第八話 大切なのは、完遂する技能と忍耐
誠に残念ながら彼女に惨たらしい黒星した良正の身は依然、王宮医務室の清潔を極めたベッドの上にあった。
あまりの負けっぷりに感傷的になりたくもある彼だったが、ここらで止めにしないと終止符の打ちどころを見失い、矢目だらけの死体になりそうで、結局、通常運転に切り替えした。
バカ勇者の教師をする羽目となり、良正は意図せぬ形ではあるものの【称号】を獲得したので、その装着を試みるのだった。
✣
教師、という職業柄か良正の身辺のことを行い司る中枢機関――ゲームでいうところのメニューが教師簿となっている。
どうやら彼の脳と連動しているらしく、その脳波か何かでメニューが自動展開するシステム。
――それでは満を持しての……ステータス、展開ッ!!
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鈴木良正
【職業】
“伝説の勇者”候補→“伝説の勇者”教師
【称号】
なし→新米教師、“伝説の勇者”側近
上記、二つの称号を新たに獲得しました。
現在、称号は未装着状態です。
どちらを装着しますか?
《新米教師←|→“伝説の勇者”側近》
※称号獲得時、対応装備を獲得
※称号装着時、自動装備変化
【装備】
初期(赤チェックシャツ&黒ジーンズ)→|
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良正がステータスを思念すると、瞬く間に手元の教師簿が開き、その上にメニューが展開される。
展開されたメニューは、構ってほしそうに良正の視界を塞ぐ。
それを見ると、彼の希求するステータスが明瞭に表示されていた。
良正は淡々と、それを上から順にキレよく読み進めていく。
その途中で、彼の瞳孔は開いたまま、釘付けになった。
称号欄の注意書き、そこには良正にとって有益な一文が記載されていた。
「称号獲得時、対応装備を獲得……!」
今はあいつのせいで患者服に身を包んでいるわけだが、今後ずっと赤チェック黒ジーンズで生活というのは厳しい、と思っていた良正に正しくビンゴな情報。
これは彼が異世界生活、いや、ダイアス生活をするにあたって身になる、実に素晴らしい情報であった。
が、称号とかこういう類は何より実用性が肝心、そう思った良正は、称号についての詳細な情報を得るため、『HELP!』と思念。
瞬間、メニューが呼応し、知りたい情報が直接脳に流れ込む。
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【称号】
装着することで、その者の身分や地位を簡単に示すことが可能。主に何事かの達成時に獲得可能。
例として、新たな能力に覚醒した、あるいは能力を獲得した場合、ステータスが一定値を超えた場合等が挙げられる。
例外的に、役職に就くことで獲得し、能力等を得る場合も存在する。
それらの大概は抽選や一方的な意志の働きといった性質を持ち、大きな力を宿す。
※勇者とその側近ほか、役職に任命・指名された場合等
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その情報を参考にすると、良正の獲得した二つのうち【“伝説の勇者”側近】は「例外的」に該当し、【伝説の勇者】とまでは言わないまでも、能力が――近似した強化が得られるということなのだろう。
そうとなれば、彼が選ぶのは、選ぶべきは……
『右だ! 【“伝説の勇者”側近】を選択する! さあ、偉大なる強化よ我が手に!!』
言わずもがな、当然、天地が翻ろうと右一択である。
鈴木良正という男の前では、横着も降着ももはや意を成さない。
――これで、これで俺は強くなれる。さっきの戦闘だって、強化を除けば俺の方が強かったんだ、俺の方が…俺の方が……
「ウォーン、ウォーン、ウォーン、、、」
「はぁ……なんなんだ、この煩いのは」
召喚時のように、意識の水面に顔から身体を浸し奥底に嵌りかけていた良正は、余りに騒々しく狂った異音によって現実へと半ば強制的に引き戻された。
その音は妙に耳に障る、救急車やパトカーのそれだった。
が、そんな鬱陶しい音が響き続けているにもかかわらず、彼の周りは誰一人として全く反応を見せない。
無論、勇者の彼女も。
「ぐッ……なん、で、音が近づいきてんだよ……ッ!?」
それは打ち寄せる波のように強まり、良正を苛む。
「ッ、ガあアぁあァぁアあァあアああッ……」
「あのお方は何をされているのだ……?」
「絶望のあまり狂ってしまわれたのだろうか……?」
「「嗚呼、お可哀想に……」」
――聞こえてるっての、クソッタレ召喚士どもめ
終いには、唸りながら苛まれる彼に対し、何か汚いものでも見るような冷酷な眼差しを向ける始末。
それでも、良正は至って冷静だった。
羞恥、恥辱云々よりこの怪現象の解決を最優先と捉え、事の肥大化を防ごうとしたためである。
これはあくまで彼にのみ起きており、彼以外には無関係と見えるため、どうもこうも上手く伝わるはずもない。
変に事が広まり、厄介なことに一大事に昇格されては迷惑以外の何物でもない。
彼女に関して言えば、良正が迷惑をかける以前の話である。
――あいつは途方もないバカで、底なしのバカで、言ってしまえば“どバカ”だ、邪魔にしかならない
「これはなんとしても、独力で解決せねばならない……ッ!」
そう、孤独な良正は腹を決めるのであった。
✣
「んッ。つっても……どこを! 見ても! ないんだよなぁ……」
晩餐の一部がまだ残る卓の下に潜り込み、その影の上を、蝋の先でちらちら揺れる灯と共に動きながら良正は言う。
「これまたテーブルの下など覗き込まれて、あのお方は何をされているのだ?」
「はて。しかしまあ、急遽この王宮に住まわれることになったのだ。自室でなくともご確認になるものでしょう」
「そういうものかの」
「そういうものですな」
当然かもしれないが、二人の叔父様召喚士に不審がられ、何が滑稽なのか知らないが、ほんの少し笑いものにされている気もする。
――だから、さっきから聞こえてるっての。せめて【以心伝心】とか何かしら使って上手いこと本人にだけは聞こえないようにしといてくれよ、お願いだから
その後、若干の恥じらいは残しつつも、良正は順調に捜索活動に勤しんだ。
初め、辺りに不審物や不審者等がないか隈無く捜すも一切見当たらなかった。
不審物に限って言えば、床の隙間に絨毯の下、サッシなど部屋中余すことなく確認していったが全くもって駄目だった。
「ごめんな。みんな、ちょーっと静かにしててくれ。うーむ……」
「……今度はまた御目を閉じられ部屋中を歩き回られて、一体何をなさっているのだ?」
「はて、きっと視覚なくしても歩けるか確認しておられるのだろう」
「何故のことだ?」
「さて、何故でしょうな」
「「……」」
――再三になるけど、コソコソ話のつもりか知らないが、聞こえちゃってんだって、最初から。お前ら二人、どんだけ話好きなんだよ。井戸端会議ババアかってんだ。無駄に歳食ったジジイ二人組のすることじゃねえだろ。てか、意見出すならその先くらい考えとけよ!!!
と、次に耳をよく澄ましながら部屋中を歩き回り、音源の位置をより丁寧に探ったが、どこでも同音量同質でまたも見当たらず。
ジジイどものツッコミどころは山ほど見つかるのに。
しかし、この二つの確認過程を経て情報を得たことで、良正には大方の見当がついた。
「これだけやっても見つからないってことは……あ、やっぱな」
異音の正体は、彼の教師簿だった。
それなら、もっと早くに気づいてもいいのではないか?
そう思うかもしれない。
だが、この教師簿は良正の脳と連動しており、彼が意を示さない限りただの教師簿なのだ。
確かに、彼は音源を探すときまず最初に開いたが、その時は単に中を確認するだけと思考したため、当然メニューは出てこない。
ただの教師簿を開き、その中を見ただけの結果となってしまっていたのだ。
そして、肝心の音源の正体はそのメニュー、の中のシステム。
称号の装着を任せていたので、その完了を告げるための音だったらしい。
称号はその他の様々と紐付けられるため、普段は時間を要するが、空きに差し込むだけの今回に限っては、そうでなかったらしい。
まだ、その設定だなんだと弄っていなかったがために起きた小さな事件。
怠慢を働いてしまった自分の不始末に、穴があったら入りたい、とひとり恥じらう良正だった。
✣
その後、落ち着いてからメニューを再度確認すると、ステータスアイコンに赤いマークがあった。
「こ、これは……!」
大切な情報を知らせるものと直感した良正は、アイコンを目一杯力を込めて押した。
メニューに指がめり込み、実体を持った紙製の教師簿が剥げそうになるのに目もくれず、押し続けた。
システムが立ち上がるのに必然的にかかる時間すらも許せず、彼は無益な連打を当分続けた。
そして、やっと。
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鈴木良正
【職業】
“伝説の勇者”候補→“伝説の勇者”教師
【称号】
なし→““伝説の勇者””側近
【装備】
初期(赤チェックシャツ&黒ジーンズ)→純黒のローブ(古龍毛製)、濃紺のワイシャツ(古龍毛製)、濃紺のスラックス(古龍毛製)
【性能】
魔力 なし
言の波 25000+0+0→25000+0+5000
・通常出力 1500/分 → 3000/分
・最大出力 15000/分 → 22500/分
魔法耐性 なし→Lv.1
属性耐性
・火 なし→Lv.1
・水 なし→Lv.1
・木 なし→Lv.1
・光 なし
・闇 なし→Lv.5
・天 なし→Lv.5
・地 なし→Lv.5
※あらゆる魔法・言霊は、基本五属性の火水木光闇と二つの上位属性天地に分類される。これ以外の属性の場合、どれかしらの派生である
【特殊能力】
〖自己愛者〗
いつでもどこでも己を鼓舞し、強化をかけ続ける
〖強固な決意 〗
己の決定、決意は絶対。それに仇なす者には弱化、自身には絶大な強化をかける。決定を完遂出来ぬとあらば、神にも比肩する力を得、その身が灰燼に帰すまで絶えず抗い続ける
〖天才 〗
言霊の同時使用が最大三つまで可能
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自分のステータスを見た良正は、その内容に唖然とする。
――ステータス見られたのはいいが、これって、 もしかして『俺TUEEE』ってやつなんじゃね!?!?
思いもよらぬ展開に、恥辱から潜り込んだ卓に頭を打ち付ける良正だった。