第十八話 中堅/ミスリル・ゴルベール 破
【戦闘狂】の謎を華麗に解き明かした良正は、意気揚々と逆転勝利の狼煙をあげる。
「『どうこうできやしない』『何ができる』、か。ふふっ、面白いこと言うな。こんな俺でもできることはあるんだよッ!!」
そして、乱雑に荒らされた地を踏むと、砂煙の中にその身を隠す。
「そ、そんなわけあってたまるかァァアアアッ!!!」
ミスリルは良正の残像へ攻めの一手を講じるも、空を切るのみ。
慌てふためき、一心不乱に次々繰り出されるその拳。
良正は背後から音もなく接近し、気配で身をひるがえしたミスリルの一撃をガシリと止める。
すかさずミスリルは次の手を打とうと放電するが、良正には何故か先程のようには効かない。
ミスリルの顔の片側が一気に歪み、痙攣し、引きつり、動きが鈍る。
絶対の戦闘狂に一瞬の隙ができた。
機が来た、と良正は渾身の蹴撃を一発見舞う。
ミスリルは一瞬回避が遅れ、胴に食らう。
石柱へと飛びゆくミスリルめがけて、良正はタックル姿勢で突っ走る。
その最中、良正は詠唱をして徹底的に畳み掛ける。
――【瞬間移動】ッ!!
相手の行動を妨げるように真正面に【瞬間移動】し、良正は助走の勢いのまま突き刺すようにタックル。
砂塵舞う戦場、戦闘狂を地に押し倒し、押さえ込んだ。
「――ッ! テメェ…戦場の特性を使うたァ、中々、やる、なァ……」
息を乱しながらミスリルが言う。
「まあ、これでも頭脳は優れてる方だからな」
もう普段の余裕が戻っていた。
良正は確信した――このまま行けば俺の独壇場に持ち込める。俺の勝ちは決まったも同然だ!
ミスリルは体力的身体的にだいぶ弱ってきている
比べて俺はシェイルベルの鬼修行のおかげでビンビンだ
勝利の女神は確実に微笑んでくださっている
勝利への道が明瞭かつ鮮明に見えている
瞼の裏にはもう勝ったあとの光景すら見えている
そろそろ決めるか、と良正はトドメの一撃の準備に入る。
彼には、一国の召喚士長を相手取るにあたり得た情報がまだあった。
トドメをするうえで必要とはでは言わずとも、重要であるアレを。
対戦相手の弱点を。
✣
それは一人のお調子者召喚士から聞いた話。
良正が一人庭でランチをとっていた時、急に走ってやってきて話してきた話。
「まささーんっ! あのー、これ知ってます? ぷぷぷっ……思い出すだけで笑えてきちゃうっすけど、ミスリルさんって「脇腹」が弱いみたいっす。さっきいつも通り会議中に背に回って、イタズラしたんすけどね。その、脇腹を指でちょいと小突いたんす。そしたら、『ひゃぁあ!?』って子供みたいに可愛らしい面白い声を出したんすよーっ! ね、最高に笑えますよねっ!」
「そーなのか。中身美少年説もあるくらいだし普通っちゃ普通かな」
「えぇー、そんなぁ……」
という会話をしたのだ。
その話からすると、どうやらミスリルの弱点は脇腹らしい。
この情報を良正が知っているなんてミスリルは露ほども思っていないだろう。
良正はこの話を聞いた瞬間から楽しみに待っていたのだ。
ミスリルが目の前でひれ伏す様を。
✣
全ては俺の手の内に
生殺与奪の権は俺が掌握している
楽しくて楽しくてしょうがない
良正は、最終工程入りと同時に悦に浸っていた。
脇腹を重点的にこねくり回して、羞恥で音を上げさせ勝利
「れろれろれろれろれろれろ……さぁ、どうしてやろうかぁ」
良正は狼が獲物を見るような瞳で、全身を舐めまわすように凝視する。
ぺろりと舌を出しながら悪党然とした表情。
さすがに召喚士長様も恐れをなしたのか、日没へ向かう空と共に顔が昏がっていき、ついには闇夜のようになる。
ハイライトなどとうに失くなってしまったようだ。
そんなミスリルを虐めたい、と高鳴る鼓動。
良正は、サディスティックな新たな自分を垣間見た気がして全身が粟立つ。
最初は弱めに、と一本指でただツンツンを食らわす。
「ぁっ……ひゃぁあっ……てめぇ……こんにゃ…ろぉ……」
か細く儚げで、幼い子供のような声。
話は本当だったらしい、と良正は情報提供者に心から感謝する。
お調子者のくせにこういうところは真実しか言わないんだな
信用できる奴かを見極めておいて正解だった
併せて過去の自分の完璧な行いにも感謝する。
見事に調子づいた良正は、今度はもう少し強めに、と二本指にする。
「んはぁ……ふぁぁっ……ぁあっ……」
恥じらいから頬を紅に染め、顔を蕩けさせながらも目だけは抵抗の意思を示し、良正を睨みつけている。
くすぐったさを我慢しているが、甘美な吐息が漏れてしまっている。
それを必死に隠すように、両の手を顔の前で交差させはじめる。
いいぞ、悶えている悶えている
勝ち誇った表情、酔いしれる良正は至福を感じていた。
しかし、着実に相手の無力化に成功しているはずなのに、不穏な空気が漂い、ゾクゾクッと背筋に何かが走っているのを感じる。
これで最後だ、と両手の十指を使ったくすぐりでトドメにかかる。
「んはぁぁああ……はぁああああっ、ああっ!!!」
もう全身隅々まで火照っていて、良正まで何だか熱くなってくる。
さっきまで抵抗していた目元までぐちゃぐちゃに蕩けさせている。
口内は粘り気を帯びた唾液がねっとりと糸を引いていてこちらもぐちゃぐちゃ。
声は我慢の限界を超えたのか張り裂けんばかり、遂に絶頂を迎えたようだ。
総合的に考えるて、非常に様々な方面でマズい表現となっている。
が、そんな風になってしまうのも仕方ないだろう。
こんな状況で美少年が目の前に存在しているのだ、何人だろうと変な気を起こすだろう
良正は開き直り、この状況を解説していた。
んんっ!? 美少年!?
一瞬、彼は時が止まった気がした。
✣
そんなはずない、何かの間違いだ
目の前に広がる光景に、良正は驚きの色を隠せないでいた。
こういう時は、と彼は目を一度閉じてしっかり落ち着いた心で再確認する。
が、やはりミスリルは“美少年的な顔つき”ではなく、紛れもなく“美少年”だった。
「てめえ……見やがったなぁっ! 俺様の“真の姿”を見やがったなぁっ!! 誰にも見せずに、あの人以外誰にも見せずにやってきたのにぃっ!!!」
良正が呆気にとられている隙に悶絶から脱出したミスリルは、むきぃーーっと狩猟刀のように鋭利な殺意と灼炎のように熱く燃えたぎる恨みを向ける。
ただ弱点をちとねちっこく攻め続けただけ
それで何故、彼の容姿は変わってしまったのか
何故、青年体から少年体へ変化してしまったのか
良正は全く理解が思考が追いつけないでいた。
すると、先からずっと惚けている彼にミスリルはなにやらブツブツと話し出す。
「あの人は、俺みてぇな居場所もろくにねぇくそがきを貧民街の隅なんてこの世の吹き溜まりみてぇな世界から救ってくれた。いつも優しくて暖かい、そんな居場所をくれた。どんな俺も受け入れてくれた。なんでも教えてくれた。話を聞かせてくれた、聞いてくれた。いつも見守ってくれた、支えてくれた。色んなことをして楽しませてくれた、喜ばせてくれた、嬉しくさせてくれた。悲しくなったら優しく頭を撫でて、怖くなったら一緒にいてくれた。いいことをしたら褒めてくれた、悪いことをしたら叱ってくれた……くれた……くれた……くれた……」
これまでとまた違った狂気をまとい圧を放つミスリルに、良正は怯んでしまう。
さらに、ミスリルは語気を強めて継ぐ。
「そんな人にしか、一番大切なあの人にしか見せていなかったのにぃっ!! てめぇはぁぁあああっ!!」
戦闘狂なんか比にならないほどに怒り狂っている。
それでも熱くなりすぎず冷静に、隙を突く正確無比な猛連撃を続ける。
受け流し続けようにも限界があり、もう本当に止められないかもしれない、不覚にも良正は思ってしまった。
でも腰が引けていては駄目だ、と覚悟を思い出し気合いを入れ直す。
アスと約束をしたんだ、
『絶対に全勝してお前の教師として目の前に立ってみせる』と
さっき決意したんだ、
『ミスリルには負けない、アスを、みんなを守ってみせる』と
自分に言い聞かせる、ここで拳を握り構えないでどうする、と。
そして、ひらり宙を舞い弧を描くように前に半回転。
今度は、と迎撃に出て、
「ミスリル、俺はてめぇ何度だって叩きのめして、絶対に勝利をもぎ取ってみせるッ!! そして、お前もその悲しみから救ってみせるッ!!」
と良正は胸を張って宣言した。
自らを鼓舞し高めるため、完全なる真の戦いを始めるためだった。
そんな様子の彼のを見てミスリルも続ける。
「てめぇはなにもわかっちゃいねぇんだよぉっ! てめぇじゃ俺様にゃ敵わないんだよぉっ! 耳の穴の奥の奥まで、鼓膜が破れ流血しちまうほどかっぽじってよく聞いてろぉ!」
戦闘中だと言うのにミスリルは少し荒々しいものの、説明口調になる。
それに、なんだか面白そうだ、と良正も乗って急に大人しくなる。
ミスリルの説明が始まる。
「知っての通り、俺様には表と裏がある。でも、そいつは一つじゃねぇ。精神と身体の二つだ。精神は、普段の正気と戦闘狂。身体は、普段の妖精の尾とおとぎ話」
何故か知らないが、ミスリルはベラベラと自分について話してくる。
これなら勝てる確率がグンと上がる気がするので、良正は丁寧に聴くことにした。
「ま、詳しく説明すっと不利になるから言わねぇが、俺様は精神と身体共に裏と裏。つまり、てめぇにとって最悪の完全なる真の姿だぁっ!! だから、今の俺様に敵うはずねぇんだよぉっ!!!」
全てさらけだしてくれた、良正にとってまさに僥倖そのものだった。
「なるほど、表と裏が二つか。やっと辻褄があって理解できた。ところで、敵に塩を送るようなことしてよかったのか? てめぇ、さては少年体になって馬鹿になっちまったか?」
良正は、情報投下してくるミスリルのことをありがたく思うと同時に、本当に馬鹿だと思った。
もう攻略が厳しいと思っていたところだったので、ここで倒す機会を自ら潰し、馬鹿な真似をする相手が彼は心配になってしまう。
しかし、おかげで表を考え裏を導き出して倒せる可能性が出てきた。
いや、もうミスリルが言ってくれたのでそれすら必要ない。
「ばばば、馬鹿なんかじゃねぇしっ! 秘密を暴露してもいいくらい余裕ってことだしっ!! まずは、人を罵るその口ふさぐとこからだぁっ!!!」
――俺とミスリルの完全なる真の戦いが、やっと始まる




