第十三話 救いのバーストストリーム
王都街で買い物を存外――存分に楽しんだ良正とアスカは仄明らむ街灯の遥か前方、眼光鋭く群れ突き進むなにかの動きを掴んだ。
――その正体は、魔に蝕まれたヒトだった
何としてもここで、自分たちが相手をしなければ……!
街への被害を出さぬよう最高最善の注意を払い、二人は返した踵を戦闘へと踏み入れるのだった。
✣
「――*距離は開けた、広場もすぐそこ! 俺の腕も限界! というわけで、下ろさせていただくよ、アス」
「――*おっけ〜! 疲れも多少は軽くなったし、二人であれ、やっつけちゃお〜!」
入り組んだ数多の路地を抜け、二人は活路を見出していた。
「――*三、二、一……今だッ! アス、全員まとめて蹴散らせーッ!!!」
往来が少ない、かつ戦闘を不自由なく行えるだけの空間に出る瞬間を見計らい、良正は右掌を前に突き出し号令。
彼の腕の振り下ろしを以て、戦いの火蓋が切って落とされた。
「よ〜しっ! ぐっちゃんがあんだけ頑張ってるの知ってて、わたしが一週近く何もしてなかったと思うなよ〜っ! いっくぞ〜っ! 可愛くて〜儚くて〜健気なわたしの〜まともな初・詠・唱〜っ!!!」
――【唯我独尊】!!!
眼前のぶりっ子に疾風怒濤のツッコミ斬りをお見舞いするより速く、それを思考する段階で、良正の瞳は余りの眩さにシャッターを下ろす。
一つ瞬きを終え目を開けると、その身を金色の光輝に包むアスカと、禍時だと言うのに黄昏時のような空があった。
いや、空は彼女による副次的な結果だろう。
「おっらぁ〜! やんのかおら〜! かかってこいや〜! に〜っひっひっひ!」
朗笑し舞う満開の彼女は、魔に蝕まれたヒトビトを流麗に可憐に、凛々と薙ぎ倒していった。
「うぉぉおおおっ! アスの奴、なかなかやるじゃねえか! 俺も負けてられん……ってあれなんだ……?」
滾る良正は、試合観戦でもしているかのように他人事のように感じてきていた。
そんな中、彼は起きるはずのない事象を目の当たりにした。
不思議にも、倒れ伏したヒトビトは元の人間の姿に戻っていたのだ。
――自己強化最上級と思われる【唯我独尊】以外にも詠唱していた? いや、アスは……というか俺以外の人間はすべからく、言霊の並行使用何ぞできるはずがないし……
良正の思考は、スーパーコンピュータ並の超高速で、指数関数的に急加速を見せ、回り出した。
――詠唱ではなく、アスに何かしら秘められた力があるとしたら?
いや、そんなことはない――絶対にあるはずがない
アスのステータスを、穴が空くほどの熱い羨望の眼差しでバッチリ見た
それらしい【特殊能力】も【称号】も、何一つ持っていないはずだ
魔に対抗しうる、アスの持っている力……
数秒後、良正は低回しながらも一つの解を導き出した。
――あれだ、アスには“光”がある! そして、あの【特殊能力】もある! この二つを組み合わせれば……って、多分、あいつのことだから何も考えず自然に使ってるんだろうけど……
光とは、アスカのステータス――【性能】欄の光属性のことである。
【一つ目】
・彼女には光属性の耐性が、ひいては全属性の耐性がある
それが何を意味するのか。
ステータス上、全属性の耐性があるということは、同時に、その者に全属性の適性があるということでもある。
属性耐性とは、その属性の適性について見出さなければつかない、そういう原理。
【二つ目】
・彼女には【猪突猛進】の【特殊能力】がある
あのステータス欄の説明になってない説明から言葉を借り、
『実力不問で何者であろうと対峙し、偉業をなす』
とするのであれば、まさにこの巨軍を前にした状況下で真価を発揮するはずである。
良正は落ち着いて状況整理を終え、次はアスカの【唯我独尊】の効果について演算を始めた。
――きっとそうだとは思うが、ストレングスだのエンハンスだの強化の類の効果だろうか?
だが、単にそれだけだと【勇者】と重複して強化の無駄な上積みとなる可能性がある。
――そんなわけはない、あっていいわけがない
強化の強化、効果強化ということになるのだろう。
その理論でいけば、余剰が生まれ、使われずに終わることはない。
そう落ち着けておく他あるまい。
そちらも終えてすることがなくなったと見えて、良正はアスカの応援を始める。
「いけいけ、アースッ! 頑張れ頑張れ、アースッ! 全員蹴散らして、治しちゃえ!」
「お〜! ……って、それができれば楽なんだけど〜……こんだけの数相手じゃ〜、先にこっちが持たなくなるよ〜!」
確かに、十分な場所確保のため、二人はこの街の路地を走り回ったし、その時のアスカは苦しそうだった。
――アスも、今は言霊で持ってるが……それもいつまで続くか……
「それに――ぐっちゃん、さっきから何もしてなくない?」
――ザスッ、グサッ、グシャッ……
鋭く尖ったアスカの言の葉が、良正の心にグサッと深く突き刺さり奥を抉る。
「ゴハァッ!!!」
――いくら無意識にしても、何度受けても、キツいもんはキツいな……わかった、こうなりゃアレしかない!
良正はアスカの言葉で仕方なく、その鉛のように重い腰を上げ、二次元作品でよく出てくる複数人戦闘における最後の切り札を使うと決断。
即刻、【以心伝心】で共有を図る。
――*アス、作戦決定だ! これを一緒に詠唱する、いいなッ?
そして、すぐさまアイデアをアスカに届ける。
――*ふ〜ん、本当にこれでいいんだね〜? もう始めちゃうよ〜?
――*ああ、よろしく頼むぜ、アス!
複数人が集まって行う詠唱と言えば、もちろん合体技である。
これで、このキリのない戦いに一気にケリを付けようらと考えたのだ。
「せーのッ!」「せ〜のっ!」
「「【天地神明】!!!」」
【天地神明】
それは天と地、そしてそこに御座す神々を表す言葉。
アスカの持つ光の適性、二人ともが持つ天と地の適性を同時行使できる複数属性言霊。
今の二人が出せる中で、きっと最強最上の言霊だった。
おかげで、二人の目の前に広がっていた魔に蝕まれたヒトビトの軍勢は、良正の思惑通り一網打尽。
「め、めっちゃ疲れたぁ……も、もう無理……」
「わたしもちょっと……休みたい……かも……」
二人は巨大な安堵が込み上げ、くったりその場に寝そべる。
しかし、ここからが本番。
「おいおい、こりゃあなにごとだァ?」
「ねぇ、おかーさん、おそらひかってるーっ!」
「ああ、神よ。われらを助けてくだされ」
――ドッゴォォオオオンッ!!!
大地を揺るがす衝撃と暗天をも照らす閃光に、大通りも含めた王都街全体が一斉に騒然とする。
その頃、言の波をカラッカラになるまで酷使した良正は、身体がほとんど動かなくなっていた。
――これは、マズい……堕、ち……
『さっきの衝撃と光で街人連中が嗅ぎつけてくるはずだ』
『アスを守ってやらないと……はやく、はやく逃げないと』
―――
――
―
気がつくと、良正はアスカの背中に担がれていた。
えっ!?
何で俺、アスの背中に!?
な、なんだか気恥ずかしい……
じゃなくて!
男が女に、しかも年下に担がれているなんて……
てか、さっきから後方がドタバタと煩せーな!
なんなんだよ!
寝起きを害された苛立ちを我慢できず、首を回し後方を確認。
「はぁあぁああああ!? 何っじゃありゃぁあぁああああ!?」
すると、そこには二人を猛追してくる大量の――王都街中から集まったと思しき人々の姿が広がっていた。
みんな何やら叫んでいる、これが真の話の最初へと繋がる。
「「「「「伝説の勇者様〜っ!! 待ってくださ〜い!!!」」」」」
良正はそれで、今が大体どんな状況か見当がついた。
さっき俺が行動不能してから起きるまでの間、ずっと付いていてくれたか回復してくれたかでアスは時間を取られていた
その内に騒ぎを嗅ぎつけた街人たちが押し寄せ、そのため急ぎ担いで逃げ始めた
とまあ、こんなところだろうと。
良正はこれをアスカに伝えようと思ったが、この騒乱の中では話をしようにもお互いによく聞こえやしない。
そこで、なにかと便利なもはやスマホ同然の【以心伝心】で通信。
「――*アス、俺だ。今、復活したところだ。この状況は、騒ぎを嗅ぎつけた街人に伝説の勇者・アスカ様が追われてる、ってことだよな?」
「――*あぁ〜! ぐっちゃん、ちゃんと起きたんだ〜! よかった……でも、わたしたちは今、ぐっちゃんが言った通りのザマなわけ〜。ね〜、ど〜しよ〜?」
「――*どうしようったってな。アスがどうかは別として、俺の方は言の波があまり残ってないし……ってあれ? なんか……全快してる? どうして?」
「――*このわたしが与えたのだよ〜! ふっふっふ〜! どうだ〜? すごいだろ〜! もう涙ぼろぼろ感動ものだろ〜!」
アスカは言霊そのものの総量が良正より断然多く、それに比例して、回復の割合が同じでも量は違ってくるのだ。
そのため、限界が見えていても、すぐに復帰して良正を回復することとその場から逃げることくらいはできたのだ。
「――*ま、まあ……教師になる身としては、俺からお前にやってやりたかったんだけど……それは今度でいいや。とりあえずありがとな、アス!」
アスカの機転の良さに、良正は感心の念を抱いた。
そこで、そんなアスカに対する信頼は無論向上し、返礼としてとっておきの策を授ける。
「――*この万全の体制なら、俺にいい策がある。よくきけよ、アス。お前はこの後、その店の前で加速してあいつらと俺たちとの間隔をできるだけ開けるんだ。そこで俺が……」
「――*ふむふむ。お〜け〜! じゃ〜、さっそく行っちゃうよ〜!」
良正の指示通り、勇者アスカは加速を始め、神速に近づいていく。
そして、間隔が確かに開けた時点で彼が詠唱準備の深呼吸を始める。
仕上げに、身体能力に強化をかけた彼女が地面を大きく蹴飛ばす。
その身は地から足が離れ、無防備なまま、ふわり宙へ浮く。
「「「「うわぁ〜っ、勇者様が宙に〜っ!!!」」」」
手などパタパタしながら、のんきな街人たちは彼女の一挙手一投足にいちいち反応する。
このあと、どうなるかも知らず。
――ここで、彼の詠唱が完了する
「行けぇーーーーッ!! 【瞬間移動】!!!」
――ブウォン
「「「「「あれ、勇者様は何処かへ行かれてしまった!?」」」」」
瞬間、二人は微かな音だけを残し、王都街から消失した。




