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第十七話 中堅/ミスリル・ゴルベール 序

 

『どうやら脳が制御しようにも無理だったらしいな』


『我慢の限界、か。こんな日が来るとはな』


 俺は眼前のぶっ飛び四人組の奇行によって機能停止フリーズまで精神的に追い込まれたのだ。

 その後、四人によって身体をブンブン揺さぶられ、バシバシ叩かれ、殴り蹴られ、旧式OSパソコン並の時間をかけて再起リブートした。


 機能停止からは、な


 今度は手荒い再起の仕方により、身体が悲鳴をあげた。

 正直、行動不能ダウンするとこだったよ!?

 三半規管は狂い、頬はパンパンに膨れ上がって、おたふくみたいになっている。


 まともに口は動かせやしないし、天井が壁がぐるぐる回り続けて気持ち悪いため、立ち上がれもしない。

 万華鏡の中に閉じ込められたみたいだ。もう最悪だよ。


 結局、更に追加で三十分休息をとることとなった。

 ()()の回復のために、ね。

 何故また休息をとっているのかを考えると、馬鹿らしすぎて笑えもしない。


 ――俺は、いつまでこいつらに振り回されるのだろうか


 ✣


 起床した良正は、召喚士たちに回復詠唱をしてもらい、精神的にも身体的にも完璧な状態を再びつくり上げた。


 今度こそ、やっと第二戦を中堅戦を開始できる


 確実に当たり前のことなのに、良正には不思議と目頭が熱くなって込み上げてくるものがあった。

 第一戦は到着直後から始められたというのに、こっちは一時間弱かかっていた。

 手間のかかる方がと言うやつなのだろうか、彼は初めてそんな気持ちになった。


 それも今はどうでもいい、ミスリルとの戦いを開始しなくては。


「ミスリル、俺の方は準備完了している。そっちはどうだ?」


 良正は己の現状を伝え、理解してもらったうえで相手の状況を確認する。

 これで互いの準備完了が確認できれば、闘いの幕開けとなっている。


「えぇ、こちらも完了してますよぉ。この通り、ねぇ!!」


 そう言うと、ミスリルの全身はバチバチッと嫌な音を立てながら青白く発光し始めた。

 霊術の一種なのだろうか。どうやらこれは、()()()()ということらしい。


 爆竹のような連続性を持ち、誰もが聞き覚えのあるチクッとした痛みを伴う音がする。

 それが、パチッならまだ良かった。

 でも、現在ミスリルが発生させている音は、()()()なのである。

 放電時に関していえば、良正にとって未体験レベルの爆音である。


 その瞬間、自身に何かがあったわけでもないのに、良正は無意識に当然のように後退していた。


 条件反射である。生物は、ある行動をとった場合の結果を数を重ねる毎に学習していく。


 例えば、梅干しを食べる行動をとった場合、酸っぱくてそれを誤魔化すためか多量の唾液が分泌される、ということを何回か身をもって学習したとしよう。


 すると、いつからか梅干しを見るだけでも唾液を多量に分泌するようになる。

『梅干しを食べると唾液が出る』という結果を知っているがために起こる、一定の条件下で反射的に起こる事象、これが条件反射である。


 つまり、今まで経験してきたものだけでも条件反射で後ずさってしまうのに、未だかつて聞いたことのないレベルでは到底敵うはずがないということだ。


 過去のどの静電気よりも危険、感電したらどうなるのだろうと思案したとて纏まりようのないのは自明の理。

 だが、考えたくなるのが人の常というもの。

 良正は低回に低回を続け、余計に自分に圧がかかっていくのが解る。


 それでも止められない、『たかが静電気、されど静電気』である。

 良正は段々全身を背後から何かに引かれ、覆われ、動けなくなっていくのを感じる。

 第一戦の勝利で希望が見えてきたところにこれだ。


「…あ……ぁあ……ぁぁあああ……」


 生物一個体としての絶望に、良正は感嘆の声を漏らすのみの生きた屍と化した。

 それ以外に何かできるような精神状態は失くなった。

 そんな彼を後目にミスリルはニヤリと不敵な笑みを浮かべ言霊を発動させる。


「――迅雷風烈(じんらいふうれつ)ーッ!!!」


 途端、ミスリルの纏った強大な静電気は雷へと昇華し、突風を帯びる。

 それは闘技場全体を包み込み、尋常ではない速度で猛進を続ける。

 皆は防護壁バリアを展開したりして対処しているが、良正は為す術なく無惨に感電する。


 轟く雷鳴と共に眩い白光に包まれた良正を、激しい火傷のような痛みが襲う。

 自分だけがこれを食らっている、そう思いながら吹き飛ばされ倒れ込んだ先で彼は闘技場全体を見渡す。

 すると、そこには防護壁から外れてしまった一人の召喚師の姿があった。


 よく見ると、それは()()だった。

 召喚時に良正が色々とお世話になったガロだった。


「ミ、ミスリル様……お、お助けを……」


 細々とした声でガロは言った。

 しかし、ミスリルは一向に彼の方へ動く気配がない。

 しばらくして、光速で彼の方へ動き出したミスリルは何をしてやるでもなく、急にこう口を動かす。


「オイ、テメェ……! 俺様に指図するたァいいご身分だなァアッ!? ざけんじゃねェぞ……テメェのケツはテメェで拭く、わかったか、このクズがァッ!!」


 ミスリルとは全く思えない、針のように刺々しく相手を寄せつけない言葉。

 これが噂の()()()()か、良正はその時、ミスリルの例のアレを実感した。

 只者ではないとは解っていたが、こんな正体をよく隠せるものだ。


 ✣


 ミスリルの例のアレとは彼の真の姿、【戦闘狂】のことである。

 話によると、普段の優しく角のないミスリルは戦闘、特に本気でとなると真の姿、戦闘狂を顕現するとのこと。

 その様子はシェイルベルが言うには、


「あれをどうにか対処できるかは、国内でもそう居ない。オレとフェルナンドが二人がかりでもどうなるか解らない。道徳心など欠片もなく、戦闘に対する思いだけになるからな。残酷なまでの暴力、飛び交う怒号。他国からはよく二つ名で呼ばれている」


 らしく、フェルナンドが言うには、


「国内で戦闘力として最も高いのは、戦闘狂を顕現したミスリルだ」


 ということらしい。

 その二つ名は【堕天使ルシファー】や【戦闘狂バーサーカー】といった厳つい悪に付きそうなものばかりだ。


 ✣


 この話を聞いても、理解してもなお良正にはどこかモヤモヤがあった。

 いつものミスリルと今の彼との像の違いに胸をギュッと締め付けられ、痛めていた。

 他人を、しかも直属の部下をそこまでできる気が良正には知れなかった。


 いつものお前はどこに行ったんだよ

 誰にでも優しくて、変わり者のお前はどうしたんだよ


「ケケケッ! 何奴も此奴もやわ過ぎる、弱過ぎる。相手にならねェ、つまらねェーッ!! もっともっとこの俺様を楽しませてくれよォ、ヨシマサァアッ!! ケケケッ、ケケケケッ……」


「――ミスリルーッ! てめぇは、てめぇはァァッ!!」


 良正は胸中の想いをミスリルに伝えようと、必死に肺に酸素を取り込み腹から大きく発声する。

 すると、ミスリルはこちらに気味悪く首をぐるりと回し、爬虫類が獲物を見るかようにギョロッと目を剥き、超速で向かってくる。


 えげつなく速い、いくら戦闘狂状態の大幅強化があるからと言っても速すぎる。


 何か、何か他に要因があるはずだ


 良正はミスリルの至る所を観察しようとする。

 が、速すぎて目で追うことが出来ない。


 くっ、一体どこに


「テメェは何をこの一瞬で変えようって言うんだァッ!? 無理なんだよォッ! 今の俺様はもう誰にも止められなくなっちまってんだよォッ!! ケケケケッ……ほらよォッ!!!」


 ミスリルはすぐさま殴りと蹴りの洗練されたマリアージュを食らわせ、良正に全く暇を与えない。


 ――考えようにも集中し過ぎると、()()()()


 これが【堕天使】の二面性と【戦闘狂】の執着の恐怖。

 敵に回すとここまで厄介になるが、味方となると救いになるのだろう。

 良正は、この怪物に対抗する術を諦めかけつつ模索する。


 ここで俺が倒さないとシェイルベルとフェルナンドでも無理かもなんだよな……ってアスがいるじゃないか!

 いや、教え子の力をここで借りては教師としての沽券こけんに関わる。


 ――何としても俺が、ここで、倒さねば!


 この時、良正の【強固な決意(ディターミネイション)】の効果が発動した。

 正確には、既に「アスとの約束を守る」という決意のもと発動していたのだが、より巨大で明確な「ここでミスリルを止め、みんなを守る」という決意がここ成立したために更に絶大な弱化をミスリルに、強化を彼に付与することができたのだ。


 そのため、追加発動の意で()()であり、もはや()()みたいなものだ。


「一瞬で変えようなんて思っちゃいない。この世に本当に一瞬で変わってしまうものなんて存在しないからな。だから、俺はこの戦い全てを賭けて、俺の全てを賭してお前を止めるんだッ!」


「ケケケッ……笑わせてくれるなァッ!! やれるもんならやってみろォッ!!!」


 【強固な決意】で、徐々にミスリルの猛攻を躱せるようになり、良正はシェイルベル戦で使った自己強化三点セットの並行詠唱もできた。

 身体能力では、強化のおかげでミスリルと互角まで持ち込めた彼は、繰り出される一撃一撃を的確にいなし、受け流しながら思考を続けた。


 そのミスリルの分析の中で、良正はふとルシファーについて思い出した。


 確か堕天前と後では、強さだけでなく異能・権能も違ったはずだ


 結論、


 ――となると、ミスリルはいつもと違った【特殊能力】を持っているのではないか?


 そのルシファーの知識も加味し、そんな分析結果に至った。


 だとしたら、一度の言霊行使で猛烈な雷と風を発生させると同時に加速効果まで得たのは何故だ?


 良正は、段々とことの核心に迫っていっている気がした。


 ミスリルがさっき詠唱していたのは、【迅雷風烈】だった。

 この言葉意味は……


「テメェ……いつまでこんなことしてるつもりだァ? 言の波の総量の少ないテメェが負けるのは明白だろォッ? 今の行動が無駄だと何故わかんねェ!」


「わかんねぇなぁ! でも、無駄な行動で稼いだ時間のおかげで一つだけわかったことがあるぜッ!! それは、てめぇが()()()()から()()()()()を発動できるってことだッ!!!」



【迅雷風烈】


 この語の意味の一つは激しい雷と風。そして、もう一つは、()()()()()()様子。


 つまり、一度しか言霊を行使していないミスリルが、この二つを同時に成せるのはそういう類の【特殊能力】がなければ不可能なはずなのだ。


 良正のその発言に、ミスリルは初めて焦った表情を見せながらこう言う。


「テ、テメェがそれをわかったってどうこうできやしねぇだろォ! そのわかったこととやらは何になるってんだよォ!!」


 ――よし、勝った


 この瞬間、良正の胸中にあったの敗北の絶望は勝利の希望へと脅威の転換を遂げた。


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