第七話 罪人よ大志を抱け
「っ……冗談、だと……」
ぽつぽつと俯き呟く良正の顔は忽ち霞み、曇り、翳っていく。
丁度、窓外の雷雨、その猛威振るう黒雲のように。
「巫山戯んなぁぁあああッ!!!!」
自分の決意を冗談と冷ややかにあしらい、卑しめ、罵るかのような彼女をこの良正が見過ごす道などない。
「えぇ〜、マジにマジで本気なの〜? も〜、さっきちゃんと謝ったじゃ〜ん!」
『ちゃんと謝った』
そう口にする彼女に、怒りの渦巻く良正は憤慨を禁じ得ず、剰えその熱は一層の高揚を見せ、
「いや、入らんッ! 俺のここに、なんて言うか……あれだ、誠心が伝わってきてないッ! だから、あんなの謝ったに入らんッ!!」
きっと地元で有名であろう頑固ジジイ風の口調を彷徨いながら、彼女の非とも言えぬ非を打つ。
「んもぉ〜!! めんど〜な人だな……じゃ〜、ど〜なっても――知らないよ」
足疾鬼の如く、淀みない嬉々とした凶気が瞬く間に良正の身体を優しく、強かに貫く。
「……フハハッ、フハハハハッ……はーぁ、やっと本気になったか、どぐされクソ生意気ゴミ箱に棄てられし駄犬が」
良正は、その風貌にも性格にも似つかわしくないいたく臭い台詞をつらつら吐くと、その細身の体躯をけらけら揺らし妖しく歩きだす。
「さぁ、どうする? 狼煙はとっくに上がってんだぜ? そっちから来てくれても別に構わないんだが……?」
未だ語り歩き続ける彼の指、地を這うように滑らかに、その右の手から零れ、地に伏した短刀の元へ動く。
片刃に触れ存在を知覚すると、地を塗る紅血には一瞥もくれず、その柄を固く握り直す。
「来てくれないのか? ――ッ、そうだよな……来ないよなぁ……。カハハッ、俺も侮られたもんだなぁ……なら有難くこっちから」
――殺ってやるよ
血染められたその切先を彼女の方へ差し向け、醜く崩れたフォームながら全力疾走。
身体を動かせ、脳を動かせ、最適解の言葉を見つけろ
それが出来れば、それさえ出来れば、アイツなんて路傍の小石に過ぎないのだから
「――【巧遅拙速】」
✣
――俺はあの時、一体どんなことを考えていただろうか
――俺はあの時、一体どんな顔をしていただろうか
きっと、否、客観視するなら確実に、沸点の低い何かのせいで頭蓋から血潮が吹き出す勢いだっただろう
俺の身体に管制室による指揮は通らず、と言うより管制官すら正常に働かず体たらく
顔に至っては生来の死んだ魚の目をくっと吊り上げ、懸命に怒髪天といった雰囲気を出して目前の猫を被った猛虎を威嚇しようとしていただろう
――嗚呼、なんて卑しく醜穢な人間なのだろう
何故、伝説の勇者を相手取って一瞬でも勝てると思ってしまったのだろう
何故、俺はこんな伝説の勇者の類まれなる憐れな言動に反応してしまったのだろう
もしあの時、反応しないでいられたら……あんなことしていなかったら……
「こーーーーーーーーんなことにならずに済んだのにィィィィィィィィィィィィィイイイイッ!!!」
「だ! か! ら! わたし、ちゃ〜んと言っといてあげたのにな〜。ど〜なっても知らないよ〜、ってね~!」
「……ず、ずびィばぜんでじだぁぁあああああああああ!? あの、チョー痛いんですけどぉ、こぉぉおおおおおれぇぇええええええ!!!」
先程から良正の声が所々で力み上擦り、烈なる起伏を見せているのはひとえにアレのためである。
アレ、とは必殺『傷口消毒液&ガーゼ』――別名『怪我人殺し』のことである。
じわりじわりと迫りくる、激しからずとも気味の悪い疎ましいその痛みと、自省が生んだ悔恨の念から、良正の思考は遥か彼方まで果てしなく続く旅路を往くのだった。
✣
へいへいへーい!
そこのやんちゃボーイズ&ガールズ……と、あとは運動部の人、とかか……よくこれ食らってません?
痛ーいですよね、あれ!
超が付くほど痛ーい、リーサルうんたらですよねぇ!
なんと僕、絶賛それを食らってる最中なんです
え?
何故って?
喧嘩ふっかけてぼろ負けしたんです――伝説の勇者に
為す術のない生粋のバカで、力加減とかわかんない奴なんです――伝説の勇者は
一瞬、
「オレ、今さっき時を飛べたんだゼ! それも、過去にだゼ! っちゅーことは、もう【伝説の勇者】? とかぺんぺんぺーんとやっちゃえるってことだよネ!」
って思っちゃったんすよね……
戦い始めて最初のうちは、【称号なし】と【伝説の勇者】との超次元的な差を語彙力で、圧倒的根本的な言の波と、放つ言霊で何とか埋めてたんです
埋められて、上手く渡り合えていた……はずだったんです
でも、奴には称号による異次元の強化があるんです
根本的でない、末端的な言の波が尋常じゃなくあるんです
どんな言霊を放っても軽く僕の数十倍の威力で、総量、出力共にエグいんです
今までの人生二十一年間の僕の頑張りは称号の前に散りましたとさ
そして、僕は思いました
――勉強って、なんでしょうね
その結果、気づいたら視界には見知らぬ天井、医務室でした
今、僕のいるここ、そう、まだ医務室です
結局、勇者の言うことを聞く破目になりました
やはり、凶暴勇者の教師をやらされるようです
――嗚呼、僕、これからどうしましょう……!?
抱いていた一抹の不安は掻き消される、訳もなく、累積に次ぐ累積で雪達磨式に増す一方だった。