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『そこはかとなし』

黒百合の花言葉

作者: 佐藤のう。

夏の始まりにふさわしい小説です(嘘)

「私が早百合だって言ったら信じる?」

 目の前に静かな微笑を浮かべた、自らを早百合と言うその少女――空木柑奈は息を切らす私の前で穏やかに言い放った。

「ごめん、言ってる意味が……。早百合?」

 突然何を言い出すのか。目の前に居るのはどこからどう見ても同じクラスの空木柑奈である。

 私の言葉に彼女は小さく笑った。夜のせいで彼女の表情はよく見ることができないが、どこか楽しそうな雰囲気が伝わってくる。もしかして私はからかわれているのだろうか。

 早百合という名に覚えはない。クラスにも居ない名前だ。首をかしげて考えていると闇の中でまた小さく笑う声が聞こえてきた。

「ごめんなさい、からかったりして。心配して追いかけてきてくれたのに」

「あ、冗談……」

「みんな待ってるよね。戻ろうか」

 厚く空を覆っていた雲はいつの間にか流れており、真夏の夜空に皓々と輝く月が眼前に広がる海を照らす。呆然としている私の横を通り過ぎる彼女の表情はいつも教室で見るそれと変わらなかった。

「待って!」

「夏澄さん?」

 振り返って思わず彼女の服を掴む。咄嗟に動いてしまったものだから、次の言葉など持ち合わせていない。掴んだ手を離すことも出来ずに、必死に言葉を探す。

「早百合って誰?」

 出てきた言葉は至極平凡なもので、率直すぎたと言ってしまった後に気づく。気まずさを覚えながら彼女を見ると聞かれると思っていなかったのか、じっとこちらを伺うように見てくる。やがて今まで聞いたことのないような大きな声で彼女は笑い出した。なぜ笑われているのか私には分からなかった。それでもこんな風に笑う彼女を見るのは初めてで、笑われたことへの羞恥よりも物珍しさの方が勝ってしまった。

「あはは、はっ……!面白いね、夏澄さんは。ふっふふ……」

 一通り笑った後、満足したのかいつもの表情に戻る。そして真面目な声で私が問うた理由を話し始めた。

「早百合はね、愛した人に裏切られて死んでしまうの。黒百合が咲いたときに相手の家は絶えるだろうって言葉を残して。実際その通りになった。そしてこの話を聞いたとき、早百合は間違いなく私だって思った」

「はあ」

 話された理由は何てことの無いただの早百合と言う人物への心酔であった。生まれ変わりだとかそういうものかと思っていたが意外にも普通の答えで返事も気の抜けたものになってしまった。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼女は話し続ける。

「夏澄さんにはこの気持ちは理解するのは難しいかもね。でも事実なの。……夏澄さんは、黒百合の花言葉、知ってる?」

「……ううん。聞いたことない」

 そう言いながら私の頭は何故か聞いてはいけない、そう警鐘を鳴らしていた。じり、と後ずさる。同時に彼女もまた一歩近づいてくる。

「黒百合の花言葉はね」

「いい、言わなくて」

「恋、それから」

「いいってば!」

「呪い」

 身動きの取れない私の耳元で少し低めの声が響く。その響きはまるで甘い毒のように身体を駆け巡った。力が抜け落ちてその場にへたり込む。

 遠くで誰かの呼ぶ声がする。

 空木柑奈は初めのような静かな微笑を浮かべ、海を眺めていた。月は既に雲に覆われて、広がるのは底の無い真っ暗な闇だけだ。


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