使い過ぎて熱出すくらいだよ。」
「それでも、結構大変だと思いますが………。」
「まあ、心配ならそろそろ帰るのも良いかもね。」
時刻は十五時を過ぎたあたりだった。
気が付けば結構長居している。
「でも、私が帰ったら、また北斗さんに負担を
かけるんじゃないでしょうか?」
「そこは大丈夫。今日の夜まで守護役の権限は
僕にあるから、僕も一緒にお邪魔するよ。
問題ないかな?」
「はい。お願いします。」
「じゃあ、一回北斗に連絡してみようか。」
ユウトが連絡を入れる。
コールはなるが応答がない。
「出ないね。」
「何かあったんでしょうか?」
玲の顔に不安がさした。
「取り敢えず、行ってみようか。」
「はい。」
そして二人は北斗のもとへと急ぐ。




