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第十九話 中堅/ミスリル・ゴルベール 急

 

 良正は、相手の度重なる変異と激烈な攻めに翻弄され、敗北へと歩みを寄せていた。

 しかし、ミスリルの自分語りのおかげで勝利への活路を切り開かんとしていた。


 手始めに良正は、狂気的で猟奇的で偏執的な怒りからミスリルの気を逸らし、小馬鹿にされたことへの怒りにねじ込むことに成功。

 だが、真の姿である【おとぎ話(フェアリーテール)】と【戦闘狂バーサーカー】の双方を兼ね備えたミスリルは相手として未だ厄介極まりない。


 少年体になった分、攻撃力は抑えられているが、移動速度が格段に跳ね上がっている。

 戦闘狂は凌いでいられた良正だが、これでは視界に収めることすら許されない。

 しかも、背が低くなっている分、無我夢中で攻撃しようにも仕方がない。


 そんな風に何も出来ず手こずっている彼を見てミスリルは、


「てめぇはてめぇで、俺様の変化に追いつけてねぇみたいだなぁっ!! それなら、こっちからいくぜぇっ!!!」


 けらけらと楽しげに高らかに笑いながら、


 ――【模倣イミテート不思議の国の女王アリス・イン・ワンダーランド】!!!


 聞き覚えのある本の名を詠唱した。

 あたりから、パラパラと紙をめくる音がするのを良正は感じる。

 その音は次第に速まり、近づき、いつしか彼は引き込まれていった。


 ✣


 ――パタンッ


 本の閉じる音で良正はハッと意識を取り戻す。

 一体何が起きた、と彼が周囲をぐるり見渡すと、そのには、さっきとはまるで違う――おとぎ話の世界のような光景が広がっていた。

 荒廃し寂れた雰囲気を醸し出していた闘技場とは似ても似つかない様に呆気に取られる。


 ――これはまるで、『不思議の国の女王』のような


 そこで良正はピンと来た、これが今のミスリルの能力なのだ、と。


 彼はミスリルの説明時の発言と詠唱からこう推し測った。


おとぎ話(フェアリーテール)】、その能力は名の通り()()()()のような世界(ワールド)を創造するものなのだろう、と。


 それを結界のように周囲一帯を覆う形で展開し、その内では関連する魔法を驚異的な威力と効果で模倣できるということだろう、と。


「ということは、俺は小さくなってる、はずだよな……」


 【不思議の国の女王】は『不思議の国のアリス』の世界ということだろう。

 原作は知らないが映画なら観たことがある、と良正は何となく思い出す。


 ――確か、アリスはクッキーとかにんじんとかキノコとかで身体のサイズを調整していたような


 わかれば話は早い、と良正は大きくなることでこの世界を破壊することを決意した。


 彼の推測だと、この世界は幻覚系の魔法を模倣したもの、壊すのは容易いことだった。


「クッキー! にんじん! キーノコっ!」


 良正は全てを理解して今日何度目かの余裕を見せ、陽気に口ずさみながら捜索。

 しかし、どこかしらの部屋の中だからか、にんじんときのこは見当たらない。

 なら仕方ない、と彼はクッキーのみに的を絞った。


「えー、クッキー、クッキーっと……」


 捜索を続けるが、そうすぐには見つからない。

 段々とストレスがイライラが蓄積し、


 なんだか、だるくなってきたなぁ

 てか、ミスリルのやつはどこいやがる、ふざけんなっ!!


 そう思いを募らせながら上を向いて歩いていると、ボフッとした大きく柔らかなものに突き当たる。


「……んだよッ! こっちは忙しいし、イライラしてんだよッ!! ……って、なんだネズミか。いきなり怒鳴ったりしてごめんな。あれ、この世界のネズミって話通じんだっけ?」


「ぁ、通じまチュー。あなたはどちら様でチュか? 何かお探しのものがあるようでチュが」


 良正が当たったのは、彼と近い丈のネズミだった。

 目をジトッと蕩けさせ、今にも寝付きそうなネズミだった。


 ネズミはその容貌とは裏腹に、案外積極的に良正に話しかけてくる。


 こちらではただのネズミでも人間と喋れて話が通じる、何とも設定のぬるい世界だ、彼は内心高笑いした。


「俺は良正だ。実はクッキーを探していてな。多分箱かなにかに入ってると思うんだが……」


 まあ最初の遭遇者だから知らないんだろう、と彼は情報を見込めないと踏んでいた。


「クッキーでチュか。それならちょうど、ここにありまチュ!」


 が、なんとネズミが持ち合わせていた。


 ナイスネズミ、と欧米人ばりのテンションになりかける。


 これは余裕で戻れてしまうのではないだろうか

 戻ったらすぐミスリルのとこに乗り込んで、それで俺の勝ち


 良正はここからの脱出を確信した。


「ありがとう。俺にくれるんだな! 何から何まで……」


「クッキー? いや、あげないでチュよ。茶会に持っていくんでチュ。では、茶会に急ぐのでバイでチューっ!!」


 ネズミは良正の言葉を聞くなり、正論を言い放って一目散に走り去る。

 彼は真顔で正論をかまされ数秒惚けていた。

 が、この機を逃すわけには行かない、と我に返り必死で追いかける。


 ――人として最悪手だが、ここでは使うしかない


 彼は勘案するもこれがこの場において最善手とみて、ネズミが詠唱の効果範囲内に入るまで走って追いかけ、最悪の言霊を行使。


「おい、そこのネズミ! すまないがお前のそれ、()()()


 ――【鼠窃狗盗そせつくとう


 そう、シェイルベルとの戦いで使ったアレである。

 瞬時、ネズミの手元のクッキーが彼の手元へ移る。

 その様に彼は、


 ネズミに鼠の言霊使ってやったぜ!


 ズレた感動を覚える。

 しかしまあ、これでクッキーを手に入れられたのだから、


「これで俺のかー、ち……!」


 と良正は口にしようとしたが、何者かに腕を押さえられ、ほんの数センチのところで食べられなかった。


「次から次へと、今度は何だよッ!」


 彼が背を見ると、そこには幾人かのトランプの兵隊が立っていた。


「お前が鈴木良正だな。ミスリル様がお待ちだ。付いてこい」


「うわっ、ちょっ、やめろーっ!!」


 ✣


 彼は今、トランプの兵隊によってミスリルの前にその身を突き出されている。

 きっと、立ち位置的にミスリルは「ハートの女王」なのだろう。


 元のサイズのままいやがる、ミスリルのその姿を見て良正はムカついた。


 ――が、綿密に策は練ってある


 まだ良正にはチャンスがあった。さっきのクッキーである。


 奪われたかに思えたが、兵隊から隠すため発見されると同時に口に放り込み、口内で溶かすことにしたのだ。

 大変な点としては、口を不自然に動かしたり噛んで音を立てるとマズいくらい、彼にはどうってことなかった。


 策のおかげで、とても遅くではあるが彼はサイズが元に戻りつつある。

 まだ誰も気がついていないようだ、と笑ってしまいそうになる。

 そんな様子を凝視していたミスリルが話し出す。


「その表情はなんだ? どんな気持ちなんだぁ良正くんよぉ? いい気味だなぁ、けけけっ……よし、皆の者、こやつの首をはねよ! 心配はいらねぇ、気づいてるだろうがこれは幻覚だ。本当に首がはねられるわけじゃねぇ。精神がとち狂っちまうリスクがあるってなだけだ。まあ、せいぜい足掻いて見せろよ、良正くんよぉっ!!!」


 その一言でトランプの兵隊は一斉に絵柄スートの武器の切っ先を良正に向ける。

 しかし、彼は焦っても怖気でもいなかった。

 むしろ、面白がっていた。


 ミスリルが中々に長話してくれて助かった

 こいつは相手が俺だということを忘れてる

 予測なんてしていなくはないか

 本当に馬鹿だとしか言いようがないな


 ――面白かったが、勝つのは俺だ


 と。


「ああ、ならお望み通り足掻いてやるよ。こんな風に、なっ!!」


 ゴクッ、と良正は口内で隠し溶かしたクッキーを飲み込む。


 そこからは早かった。

 彼の身体が一気に膨れ上がり、元通りになったことで世界は破壊された。


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