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第二十一話 はじまり

 

 良正は、ミスリルとの第二戦――死闘終了後、丸一日昏睡状態にあった。

 その後、子供の声で目覚めるも、見知らぬ可愛げな女児の妙な関わり方に困惑。それがミスリルと知ると驚きを隠せず、朝食時まで引っ張り続けた。

 アスカはそのミスリルを「リル」と呼び、良正と戯れる姿に嫉妬、良正を巡って彼の左右両側で争ったのだった。


 ✣


 一件が落ち着いた後、良正がシェイルベルといくらかやり取りを交わしていると、フェルナンドが急に立ち上がった。

 そして、手を叩き場の皆の注意を引くと声高に喋りだした。


「えー、みんなッ、よーく聞いてくれッ! 今から話すのは、オレが担う良正の最終試験第三戦についての重要な話だッ!! はっきり言おう、オレ、フェルナンド・セルバドスは棄権しようと思うッ!!!」


「「「「えーーーーーーーーーーつ!??」」」」


 場の全員が度肝を抜かれた。

 落ち着け落ち着け、となだめるとフェルナンドは継ぐ。


「と言うのも、シェイルベルとの第一戦とミスリルとの第二戦を見ていて、良正の資質はもう十分見極められたと思っている。何より我らが主君、国王・ダイアス=ヨーゼフの生き写しのような数々の言動。皆も感じただろうが、非常に素晴らしく思うッ! という訳で、オレはここに鈴木良正の【伝説の勇者】桜羽アスカの教師となることを認めたく思うッ!! これに賛同するものは拍手をッ!!!」


 ――何ッ!?? 戦わないでも教師になれんの? 割と楽しみだったんだけどな


 突然のことで良正はびっくりしたが、みんなが拍手をしてくれているのを見て気分が高揚した。やっとアスカの教師になれるのか、と強く実感した。

 ここまでの道のりを振り返ると感慨深いものがある。


 何だか泣けてきちゃうなぁ、そう思っていると良正にはふと疑問が湧いてきた。


「承認されたのはいいんだけどさ……これって第三戦ない、ってことなんだよな?」


 恐る恐るフェルナンドに聞いた。すると、予想通りの返答がなされた。


「え? 良正、今更何を言っている。絶対()()()()、試合」


「試合しないのーーーーーーーーーっ!?? しかも、()()()()()のーーーーーーーーーっ!??」


 良正の最終試験は突然、砂が風に運ばれるほどに呆気なく終幕を迎えた。


 ✣


 遂に、最終試験も最終局面まで持ち込み、三人衆の大将フェルナンドまで漕ぎ着けた。

 これに勝てば俺は全勝してアスの教師になれる、良正はそう思っていた。

 しかし、そんな考えは儚くも一瞬にして崩れ去った。

 第三戦の相手であったフェルナンド・セルバドス、この男の発言によって。


 ――絶対しないよ、試合


 この一言が()()の目標をことごとく破壊し、否定した。

 そして、やることなすこと全てやる気の失せた良正は、魂が抜け屍のようにただ窓際で佇んだ。



「あー、ありゃダメだな。な、元凶さんよ」


「えッ!? シェイルベル、これってオレが悪いのかッ? 良正、すまなかったッ!」


「もう無駄だよ〜、ぐっちゃんはもう、ここにはいないと思った方がいいよ〜」


「そ、そうだね……よしまさは一旦そっとしといてあげよう」


 三人と一勇者は、静かに自室へ戻っていくのだった。


 ✣


「――はっ……!」


 気がつくと、良正の居るそこはもう誰もいない夜更けだった。


 朝日に照らされ煌めき出していた空は、深い漆黒に包まれていた。

 食事の残り香のしていた食堂は、何も感じぬ空虚なものとなっていた。


「っんん。あーあ、俺は何をしてんだか……」


 ぼそっとひとり口に出す。

 誰もいない空部屋の中で、ため息混じりに。

 無表情な己の顔が薄ら映った硝子窓に向かって。


「ってか、それより誰も俺のことが心配じゃねぇのかよっ! 真夜中に言うことじゃないかもだけど腐ってやいないか、あの構成員(メンバー)どもっ!!」


「ねぇ、その腐ってる構成員って……わたしのこと、かな?」


 ここは誰もいない空部屋。

 だから、返ってくる声など決してあるはずない、絶対あるはずないのに、後ろから聞き覚えのある声がする。


 この声は……


「……アスっ!? お前、なんでこんなとこにいんだよっ! こんな時間になにしてんの? 今は夜更けも夜更け、時間にすると零時すぎだぜ?」


 慎重に現状を確認しながらアスカに聞く。


「い、いや〜。あの〜、ちょっと心配になってね……。ぐっちゃん、あの感じでどうしてるのかな〜、まだ立ち直れてないのかな〜とかって」


 なんと、アスカは良正のことを心配してこんや時間にもかかわらず来てくれたらしい。教師思いのいい生徒だ。


 ああ、持つべきものは可愛い可愛い女子生徒だ

 一体誰だよ、「持つべきものは友」なんて言ったの

 きっと女生徒を受け持つことなく過ごしてきたのだろう

 哀れなり、実に哀れなり


 良正は自分の環境が恵まれていることを再確認し、目元を潤ませながら生徒に対して答えた。


「あれからずっと一晩中何も考えられなかったんだ。それくらい立ち直るのは大変だった。けど、アスのおかげでしっかり前を向き直せた、ありがとな! 心配かけてしまってすまなかった。というわけで、フェルナンドのところに行きたいんだけど……」


「ええっ!? なんで〜!? なんで前を向き直したらそうなるの〜、ぐっちゃん!?」


 その返答が想定と違ったらしく、アスカは驚きふためいている。

 用意していた返答ができなくて、どこか残念そうでもある。


 その様子を見ると、()()()()()というよりも()()()()()()の方が適当かもしれない。


「なんだよ……ダメなのか? 前向いた結果、フェルナンドと会おうって言うのは……ダメなことなのか? ただ会うだけだぞ……」


 拗ね気味でぶつぶつ言ってみる。


 さぁ、これにアスはどうする? まず食いついてくるか?


「わ、わかったよぉ……そこまで言うなら連れてくよ〜。そうすればぐっちゃんのしたいことはできる、そうなんだよね〜?」


 ヒット! 物分りがいい子は嫌いじゃないぞ


 良正は計画第一段階の完了を確認、同時に第二段階に移行。


「ああ、連れてってくれさえすればな。わがまま聞いてくれてありがとな、アス! じゃあ、早速行こうか。フェルナンドの元へっ!!」


 ✣


「ゆ・く・ぞ〜、フェルナンド〜の部・屋・へ〜♪ その部屋は〜、三階の〜階段登った右っ側〜♪」


 アスカはただフェルナンドの居場所を教え、連れて行ってくれればいいだけなのに、何故だか上機嫌で、道順についての変な歌までオプションに付け加えている。


 この領域は俺にはまだついていけないや


 良正はその様みて思うのだった。


「しーっ。アス、今はまだ朝早いんだ。俺たちは起きているが、みんな寝ているから静かに、な?」


 諭すような口調で柔らかく言い聞かせる。

 アスカは理解してくれたのか、その後はちゃんと声量を抑えて話した。


「……あっという間に、はい、とうちゃ〜く……」


 しかし、歌うのは止めないらしい。小声でも続ける。


 そうこうしているうち、二人はフェルナンドの部屋前に辿り着いた。

 せいぜい一、二分しか歩いてないのだが。


 それにしても先程からアスカのテンションというか、覇気というか、そういう類のものが良正には感じられなかった。

 普段と比べると気味が悪く、気持ち悪く、モヤモヤする感覚がする。


「もー、さっきからどうしちまったんだよ。そんな感じだと、俺までなんだか辛くなってきちまうだろ。どうにかできないのか? まあ、話したくないならいんだけど」


 我慢できず、本意と全く関係ないのに良正は思わず問うてしまった。

 良正が面倒臭い女子風に聞くと、


「え〜、だって〜。な、なんていうかさ……」


 トーンをガクッと落としながらアスカは言う。

 場に漂っていた砕けた雰囲気は一転し、神妙なものとなる。


 彼女は俯き、その場で静止する。少し間が空いたかと思えば、真剣な面持ちで話し出した。


「――声落とすと元気でないっていうか、そういう気分になれないっていうか。わたしらしさがなくなっちゃうって、削がれちゃうって感じがするんだよね。自分を失くした感じ、っていうのかな。ぐっちゃん、わたし、ってなんなのかな……? どうすれば、どうしてればいいのかな………」


 顔をひきつらせ、暗がらせながらも言葉を紡いだ。


 自分の、自分自身のことを隠さず伝えてくれた

 伝えなくてもいいことなのに伝えてくれた


 ――声を抑えてしまうと「らしさ」が出ない


 ほんの些細なことかもしれない、どうでもいいと言われることかもしれない。

 けれど、彼女にとっては自己の存在を考えるに値することなのだ。

 アイデンティティとも言われる、同一性に関わることなのだ。


『自分は自分であって、他とは違う』


 そんな当たり前のようで当たり前でないことについてのこと。

 それだけ重要な、人の芯に触れるようなことなのだ。


 それを、出会ってまだ十日前後の俺に伝えてくれたんだ

 教師である俺に対して、生徒である彼女が

 顔を歪ませながら、涙をその瞳に浮かべながら

 ここで俺が言わないでどうする


 良正は覚悟を決め、アスカに話し出すことにした。


「――俺だって、二十一だけど、まだわかんないよ。自分が何者か、どうすればいいか。それってそんなに重要かな。何者だって、どうもできなくたっていいじゃないか。そこに自分が自分でいられるなら」


 ――アスがアスでいられるなら、俺はそれだけでいい


「っ…ぁ……っ……」


 アスカはその場にくずおれ、絨毯の上に両膝をついた。

 良正はそれを受け止め、彼女をぎゅっと抱き寄せ、大丈夫大丈夫、と言い聞かせる。

 髪を優しくポンポンしながら落ち着かせる。彼女の気が済むまで、いつまででも。


 こうして、良正は教師としての初仕事? を全うすることができた。


 でも、何か大切なことを忘れているような……


 その後、二人はしばらくその場で自分について互いに赤裸々に話した。

 しかし、彼らは考えもしなかった。


 もう皆が起き出す時間になっているということを。


「………んっ? なんだ、このドア。今日はやに重たいな。まあいいが、なぁッ!!!」


 突如、漢のハキハキとした声とともに、横のにあるドアが勢いよく開かれる。

 バァン! と、大きな音を立てながら開いたドアは、ドガッ! と、痛々しい音を立て衝突したアスカを壁まで突き飛ばした。


「アスーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


「ア、アスーーーーーーーーーーーーーッ!??」


「――ぶべらっ、ぶふぉあっ!!!」



 良正が忘れていた大切なこと、それはフェルナンドと話をすること。

 フェルナンドがまだ起きていないこと


 このドアが外開きであるということ


 それに注意せずドア前に座っていたこと


 ――これは大変な一日の始まりだな


 どうなることやら、な良正の教師生活はまだ、始まったばかり。


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