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趣味小説家は出版の夢をみるか

 起きたのは11時。

 

 

「今日は月曜日か……」


 社会の流れからすれば「良いご身分ね」というところだ。

 月曜日の朝から満員電車に揺られ、会社務めをしていた時を思い出す。

 【世の中に寝るより楽はなかりけり如何なる馬鹿が起きて働く】

 という文人の迷言もあるがそんな風に思える訳がない。


 創作は生活習慣や健康など考慮してくれない。

 トイレで大をしてる時。

 風呂に入っている時。

 空腹に耐えかね自炊でもしようものなら鍋が沸くのを待っている瞬間。

 インスピレーションの女神が降りてくる。

 その閃きを失わないうちに執筆しなければ泡と消えてしまう。


 今はその時ではない。

 執筆机に向かい、小説支援ツールを起動し書き始める準備をする。

 筆が進まない時は投稿済みの作品を見直し誤字・脱字を探す。


 

「今日も一冊も売れてない……か」

 

 売上レポートをチェックする。

 最近は新刊を出していない、新刊がでなければ他新作に埋もれて行く。

 売上は無くて当たり前、月に一冊売れれば御の字だ。

 プロの職業作家なら定期的に新作を出版しなければ立ち行かなくなるのだ。

 

 プロットはある、山のようにある。

 だがどれもまとまらず、形にならない。

 形にしようとすれば、作品に仕上げられるボリュームにならない。

 くだらない思いつきに過ぎないという事実に行き詰まり絶望する。

 

 ピンポンピンポンピンポンピンポーン

 

 来客のチャイムがなる。

 頼んでいる荷物は無い、連打チャイムには心当たりがあった。

 寝ぼける脳に深呼吸をして酸素を送り込む。

 玄関へ行きドアを開ける。

 

 

「開けるのおっそーい!」

 

 飛び込んできたのはマンションの三階に住む佐藤家の次女、佐藤利香子ちゃん。

 高校二年生であった。

 だが待って欲しい、やましいことなどなにもない。

 望んでこうなった訳でもなく、この事態を歓迎している訳でもない。

 そう、あれは私が脱サラをして本気で小説家になろうとした時であった。

 


 ―――――


 ネットで見た自己出版の電子書籍を宣伝する方法……。

 手書きの自作本宣伝チラシを自分で配るナカキン方式を実際に試してみた。

 効果は期待はしていなかったが、まあそれなりにあった。

 

 配った月に一、二冊……知名度ゼロの素人自己出版だ、御の字である。

 想定外だったのは売上よりも町内で[作家先生]として有名になった事であった。

 平日の日中に買い物に出かけるとき、マンション住まいだと意外と目立つ。

 [無職の人かしら]から[チラシの作家先生]へランクアップしたのだ。

 

 ある日、A棟三〇一号室に住む奥様より声をかけられた。

 

 

「作家先生、うちの娘が小説書いているんですけど。

 暇な時でいいんで見てやって貰えませんか」

 

 作家は書いていない時が暇な時では無い。

 病める時も健やかなる時も、だらしなくネットを彷徨っている時も。

 夢を見ている時でさえ作家業の一つである。

 

 返して単なる趣味の執筆家はどうか。

 何の責任もない趣味である。

 駄文をぶちまけようがプロットなしで話に一貫性が無かろうがエタろうが好き放題。

 その割に評価を求め、素直に評価されると賛辞でなければ精神を病む。

 

 

(断じてお断りします)

 

 と言えれば楽なのだが、そうもいかない。

 せっかく上がった狭いマンション界隈の評判を地に落とす事になる。

 

 

「勿論いいですよ、どこに投稿してるなんてタイトルですか?」

「あー……娘に直接伝えるよう言っておきますからよろしくおねがいします」

 

 最悪の事態である。

 暇な時に読んでおく、なら時間の制約は無い。

 だが執筆者本人が来るとなれば客人対応をしなければならない。

 当然、作品の評価を直に求められる。

 

 この後一ヶ月にわたり、娘さんの来訪に悩まされる事になるとは知る由もなかった。

 ―――――

 

 

「なによう」

「いや……何か飲むか?」

「あ、じゃあなんちゃってレモンティー!」

 

 なんちゃってというのは、レモンが常備してある訳ではなく粉末クエン酸で作るから。

 夏に向けて水代わりに飲めるよう大量に作っている。

 サトリ、こと佐藤利香子ちゃんはほぼ投稿小説の更新ごとに遊びにやってくる。

 

 ストーリーの進行具合を考えると、ようやく作品が完結したんだろう。

 他人の家で我が物顔で寛ぐサトリを尻目に、投稿サイトを開き作品をチェックする。

 

 

「……」

「……」

「……ふむ」

「……どうだった?」

「うわっ!? 脅かすなよ」

「だって、完結したらちゃんとした評価してくれるっていったじゃない」

 

 確かにそういう約束だった。

 およそ一ヶ月に渡り、細かな誤字指摘や矛盾点等は指摘してきた。

 しかし全体のストーリーについての評価は避けてきた。

 

 

「まず誤字が8箇所」

「ぐえっ」

「全体のストーリーとしては目新しさのない冒険譚だな」

「だめなの?」

「いやだめじゃない、良く出来てる。 凡庸なストーリーだが面白い」

「マ?」

「マ」

 

 その証拠に、PVが2000以上ある。

 投稿サイトで知名度が全くなく長期連載でもないのだから多い方だろう。

 プロットから組んでストーリーに矛盾が無く伏線もあるのだ。

 一番最初に見せられた作品は酷かった……いや、やめておこう。

 

 

「まあこれからはどんどん書き続けていけばファンもつくんじゃないか?」

「……」

「まあ毎日更新だと疲れるだろうから書きたい物が見つかるまで休止でもいいが」

「書籍化して貰えるかな?」

「無理だ」

「はやっ! 酷くない?」

 

 自分が執筆した作品の書籍化を夢見る、これは流行病のようなものだ。

 最初は妄想だけしていたストーリーを言語化したい。

 書き上げた作品を色んな人に読んで貰いたい。

 言い方は悪いが投稿サイトならここまでは誰でも出来る。

 だが、そこから先。

 

 作品を拾い上げられ、書籍化するとなると話は大きく変わってくる。

 技法とセンス、知識を問われ、金を取れる実力がなければ原稿を突き返される世界とはまったく別の世界。

 コンテストに受賞したり、出版社に見つけられ売れると判断される強運が必要となる。

 実力が無くては駄目だし、実力だけでも駄目なのだ。

 

 

「そっか……そうだよね、書籍化したいなあ」

「書籍化……<したい>のか? <して貰いたい>じゃなくて? それなら出来るぞ」

「えっ?」

「えっ?」

「で、できるの?」

「私の本は出版社なかっただろ? 私が自己出版したからな。 チラシも自作だし」

「やり方教えて!」

 

 私はニッコリと首肯した。

 そう、この物語は一人の女子高生が自らの作品を電子書籍で出版するまでの備忘録である。

「たま異世界転生」を書籍化した流れを、小説形式で形にしていく予定です。

不定期更新になるかも知れませんがよろしくおねがいします。

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