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第二章 幕間 太陽の向こうがわ

 

 優しく燃える温かな炎――癒しのある朱のゆらめきに身を包まれながら、良正は安堵から短い吐息をこぼした。

 その顔からは疲れが見て取れるものの、どこか嬉々としており、どこも擦り切れ、焼き焦げ、砂をかぶった装いには激戦の名残があった。

 勝利の瞬間、闘技場で天を穿たんと片腕を伸ばすその姿は、まさしく絵画のようだった。


 しかし、その赫々たる様の一方、事の顛末を考えると、そうは言っていられない。


 彼は真に死闘と呼べる戦闘をし、観客に一度死したと思われたのだから。

 実際、死の淵に置かれているのだから。


 未だ、ミスリルによる懸命な治療が施される良正。

 その傷を負わせたのも癒すのも同一人物という前代未聞の状況。

 それも、【四大精霊エレメンタル火蜥蜴サラマンダー劫火ごうか】による火傷を【不死鳥の羽繕い】で治癒するという狂逸くるいはやりな状況。


「らしさ」の解放にミスリルは素直に喜べずにいた。

 良正は本来負うべきでないその身にはあまりに重い傷を負い、勇者であるアスカには精神的に負担をかけてしまっている。


 自分は彼らを教え導き共に戦う良き関係、そんな理想が彼の自責の引き金となっていた。


 辛うじて意識を持って会話できる良正は、一番苦しいはずなのに、


「――みんな、辛気臭いな、ほら、スマーイル……!」


 と掠れた声で言い、口角を上げると、目元がたらんと緩み始めた。


「よしまさっ!! ダメだよっ!!!」


「「良正ッ!! 絶対死ぬなッ!!!」」


「ぐっちゃんっ!! 生きてーーーーーっ!!!」


 治療は、夜更けまで続いた。


 ✣


「……さ、…まさ、よしまさっ!!!」


 可愛らしい子どもの呼ぶ声がする。

 良正はそれに反応し、ゆっくりと目を開いた。


 するとそこには、見知らぬ「きゅるりん」とした印象の何とも儚げで可愛げな天使のような女児がいた。


 ――こんな娘、俺知らないんだけど。まさか、今度こそ異世界転生!?


 彼は瞑目し、自分の身に起きた出来事を回顧する。


 聖龍界ドラゴニアに召喚、【伝説の勇者】アスカの教師に任命

 立派な教師になるべく三人衆から授業受け、最終試験をしていた

 シェイルベルに勝ち、次にミスリルと戦っていて、火球に殺られかけて……


 ――で、どうなった?


 結局その後が解らず、これが本当に異世界転生かという題の是非は解らなかった。死んだ確証も、生きている確証もない。


 そんな中、そのヒントとなるあることを思い出した。

 召喚時、開眼一番に見た()()なら解る、と。


 観ろ、よく観ろ、隅々まで観ろ、鈴木良正!


 自分を奮い立たせながら観察し続け、


「なーんだ。ここダイアスじゃんか……」


 観察結果、ここは紛れもなく平和主義国ダイアスだった。


 良正が観たのは、()()だった。


 この国における彼の居城、王宮リング・ア・ノーヴェルの天井は、どこも大理石でできている。

 彼には本物の大理石をお目にかかることなどそうない、故にその高貴な眩耀は忘れるわけないのだ。


 となれば、残る疑問はひとつ。

 目の前で溢れる涙を拭い、何やら嬉しそうにする女児をじーっと凝視し、


「君、お名前は? どこの誰?」


 彼が丁寧な口調で伝えると、


「そ、そんなにジロジロ見ないでよ〜! ()()になにか付いてるの〜? てか、ボクのこと忘れちゃうなんてかなしいな〜」


 彼女は手足をモジモジして恥じらいを見せながら答える。


 ――いや、まて。こんなかわいいボクっ娘、俺知らないぞ


 良正は白光の中のような眩さに苛まれながら、しかめっ面で思う。

 と、彼女が「しまった!」と開口する。


「質問に答えてなかったね。ボクの名前はミスリル。よしまさだけのミスリルだよ〜っ!」


「げ……!??」


 ()()ではなく()だった、しかもミスリル


 さーっと血の気が引け、良正は青ざめていくのだった。


 ✣


「まさか、こんなやつだったとは……」


 試合終了後、丸一日昏睡状態に陥っていた良正は、朝食時の食堂で席に座ると困惑気味に呟く。


「こんな、とは心外だな〜。このボクを引き出したのは、良正のくせにぃ〜」


 ミスリルはその言葉に、む〜っと頬を膨らませつつ良正との物理的距離を縮める。


「ね〜え〜、よしまさ〜! 隣の席、行ってもいいかな〜?」


「ああ……」


 空返事で済ませる。


 ミスリルの態度が明らかにおかしい、意識が回復したときもそうだが、何か変なことをしただろうか


 妙な雰囲気を恒常的に醸し出しているミスリルに、良正は疑念を拭いきれずにいたのだ。


 最後にお人好しが過ぎたのは彼もよく解っているが、そんなに影響するようなものではない、はずだが、


「おいっ! それは隣の席、じゃなくてただの隣じゃねーかっ!!」


「えっへへ〜、バレちったぁ……」


 という具合にやけに距離感が近く、子犬のように構ってほしそうにくっついてくる。

 しかも、ずっと少年体のままである。


 何故と聞くと、


「普段は素の自分がいいかな〜って。よしまさにも、喜んでもらえそうだし……」


 と言う。

 隠したい思いから見せていなかったのにそこまで変わるものか、と良正は思った。


「あ〜っ! リルく〜ん? 何してんのかな〜?」


 遅れてやってきたアスカがピリつきながら、ミスリルに聞く。

 リル、とはどうやらミスリルの愛称らしい。


「いや〜、よしまさとボクとで愛を深め合ってたところだよ〜!」


「ち、ちげーよっ! そんなわけない、ってアスカさーん?」


「なんだと〜!??」


 ミスリルの挑発とも取れる発言に、アスカは瞬時に反応し、彼らの元へたどり着く。


「ぐっちゃん! ちょっと隣いいかな? いいよねっ!」


 キッとミスリルを睨むと、何故かアスカまで良正にくっつこうとする。


「アスはダメだよ〜だ! よしまさはボクのものなんだから!」


「い〜や、違うね〜っ! ぐっちゃんはわたしのです〜っ!」


 と言い争う二人。

 アスカは強引に身体をねじ込んででも、良正の隣を死守したいらしく、良正は両側を男の娘と女の子の間に挟まれることになった。


「ううっ。ア、アスカさん? それにミスリル? 仲良くできないのか? あと、俺が潰れちゃいそうなのは気にしないんですか?」


「いいでしょ〜、これくらいじゃ潰れませ〜ん! みんなで仲良くご飯食べてるだけだよ〜」


「そうそう、いいことでしょ〜! ま、アスは邪魔だけど――」


「「むむーーーっ! ふんっ!」」


 二人が左右で言い争ったり、バチバチに睨み合ったりしていて良正は気が滅入めいってしまう。


 それに、アスカからは花のような甘くてほわっとした芳香、ミスリルからは石鹸みたいなふわっとした芳香。


 アスカはどこも柔らかく、控えめだけど胸の辺りが当たる特にとドキッとしてしまい、ミスリルはか細く華奢な体躯が儚くてドキッとしてしまう。


 良正はもはや夜食どころではなかった。


「お、おい、お二人さん? いい加減、離れちゃくれないかな? しっかり食べてフェルナンドと戦わなきゃいけないし……ね?」


 そう言うと、二人はサッと各々の席に戻って黙々と食べ始めた。

 スイッチの切り替えが速すぎて置いてかれた良正は、なんだったんだ、と頭が謎でいっぱいになった。


「おい、良正ッ! フェルナンドを倒すんだろッ!! ボケっとしてないで、もっとしっかり食べろッ!!!」


 見かねたシェイルベルに一喝される。


「あ、ああ……ごめん。なんかぼーっとしてた」


「なんかじゃ済まされん、試合まであと四時間を切っているんだぞ。お前はもっと危機感というものを持てッ!」


 母親みたいに口うるさく言ってくる。

 優しい枠のミスリルがいなくなり、かわいい枠に行ってしまったので、良正の中では繰り上げで枠入りしていた。


 そんな風に笑顔でシェイルベルと話す良正を見て、アスカとミスリルは新たな好敵手ライバルを見つけた、と鋭い眼差しを向けるのだった。


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