第十六話 安寧ヲ求ム
良正は第一戦、先鋒シェイルベルに勝利した。
そして、脳内麻薬びしょびしょで狂う寸前だったので、それを落ち着かせるためにも大人しく仮眠をとることにした。
「ところで、第二戦っていつ始めるんだ、ミスリル? 三十分くらい疲れをとるために仮眠したいんだが」
「えぇ、私はいつ始めてもいいんすからそうしましょうねぇ。バタバタしてたでしょうから、よく寝てくださいねぇ」
「ありがとな! じゃ、三十分後にちゃんと起こしてくれな!」
「はい。三十分後に、ですねぇ。では、おやすみなさい……」
仮眠をとると言っても、すぐには寝付けないので、良正は考え事をした。
今日の一連の騒ぎ、あれって三人のやったことじゃないんだよな
魔に蝕まれた大量のヒトたちを転送、とかさすがにしないだろう
魔の研究成果を使って街人たちを蝕む、なんてのもしないだろう
一歩間違えば王都陥落もありえる策をとるような馬鹿な連中ではない
それなら一体誰があんなことを実行したんだ?
方法は二つのうちどっちかのはずだ、どっちなんだ?
様々な疑問が良正からは泉のように絶えず湧き出てくるが、考えても考えても結果は変わらず、わからずじまい。
だから、良正は考えるのをやめ、眠りについた。
✣
………ボガ
……ボガガ
…ボガガガガ
さっきから辺りがやけにうるさくなってきて、良正は完全に起きてしまった。
何かされそうだけど……これ、目を開けていいのか?
彼はこのままじゃ埒が明かない、と瞼をゆっくり開けた。
すると、そこは戦場と化していた。
「あ、ぐっちゃん起きた〜! ぼが〜んっ!! よく寝れた〜?」
「おお、良正ッ! いま起きたんだなッ! ガキィーン!! おはようッ!」
「何だ、急に早起きになったか。ドゴォーン!! ま、いいや」
「よしまさ、三十分ぴったりですねぇ。 キュピィーン!! いつもより早いようですが、どうしたんですかねぇ?」
そして、笑いながら破壊行動をとる頭のイカれた三人と一勇者がいた。
「みんなして何だよッ! 会話の合間合間に恐ろしい効果音入れてくんじゃねーッ! あと、ミスリル、何が『ぴったりですねぇ』だッ! 俺はお前らがうっせーから目覚めたんだよッ!」
そう、馬鹿うるさかったから良正は起きた、それだけのことだ。
なんだけど、怖ぇよこいつら
溌剌にツッコんだけど怖ぇよ
普段通りに普段通りじゃないことしてくる、笑顔で円形闘技場をぶっ壊している彼らに、良正に恐怖は募っていく。
アスカは固められた砂の地面を、フェルナンドは石壁を、シェイルベルは天井を、ミスリルは壊れた箇所を更に破壊している。
殴撃で、斬撃で、蹴撃で、光撃で破壊している。
全身の毛穴がぐっと縮こまり、良正の身にはぶわっと鳥肌が立つ。
流石にこの状況は止めさせたいし、何が何だか解らないので、彼は軽快に話を切り出すことにした。
「やめーい! みんな一旦やめーい!! 何があってこんなことしてんだ? そんな笑顔でやられちゃ本当に怖いから教えて、ね?」
軽快、と言いながら恐る恐る聞き出すと、シェイルベルが真面目そうにふざけて答えた。
「あ、それならお前のアラーム代わりだな。多分」
「や、お前、それは違うじゃん! さっき『早起きになったか』とか言ってたのお前だろーがッ! それはない、絶対嘘だッ!!」
「うわ、バレたわ。じゃあ、次フェルナンドで」
シェイルベルは投げやりになってフェルナンドに振る。
「ん? お、オレか? さあ、どうボケようかッ! えと、これにしようッ! 良正、これはボケだッ!!」
「いや、ないわー。『どうボケよう』とか言ったらもろバレだろーがッ! お前の性格上無理だ、無理矢理ボケようとすんな。しかも、『これはボケだ』ってそんなんもうわかってるわッ!!」
「そうか……駄目だったか、無念。じゃあ、次アスッ!」
しょげたフェルナンドはアスカに振る。
「え、私がやんの〜? え〜、これは修行の一環だよ〜っ!」
「お前もないわー。『やんの〜』って言ったらその時点で駄目じゃん! あと、案外ありそうな理由も止めて。ボケるなら振り切ってボケて。ボケ切って、お願いだから」
「無理か〜、いけそうな理由だったのにな〜。じゃあ、最後ミスリルっち! お願いしま〜す!」
「これは戦いやすくするためですねぇ。以上ですねぇ」
「へ?」
ミスリルが何言ってるのかわからなくて、良正は思わず絶句した。
もはや意味もわからず、ボケか本当かさえわからない。
「あのー、それはどっち? ボケか本当か、どっち?」
「あ、わかりにくかったですねぇ。本当ですねぇ、本当」
丁寧な説明と、みんなが何とも言わないあたり、これが真実らしい。
「そうだ、これが真実だ。わかったかクソ良正。馬鹿が……」
「お前は入ってくんな、シェイルベル!余計ややこしくなるだろッ!!」
「シッ!」
「シッ、はお前だーッ!!」
何でもふざけたがるシェイルベルがすかさず話に押し入ってくる。
つくづく邪魔なヤロウだ、と良正は思った。
真実を聞いても、『戦いやすくするため』が真面目に意味がわからない。
だから、助けを乞うことにした。
「あの、誰かもっとこう、噛み砕いて説明してくれないか?」
「じゃ〜、私が説明するね〜! えっとね〜、ミスリルは戦闘でぼっかんどっかんとか、びびびっとかするからもういっそ壊そうってなったの〜! よ〜し、解っったね〜!」
「え?」
良正は思わず不安な声を漏らす。
擬音語が解りにくいにもほどがある。
ミスリルとの戦闘は言霊を放出したりするから、いっそのこと壊そうってことなんだろう、と彼はここ一週間の付き合いでアス語が何となく理解できるようになっていた。
しかし、
アス、お前には言霊があるだろ、【以心伝心】とか使ってくれればいいのに
その擬音語における不可解な点もなくなって、合点がいくだろうに
と、言霊を使うという思考に繋がらないアスカをすこし残念に思う良正だった。
というわけで、彼から【以心伝心】を行使する。
――えー、もしもし。こちら良正、アス殿は繋がってますでしょうか?
――え〜、こちらアス殿。完璧に繋がっておりますっ!
――お前が自分で『アス殿』は言うな。俺がふざけただけだ。変な乗り方するな
――お〜、それは失敬失敬。で、用件は〜?
――俺にはお前の擬音語がまだ完璧にはわからない。だから、もう一回、この状態でミスリルの戦闘イメージをくれ
――おっけ〜! 確か〜、こんな感じだった〜!
アスカとの【以心伝心】を通して、ミスリルの戦闘イメージが良正の脳に流れ込んでくる。
ミスリルは、戦闘時にさっきの光線的なのを撃ちまくる想定らしい。
――だから、後で壊れるより今壊せ、ってことか
――そ〜そ〜、わかりました〜?
ようやく彼の脳内の全ての点が繋がって線になった。
――ええ、ご協力感謝する。では、回線を切ります。
――こちらこそ〜。お疲れ様でした〜、わたし!
理解できたことなので、ふっと現実の会話に戻る。
「ミスリル! アスのおかげで、よーくわかったぜ! 後で壊れるより今壊せ、ってことで合ってるか?」
「えぇ、そういうことですねぇ。よしまさが理解するまでに結構時間を使いましたねぇ」
「す、すまん。ま、これで清々しい気持ちで戦えるってもんだ」
「よかったですねぇ。あぁ、この時間で円形闘技場の破壊も天井全てと石壁上部が終わりましたねぇ。あと、適当に地面もぐちゃぐちゃにしておきましたよぉ。では、さっそく始めましょうか。第二戦を――」
「ん? いや、ちょっと待てよ。地面は何で破壊していたんだっけ、ミスリル?」
「だからですねぇ、適当にですねぇ」
「いやいやいや、そんなわけ。その適当って、適切の方の意味だろ? マジの適当なんて理由で壊していいものじゃないじゃん」
「いいえ、適当にですよぉ」
「……え?」
「よ、よしまさぁ。機能停止しないでくださぃ」
「ちょっ、ぐっちゃん! しっかりしてよ〜、も〜!! 適当がどうしたの〜、適当が〜!」
「その通り。適当には何もおかしいことなどないではないか。今おかしいのはお前だ、良正」
「そうだぞッ! 男なら適当だの何だのと気にすることはないッ! 今気にするべきは戦いだッ! はっはっはっは……」
――こいつら、やっぱりイカれてるわ
✣
『こいつら四人、全員頭がぶっ飛んでやがる』
『これにはついていける気がしねぇ』
薄れていく意識の中で、良正はずっとそう思っていたのだった。
そして、彼らにはもう関わりたくない、とそうも思ったのだった。
彼は、第二戦に勝つことができるのだろうか。
いや、挑もうという気を起こすことができるのだろうか。
もうどうも無理な気がしてならない、そんな日没直前の良正だった。




